コロナ禍以降、新たな働き方が広まり、以前より部下のマネジメントは難度を増している。
今後ますます「自分は何のために働くのか」「自分の強みは何か」といったリーダー自身の価値観が重要になってくる。ドラッカー・スクールでマネジメントを学び、多くのリーダーに研修を提供している藤田勝利氏に、「セルフマネジメント」をどのように磨いていけばよいかを聞いた。
藤田氏は「テレワーク環境下では、これまでの直接的な指示によるマネジメントが成り立たなくなっています」と指摘する。「同じ部署に所属していても、個人商店の集まりのようになっている組織も多い。もう何日も部下と直接話していないというリーダーの声も聞く。リーダーがマネジメントをできていない実態があります」と続ける。
Adecco Groupが2022年3月に実施した「コロナ禍のマネジメント調査」によると、コロナ禍以前と以後の部下へのマネジメントの難易度について、「難しくなった」と答えたリーダーが半数以上に上った。具体的に感じている課題として最も多かったのは、「モチベーションの管理」(62.4%)で、2位が「育成」(47.2%)という結果になった。働く環境の変化により、多くのリーダーが部下のマネジメントに悩んでいる実態がうかがえる(図1参照)。
図1コロナ禍での部下のマネジメントにおける課題は?
出典:Adecco Group『コロナ禍のマネジメント調査』(2022年3月実施)
(有効回答数:1000人/インターネットによる回答)より
「今後マネジメントをどのように変える方針か?」という質問には、41.6%が「部下の自主性を重んじる」と回答。
一方で、18.2%は「より細かくマネジメントする」と答えている(図2参照)。
図2マネジメントをどのように変える方針か?
出典:Adecco Group『コロナ禍のマネジメント調査』(2022年3月実施)
(有効回答数:1000人/インターネットによる回答)より
藤田氏は「リモートワークをはじめ、副業やジョブ型といった多様な働き方、雇用形態が広がっていく時代に、リーダーは部下を『管理』することは難しい」と話す。
管理・コントロールではなく創造・創発活動に重きを置く
そもそも日本では、「マネジメント」というと「管理」という意味合いが定着しており、リーダーも「管理職」と呼ばれる。これに対し藤田氏は、「管理という日本語はマネジメントの本来の意味とは大きくかけ離れています。マネジメントとは本来、人間と創造に関わるもの」と指摘する。
「マネジメントのなかにはもちろん、管理やコントロールという意味合いも含まれます。ルールを守る、数字を守るために部下を管理するスキルも必要不可欠でしょう。ただ、マネジメントにおいて本当に重要な役割は、創造・創発活動であり、本来はここにリーダーは多くの時間を割くべきです。しかし、現状は管理やコントロールに重きを置いているリーダーが多い。ただ、これはリーダーが悪いのではなく、日本ではこれまでマネジメントとは何なのか、その概念をきちんと学ぶ機会がなかったのです。ここに私は問題意識を持ち、自分が学んだマネジメントの概念をリーダーの方々に伝えています」
自己を知らなければ人のマネジメントはできない
そんな藤田氏がマネジメントにおいて、最も重要なテーマとして挙げるのが「セルフマネジメント」だ。
「人間の体で例えるならば、セルフマネジメントはいわば心臓部に当たる最も重要な部分です。これは自分自身という貴重な資源を最大限生かし、成果を上げやすい準備をすることです。自分自身をマネジメントできなければ、組織をマネジメントすることはできません。マネジメントの本質は管理ではなく、人の強みを生かし、最大限のパフォーマンスを上げてもらうことだからです。まず自分という資源を最大限活性化するというのがセルフマネジメントの根幹にある考え方です」
特に今は目に見えないサービスや体験、コト消費が重要視される時代だ。上意下達で上司が部下に指示命令をするのではなく、一人ひとりの中にある知的財産を最大限に生かすマネジメントが大事になっているのだ。
また、数十人の大きな組織から、少人数のチームでプロジェクトを動かすケースが増え、マネジメントの単位はどんどん小さくなっている。
「80人の部署でも、3人のチームであっても、同じマネージャーです。部長や役員など上司の指示がなければ動けないようなリーダーでは、業務は進みません。自分自身が何を目的に働き、何のためにメンバーにチームに参加してもらいたいのか。自分が描くビジョンを言語化する必要が出てきます。指示を待つ、自分ではなく外で決めたルールでマネジメントするようなことは、ほぼ不可能な時代になっているといえるでしょう」
外のノイズに意識を奪われず自分の内面を見つめる
自分自身の仕事の価値観を知り、自己認識を深めることがセルフマネジメントのカギであり、そのために次の3つが重要であると藤田氏は説明する。
「1つ目が、自分が本当に得たい結果は何なのか、目的や意図を知ること。2つ目が自分の長所・強みを知る。そして3つ目が価値観を知ることです。これらを常に自分自身に問いかけ、内面をサーチしていなければ、誰かからの指示がなければ動けない人間になってしまいます。また、大きなやりがいのあるチャレンジがあったときに、レスポンスすることができません」
自己認識を深める手段として藤田氏が勧めるのが、自己に集中する「マインドフルネス」。瞑想は一般的な手法にはなるが、自分自身に集中さえできれば、手段は問わない。藤田氏は、ドラッカー・スクールでセルフマネジメントを教えるジェレミー・ハンター准教授から、このマインドフルネスの重要性を学んだという。
「『リーダーは外部のことに意識を奪われすぎていて、自分の内側の声を聞く時間が取れていない』とジェレミーから学び、マネジメントの考え方が根本から変わりました。責任者がこうだったから、Aさんがこう言ったから、と外のノイズに振り回され、私たちは結果的にリーダーシップを発揮できていないのです。1日数分間だけでも自分の呼吸に集中し、さらにその後数分間、自身の価値観を自問する、といった簡単なエクササイズを日常に取り込むだけでも自己理解が進み、リーダーシップを発揮しやすくなることを私自身が実感しています」
また、毎日感謝したいことをリストアップするということも効果的だという。短所ばかりが気になっていた部下も、「実はこんな能力があったのか」と新たな発見につながる。また、顧客からのクレームにも感謝の気持ちが生まれ、そこから新たなサービスが生まれることもあるかもしれない。
自己認識を高めるアプローチ
1日7分静かな時間を持つ
目を閉じて4分間、自分の呼吸に集中する。その後の3分間は、自分が仕事において本当に得たいことは何なのかを自問する。集中できるのであれば、通勤の電車の中でも、トイレの中でもOK。重要な商談や会議、あるいは部下にちょっと嫌なことを伝えなければならない場面の前などに、自己に集中する時間を持つと効果的。
感謝のリストを書き出す
毎日、自分が「ありがたい」と感じることをリストアップする。「〇〇さんがこんな声をかけてくれた」「お客様からありがたい指摘を受けた」など、3~4個挙げてみよう。感謝したいことに焦点を当てることで相手の強みや能力に気づけたり、クレームから次のビジネスにつながる発見ができたりする。目線を変えることが重要。
セルフマネジメントができるようになると、他人の強みや長所に気づけるだけでなく、他人に対してセルフマネジメントを推奨できるようになる。これはまさに、自分へのセルフマネジメントを起点に、自分以外の他者のマネジメントが成功していくプロセスともいえる。
「研修を通じてリーダーたちを見ていても、セルフマネジメントから始めることで、明らかに仕事のパフォーマンスが上がりますし、エネルギーの上がり方が変わるのを感じます。もちろん、マネジメントはこれができれば卒業、というものではなく、学び続ける必要があります。セルフマネジメントは人間の体における心臓の部分と言いましたが、このほか腕の部分には『イノベーション』や『マーケティング』、脚の部分には『会計とマネジメント』、『ITとコミュニケーション』などがあります。複合的にスキルを磨いていくことで、より具体的な成果が上げられるようになります」
図3「セルフマネジメント」がチームの成果につながるプロセス
出典:藤田勝利著『新版 ドラッカー・スクールで学んだ本当のマネジメント』(日経BP)より
リーダーに必要な資質は「才能」よりも「真摯さ」
リーダーは日常的に組織運営において判断を求められる。この判断の場面にもセルフマネジメントが大事になってくる。判断基準には、自身の価値観が色濃く反映されるからだ。
「例えば、自分や部署の業績を上げるために、無理なやり方でも受注をする、広告文に事実よりも少し盛って書くといった誘惑に駆られることはあると思います。このとき、本当にそれでいいのかとリーダーの心には葛藤が起こります。これを『倫理ジレンマ』といいます。リーダーが窮地に立つような場面でも、しっかり筋の通った信念を貫いているかどうか。そういう上司の姿をメンバーが見て、組織の文化は作られ、継承されていきます」
そのため、リーダーは常に自分の価値観、倫理観を問いかける必要がある。マネジメントをする人にとって不可欠な資質として、ドラッカーは「インテグリティ(integrity)」を挙げる。これは日本語では「真摯さ」と訳されている。リーダーには才能も真摯さも必要だが、どちらか一つを選ぶとするなら真摯さだとドラッカーは言う。もし後者より前者を重視してしまうと、ただ数字を上げることだけを目的とした破壊的な組織になってしまうというのだ。
「私もその日にあったことを振り返り、今日の周りの人への対応は正しかったのかを自問します。自分の目指す姿や価値観と実際の行動との間に乖離があった場合は、次の日に行動を変えます。この自問は『自分会議』や『自己内対話』と呼んだりもします。自分の行動や判断が組織の精神を壊していないか、倫理的に正しいか、リーダーとして適切かと常に自分に問いかけることができるようになる。これがマネジメントを学ぶメリットだと思います」
ニューノーマル時代は新しいキャリアのチャンス
今後ますます、人々の働き方は多様化していくだろう。新しい時代のリーダーはどうあるべきだろうか。
「繰り返しになりますが、指示命令ではなく、自分の頭で考え、自分の声で目的を伝え、チームを生かして成果を生み出す、本当の意味でのマネジメントができないマネージャーは必要なくなるでしょう。スケジュールやタスクの管理はさまざまなツールで簡単にできる時代です。Z世代をはじめ、若い世代はもはや指示命令では動きません」
そんな時代において企業の人事も「まずは『人事の仕事のミッションは何か』を問い直し、改めてどんな価値を誰に提供するのか、自分たちの仕事を定義し直す必要がある」と藤田氏。
「人事部が提供する社員の研修においても、あまりお膳立てしすぎないことが重要です。自分で学びたい研修を探し、受講する。人事施策でさえも自己決定で行われる時代になるでしょう」
一人が多くの組織に所属するような時代になれば、人事が社員を管理することは不可能だ。これまで以上に「個人」の資質や価値観が問われる時代に、企業や人事は個人の力を最大限発揮できるようなマネジメントに切り替えることが求められる。
「よく、『会社のビジョンがないからどの方向に進めばいいか分からない』と言う社員がいますが、それは違うと私は思っています。大抵は自分自身にもビジョンがないんです。個人も企業も、両方がビジョンを示し、共鳴し合うことが理想です。時代が大きく変化していくなかで、不安を抱えているリーダーも多いかもしれません。ただ、見方を変えれば、時代の変化は新しい自分や新しいキャリアを発見するチャンスでもあります。そのために、今回紹介したマネジメントも含め、ぜひ学び続けていただきたいと思います。仕事時間以外にも、自分の学びに時間やお金を投資し、リスキリングをする。そうすることで新しいチャレンジができる時代になっているのです」
Profile
藤田勝利氏
PROJECT INITIATIVE 株式会社代表取締役 桃山学院大学ビジネスデザイン学部特任教授 ドラッカー学会理事
1996年、上智大学経済学部経営学科卒業。住友商事、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て、2004年米クレアモント大学院大学P.F.ドラッカー経営大学院で経営学修士号取得。生前のピーター・ドラッカー教授およびその思想を引き継ぐ教授陣からマネジメント理論全般を学ぶ。現在は次世代経営リーダー育成、イノベーション・新事業創造に関する分野を中心に事業活動を展開する。著書に『新版 ドラッカー・スクールで学んだ本当のマネジメント』(日経BP)など多数。