斉藤 徹氏
ビジネス・ブレークスルー大学教授
ループス・コミュニケーションズ代表
株式会社hint代表
1985年慶應義塾大学卒業、日本IBM入社。29歳で独立し、1991年フレックスファームを、2005年ループス・コミュニケーションズを創業。ソーシャルシフト提唱者として時代を見据えた組織改革を企業に提言。2016年学習院大学特別客員教授就任。2020年より現職。近著に『だから僕たちは、組織を変えていける―やる気に満ちた「やさしいチーム」のつくりかた』(クロスメディア・パブリッシング)。
コロナ禍の在宅ワークを機に、働く人の仕事や人生に対する価値観が変化しているという。 実際、従来のマネジメント手法では組織の統制が困難になったとの声は多い。リーダーはどう対応すべきか。「組織は個人の幸福の追求が成長の原動力となる『自走する組織』を目指すべき」と説く、経営学者の斉藤徹氏に、組織変革を進めるヒントと求められるリーダー像を聞いた。
「最近、チームのマネジメントがうまくいかない」「メンバーと距離を感じる」「部下がどんどん辞めていく」――。 斉藤徹氏はこれらのことを、社員のエンゲージメントの低さがコロナ禍であぶり出されたためだと指摘する。
「会社中心だった生活から在宅ワークにシフトしたことで、多くの人が自分と会社との関係や自分自身の人生について、冷静に見つめ直す機会を得ました。その結果、エンゲージメントがもともと高かった企業では、『自分はいい会社にいるな』『やりたいことができている。いい人生だ』と社員の満足感が高まったのですが、低かった企業では『この会社にこのままいていいのだろうか』『もっと自分らしい働き方ができる場所があるはずだ』と社員が考えるようになり、エンゲージメントがさらに低下しました。二極化が進んだのです」
これは企業にとって重大な問題であると、斉藤氏はベイン・アンド・カンパニーの調査結果を示す。エンゲージメントの高い企業では、コロナ禍の1年間で生産性が5~8%向上し、低い企業では3~6%減少したとの結果が出た。1年間でおおよそ10%もの差が生じたことになる。
エンゲージメントの低い企業はどうするべきか。斉藤氏は現場のミドルマネジメント層に向けて、「今こそ個人の幸せが企業の成長エンジンになるように組織を変えていくべき」と提唱する。
個人の幸せについて斉藤氏は、「心理学者のマーティン・セリグマンは、人にとっての最高の幸せとは『意味の追求』だと言っています。自分の強みを生かして、組織や地域社会などの『自分より大きな何か』に貢献することだと説いているのです」と説明する。
仕事は組織や社会に貢献する手段であり、その人自身が自分の仕事に対する意味づけを意識し、使命感や喜びを感じられれば、その仕事はその人にとっての天職なのだという。
「自分のした仕事が会社や社会の役に立ったと実感し、深い充足感や満足感を得て、その仕事を天職だと思ったら、一層やる気が増し、さらに勉強を進めていって、自分で考え行動するようになっていきます。そんな幸せな社員が社内に増え、皆で協働するようになると、組織が『自走する組織』へと変革していきます」
企業が目指すべき「自走する組織」は、個人の幸せ抜きには実現できないのだ。そのためにはおのおのが主体的に仕事を捉え、自分自身が仕事にどう意味づけをするかが基盤になる。
「自分の仕事は天職ではないと考えている人は多いでしょう。しかし、どんな仕事でも天職になり得ます。主体的な視点で仕事を再定義する『ジョブ・クラフティング』という手法が有効で、働く人が自ら仕事に意味を見出し、自分にとっての喜びは何かを考えることで、やらされ仕事を働きがいのある仕事に捉え直すのです」
企業としては、パーパスを策定することも有効だ。
「会社に対する社員の思いを言語化したパーパスを掲げましょう。組織内の共感を促す対話や行動につながり、社員の積極性に影響します」
「自走する組織」にするには、個人の幸せと組織の価値創造とが結びつくように、環境を変えることも必須だ。そのためには「リーダーがメンバーとの関係の質を高めることが最初の一歩」であると斉藤氏は説明する。
「関係の質を高めるとは、信頼関係を築くことであり、メンバーの心理的安全性が不可欠になります。まずはリーダーが素の自分になってメンバーと向き合うことが重要です」
「関係の質」が高まると思考が前向きになり、パーパスなどをベースに自分の仕事の意味を深く考え、「思考の質」が高まる。仕事の意味を理解したら主体的に行動するようになり、「行動の質」が変化する。
「主体的な行動から結果が出ると、達成感を味わえます。その達成感がチーム内の信頼関係を強くし、思考を前向きにします。この『成功循環モデル』をまわすことが、組織変革のカギとなります」(図1参照)。
リーダーとメンバーの信頼関係を築くために、心理的安全性を担保する。心理的に安全な場でなければ、メンバーは質問や発言を控え、間違いも指摘しなくなるため、個人としても組織としても成長は望めない。リーダーは意識してメンバーに自分の素顔と弱みをさらけ出し、互いに本音を話せる関係をつくることが大事。
心理的安全性が得られると、メンバーはポジティブに物事を思考できるようになる。組織変革においては、前向きに自分の仕事の意味を考えられるようになる。リーダーが「パーパス」「ミッション」「ビジョン」「バリュー」を基に、自分たちの組織が何のためにあるのか、皆で考え共有する機会を設けるのは有効。
前向きな思考ができるようになると、行動も主体的に変化しやすい。リーダーがメンバーの内発的な動機(内側から湧き上がるやる気)を高めることが大事。「自分で選択したい」「人と支え合いたい」「達成感を味わいたい」といった欲求を満たすことがカギになる。やる気が結果を生み、さらに関係の質が向上するという循環が生まれる。
さらに、組織変革は一人でも始められると斉藤氏は指南する。次の7つのステップで影響の輪を広げていけるのだ(図2参照)。
インサイド・アウトで変革する
自己認識力を高める
影響の輪を意識する
小さな成功を育てていく
反対者の信頼を得る努力をする
困難から学び、成長する
共感をつなぎ、影響の輪を広げる
「自走する組織」を目指し、リーダーが取り組むべき変革アクション。7つのステップを踏まないと途中で挫折しやすい。チャレンジすることでリーダー自身が大きく成長する。
組織を変えようという信念を持つ。自分の内面を変えることから始めよう。
自分を正しく理解する。組織は人の集まりで、人を変えるには自分が変わることが近道だ。自分を変えるために自分を客観視しよう。本音を話してくれる人の意見を聞くことも良い方法だ。
自分が影響を及ぼせる範囲を見定める。「会社全体は無理でも、自分のチームには影響を及ぼせる」という具合だ。
影響を及ぼせる範囲のなかで、「成功循環モデル」をまわす。必ず「関係の質」の向上から着手しよう。役職の仮面を外し、メンバーと対等な立場で本音を話す。相手の話を聞いて共感し、信頼関係を築く。手っ取り早く結果を出すように求められても、[アクション1]の信念に従って信頼関係の構築を第一にする。
「組織を良くしたい」と熱意を持って伝え、信頼を得る努力をする。途中で取り組みに反対する人が出てきたり、無関心な人の壁に阻まれたりすることもあるものだが、うそいつわりのない自分の言葉で情熱を伝えれば、関係性は変わっていく。
壁にぶち当ったら「困難は伸びしろ」と前向きに捉える。リーダー自身がポジティブでいることが重要だ。
影響の輪を広げる。[アクション1]~[アクション6]を続けていると、比較的早い段階で必ず何らかの成果が生まれるので、成果を積極的に発信し、「成功循環モデル」のまわし方をほかのチームや他部署へと伝えていく。そうして取り組みを始めたチームと情報を共有し、励まし合うことで同志が増え、やがて取り組みが一気に広がっていくティッピングポイントを迎える。
斉藤氏はどの取り組みにも共通する特徴として、「誰でも始められる」ことと、「最初に始めた人が一番に幸せを実感できる」ことを挙げる。
「従来の統制型のリーダーが孤独であることは、コロナ禍を通じて皆が感じているはずです。しかし、自走する組織を目指す道筋においては、リーダー自身が自分の仕事に意味を見出し、やりがいを感じていきます。メンバーとのエンゲージメントも深まり、自己成 長も実感できます。これは誰にとっても幸せなことですよね」
斉藤 徹氏
ビジネス・ブレークスルー大学教授
ループス・コミュニケーションズ代表
株式会社hint代表
1985年慶應義塾大学卒業、日本IBM入社。29歳で独立し、1991年フレックスファームを、2005年ループス・コミュニケーションズを創業。ソーシャルシフト提唱者として時代を見据えた組織改革を企業に提言。2016年学習院大学特別客員教授就任。2020年より現職。近著に『だから僕たちは、組織を変えていける―やる気に満ちた「やさしいチーム」のつくりかた』(クロスメディア・パブリッシング)。