石山恒貴氏
法政大学大学院 政策創造研究科 教授
一橋大学社会学部卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境学習、キャリア、人的資源管理等が研究領域。日本労務学会副会長、人材育成学会常任理事、人事実践科学会議共同代表。主な著書に『パラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社)、『越境的学習のメカニズム』(福村出版)。
経営環境の不確実性が高まるなか、企業が成長性を維持していくために、人的資源の戦略の中核を担う人事部門の役割はますます重要になっていくだろう。
デジタルテクノロジーの急速な進化に対応しながら、ダイバーシティ&インクルージョンの推進、社員のウェルビーイング向上などにも取り組んでいくことが求められると考えられる。アフターコロナに向けて、日本の人事部門はどう変わる必要があるのか。法政大学大学院政策創造研究科教授の石山恒貴氏に聞いた。
企業の人事部門は今、大きな転換期を迎えている。コロナ禍を契機にワークスタイルが激変し、従業員に対するマネジメントや育成・評価の枠組みは見直しを迫られている。日本で人事改革を進める企業が増えているのも、こうした潮流が背景にある。また、企業の人的資本への投資を重視する投資家が増え、情報開示が求められるようになったことも、人事のあり方の変革を促している。
こうしたなかで、日本企業の人事部門はどう変わっていくのだろうか。
「一言でいえば、これからの人事部門は『戦略人事』と『サステナブル人事』の両立が求められていくと思います」と、石山氏はいう。
近年、日本の人事部門の多くが、経営戦略と連動して従業員を戦略的にマネジメントし、企業の競争優位性を高める「戦略人事」に取り組んでいる。
経営環境の不確実性が高まるなか、戦略人事の役割はますます重要になると考えられる。
「戦略人事に資するような社員たちに才能を発揮してもらうには、一人ひとりの感情やウェルビーイングに寄り添い、持続的に働けるような環境を整えていくことが必要です。これは『サステナブル人事』と呼ぶべきものです。各人の能力を最大限に引き出すことも、個の存在を人として尊重していくことも重要です。これらを両立させるのが、人事部門の新しい役割だと私は考えています」
出典:Adecco Group報告書『未来のチーフ・ピープル・オフィサー』(図1~4)
戦略人事を実践するために欠かせないのが、データ・テクノロジーの活用である。これまでの日本の人事は、いわゆる暗黙知を重視する傾向が強かった。データや数字に頼るのではなく、独自の経験や勘に基づいて社員一人ひとりの資質や特性を判断し、配置や異動などを決めるというものだ。しかし、暗黙知に頼る人事は効果を発揮する場合もある半面、判断が適切であったかを客観的に検証できないため、偏った人事判断に陥っている可能性もある。
最近ではHRテクノロジーの進化により、社員一人ひとりの細かな資質や行動特性などをデータ化して分析することが可能になっている。データを収集・蓄積・分析することで、戦略に応じた適材適所の配置をスピーディーに行うことができる。戦略人事の実践を支えるHRテクノロジーの活用は、今後ますます加速していくだろう。
「HRテクノロジーを活用するうえで注意すべきは、安易な二元論に陥らないことです」と石山氏は強調する。
「HRテクノロジーによるデータ分析力を過信するのも、逆に『暗黙知の方が優れている』として退けるのも、望ましくありません。どちらが良いかという発想ではなく、人間が持つ暗黙知の察知能力と、テクノロジーのデータ解析力の両方の良さを理解し、最適な組み合わせを探っていく姿勢が大切だと思います。これは『言うは易し』で、現実にはこの両者をバランス良く融合させていくのは難しく、これからの人事部が取り組んでいくべき重要なテーマだと思います」
当然ながら、人事担当者の全員が優れたデータサイエンティストになれるとは限らない。統計解析の素養を持つ人もいれば、現場社員との対話力に長けた人もいるだろう。得手・不得手を把握し、既存のメンバーでの対応が難しければ、社内外から専門職を招聘することも考えられる。
「いずれにせよ、人事担当者がデータサイエンティスト的な知見をある程度身につけることは必要です。すでに一部の先進的企業では、HRテクノロジーの有効活用を目指して、人事部門とデータ解析の専門部門とのコラボレーションを取り入れる例が見られます。互いの言語を理解するために、データサイエンティストは業務知識として人事のことを学び、人事担当者はプログラミング言語の基本を理解するといった機運が生まれています」
CPOの役割は、定型的なサービス提供から、従業員のニーズを予測し、ニーズにより深く関与することにシフトしていくと予測されている。
石山氏が指摘するように、戦略人事を成功させるには、同時にサステナブル人事を取り入れることが欠かせない。
特に重視したいのが「感情」のマネジメントだ。以前から、社員の感情がパフォーマンスを左右することは知られていたが、人事活動として感情のマネジメントを重視する企業はこれまで多くはなかった。
「日本企業の場合、個々人の感情よりも、組織や集団の感情を優先しがちでした。たとえば、働く個人としては家事や育児を大切にしたいけれど、同じ部署のみんなに迷惑がかかるから、個人的な感情は抑えよう、あるいは我慢しなければいけないという考えが一般的でした。こうした風潮は、日本のウェルビーイングを引き下げている大きな要因でもありました。しかし、今般のコロナ禍により在宅で勤務するなかで、改めて自分の健康について意識したり、自分にとっての幸せな働き方、さらには生き方について考えたりした人は多いと思います。これからの人事部門は、こうした個々人の感情にどれだけ寄り添えるかが問い直されてくるはずです」
ここで認識しておくべきなのは、個の感情に寄り添うことは、企業の競争優位性にもつながるということだ。自分の感情を抑え、集団感情に同調していくようなチームでは、新たなチャレンジや価値創造も生まれにくい。
「個の感情を重視することは、イノベーション創出に欠かせないダイバーシティ&インクルージョンとも密接な関係があります。性別・年齢・人種・国籍といった目に見える表層的な多様性だけでなく、一人ひとりが内面に抱えている価値観までを含めた多様性が特に重要です。自分とは異なる価値観を認め合ったうえで積極的に意見を交わしていくことで、新たなイノベーションが生まれていくからです」
石山氏によれば、特定の価値観にとらわれて、それ以外を認めずに生きていくことは、ウェルビーイングの観点からも好ましいとはいえない。一人ひとりが自分の価値観を多様化させていくことも大切だ。そうして違う価値観と触れ合って学ぶことが、ウェルビーイングにつながっていく。
研究によって証明された6つの効果(創造性と革新性の向上、忠誠心と定着率の向上、適応力と変化への対応力の向上、社員の健康増進とウェルビーイングの推進、欠勤率の低下、生産性とパフォーマンスの向上)のなかから、自分の組織が享受すると考えられるメリット上位3つを選択した結果。
多様な個人が集まった組織だからこそ、個々の感情の違いにも配慮した従業員マネジメントが重要になっていく。このような考え方を全社的に広めていくためには、まずは人事部門自身が、多様な価値観にあふれた組織を目指すことが先決だと石山氏は指摘する。
「ダイバーシティ&インクルージョンの推進に熱心に取り組んでいる企業は、CPO(Chief People Officer)やCHRO(Chief Human ResourceOfficer)など人事部門の責任者が、自身のチームの多様化に努めています。性別、年齢といった表層的なダイバーシティとともに、多様な価値観の取り入れを目指していることが多い。多様であることで摩擦や葛藤も起こるのですが、それ自体が自社の長期的な価値創造につながると認識しているのです」
日本の人事部門は経営に関われていないとしばしば指摘されてきた。そういった状況を大きく変えるチャンスでもあると石山氏はいう。
「戦略人事とサステナブル人事の両立は、人事部門だけが取り組もうとしても成功しません。経営陣を巻き込んで、全社的な経営課題としていくことが不可欠です。そうして人事改革を主導しながら、人事部門自身も経営戦略の最前線に加わっていく。これからの人事部門に求められる姿勢だと思います」
近い将来においては「技術への注力」がメインだが、遠い将来を見据えると、「根本的なヒューマンスキル」に焦点を当てたCPOの役割が、未来の課題を乗り切るうえで特に有益である。
石山恒貴氏
法政大学大学院 政策創造研究科 教授
一橋大学社会学部卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境学習、キャリア、人的資源管理等が研究領域。日本労務学会副会長、人材育成学会常任理事、人事実践科学会議共同代表。主な著書に『パラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社)、『越境的学習のメカニズム』(福村出版)。