コロナ禍以降、テレワークやオンラインのコミュニケーションが浸透するなど、働く環境が大きく変化した。それをきっかけに、多くの人が働きがいや働く意義を見つめ直している。
「ウェルビーイング」や「心理的安全性」が重要視されている今、企業は社員とどう向き合っていけばいいのか。人材育成・組織開発コンサルタントの三浦将氏は、組織力を高めるために必須の能力が「EQ」であるという。EQとは何か、どうすればEQを高め、それを習慣化できるのか。詳しく話を聞いた。
ウェルビーイングとは「良い時も悪い時もよく生きる」
コロナ禍以降、特に注目を集めるようになった従業員の「ウェルビーイング」。「幸福」と定義されることも少なくないが、三浦将氏は単純に、「ハッピーで幸せ」という意味合いとは少し違うと指摘する。
「私は『良い時も悪い時も、よく生きる』姿勢のことだと考えています。人生にはうまくいかない時もありますが、むしろそういう時のほうが成長できたり、生きていると実感できたりします。すべてが順調でハッピーな状態がウェルビーイングではありません」
ウェルビーイングが注目されるようになった背景には、働く価値や働きがいがこれまでよりも求められるようになったからだ。
「以前は、上司に逆らわず、自分の感情を押し殺して働くことが当たり前で、実際それで会社の業績も給料も上がっていました。しかし、先行きが不透明な今は、上司が必ずしも正しい答えを持っておらず、上司の言うことを聞けば間違いがない時代でもありません。上司が自分の立場を利用して部下を動かすような、ポジションパワーも通用しなくなっています」
EQを高め、みんなで価値を生み出すポジティブなチームに
ポジションパワーに代わり、これからの時代に重要視されるのが、「パーソナルパワー」、つまりリーダー個人の力だと三浦氏は指摘する。
「今は、リーダーが1人で考え、解を出すことが難しい時代です。アイデアがたくさん生まれるチームをつくるには、意見や気持ちを安心して表明しやすい『心理的安全性が高いチーム』であることが必要です。そのためには、上司と部下の関係だけでなく、メンバー間の横の関係も充実していなければなりません。リーダーには、人とつながるネットワーク力、メンバーを育成する力、チームをまとめる力が求められるのです」
そんなリーダーに求められる能力として三浦氏が提唱するのが、「EQ(Emotional
Quotient)」だ。「IQ」が学力や知能の指数であるのに対し、EQは「こころの知能指数」ともいわれ、感情をうまく管理し利用する力のこと。EQが高いリーダーの率いるチームは心理的安全性が高く、みんなで価値を生み出していけるのだという。
「アフリカのことわざに『早く到達したいなら、1人で行け。遠くに行きたいなら、みんなで行け』というのがあります。遠くへ行けるチームになるためには、個々の技術やスキルを集結させなければなりません。そこで、リーダーやメンバーのEQの高さがカギになってくるのです」
図1EQを高めるためのステップ
- 1
自己理解自分の感情や、その感情が湧く理由や傾向について知る
- 2
感情管理自分を客観的に見ることで、感情をコントロールする
- 3
共感的理解傾聴により、相手の気持ちをわかろうとする
- 4
人間関係管理お互いに共感し合えるような関係性をつくる
出典:三浦 将著『心の知能指数を高める習慣』p30の図を基に作成
自分を知ることから始める「感情メモ」を記録しよう
具体的に、どうすればEQを高められるのだろうか。最初のステップは「自己理解」だ。何を大切に生きているのか、本当にやりたいことは何なのか。まずは自己理解を深めていく。
自己理解を深める方法として三浦氏が提案するのが、1日の終わりに「感情メモ」を書き出すことだ。その日、感情が動いた出来事を書き出し続けることで、例えば、「こんなことを言われると腹が立つ」「こういうタイプの人とは相性が合わない」など、自分の思考パターンが見えてくるという。自分を客観視できるようになれることがポイントで、同じ場面に直面した時に「自分は今、このパターンだから怒っているのだ」と冷静に判断でき、「感情管理」ができるようになる。
「わかる」ではなく「わかりたい」共感的理解の基本は「傾聴」
「感情管理」の次のステップは、相手の気持ちをわかろうとする「共感的理解」だ。この時に必要なのが、「わかりたい」「知りたい」という姿勢だ。三浦氏は、「よく、『わかる、わかる』と相づちを打つ人がいますが、これは、自分はわかっていると相手に知らせたいと思っているだけで、共感していることにはなりません」と説明する。
共感的理解に必要なのは、相手に関心を持ち、しっかり話を聞く「傾聴」の姿勢だ。リーダーが話しすぎてはいけないのだ。三浦氏は、「少なくとも50%以上は相手に話をさせるようにしてほしい」と話す。この傾聴力も、訓練することで高めることができるという。まずは「半分以上は相手に話してもらう」ことを実践してみることが重要だ。自分の理解と相手の話とのズレを補正するような質問をすることも、効果的だという。
傾聴してもメンバーがあまり話をしてくれないとしたら、それは相手との距離が縮まっていないからだ。そこで最後のステップ、相手との関係性を高める「人間関係管理」が必要になる。
三浦氏は「距離を縮めるには、まずはリーダーが自己開示をすることです。例えば、自分から人に知られたくない恥ずかしいエピソードを話したりすると、相手も心を開きやすくなります」と話す。あえて失敗や弱点を相手に開示し、「この人も人間なんだ」と相手を安心させることが大事なのだ。
また、Web会議などオンラインのコミュニケーションでは、カメラをオンにした「顔出し」が大事だという。
「顔を出さないというのは、相手との関係性を断ち切ったコミュニケーションといえます。お互いの表情を見ながらコミュニケーションを取ることで、お互いに人となりを知ることができ、心理的な距離が縮まります」
図2各ステップにおける具体的な取り組み
自己理解 感情管理 |
その日、感情が動いた出来事を書き出してみる(「感情メモ」) |
共感的理解 |
話したい気持ちを抑え、半分以上は相手に話をさせてみる |
人間関係管理 |
自分の失敗や弱点をあえて話してみる |
できることから始めて継続を完璧を求めすぎないことで習慣化
EQを高める取り組みでは、習慣化への意識も重要だ。ポイントは2つ。1つめは目的を明確にすることだ。
「チームの雰囲気を良くしたいから、あるいは、部下に嫌われたくないから、といった小さな目的意識では続きません。もっと大きく、チームのコミュニケーションが円滑になった先には何があるのか?を考えてみてください。みんなが働きがいを感じられるようになる、社内外にも良い影響を与え、会社としても成果を出せるようになる、というように、目的のレベルを上げていくことが重要です。本当の目的を知り、高い目的意識を持つと、人はその習慣をやめなくなるのです」
もう1つのポイントは、ハードルを上げすぎないことだ。例えば、チームに話しやすい人と話しにくい人がいたら、まず話しやすい人から傾聴を始めていく。うまくできない日があっても「仕方がない、また明日頑張ろう」と考える。完璧を目指すと義務感が強くなり、挫折してしまいがちだが、「チームのみんなの笑顔を増やしたい」といった願望の感情に持っていけると、続きやすくなる。三浦氏によれば、行動の習慣は2カ月くらいで効果が出てきて、自然とできるようになるという。 無理せず継続させることが大事だ。
チームで成果が出たら、横展開して他のチームに伝授する。会社全体のEQを高めるためには、小さな単位で成功体験をつくり、それを拡大していくことが大事だと三浦氏は話す。
「ウェルビーイングを目指す施策は、実際に手を動かし汗をかくことも必要です。言葉ではどれだけ立派なことを言っても、今の若者たちはうわべだけの取り組みには敏感に気付きます。人財こそ企業の競争力の源です。ぜひ本気で取り組んでいただきたいです」
Profile
三浦 将氏
株式会社チームダイナミクス代表取締役
人材育成・組織開発コンサルタント/
エグゼクティブコーチ
早稲田大学オープンカレッジ講師
英国立シェフィールド大学大学院修了(Master of Science
理学・経営学修士)。アドラー心理学やコーチングの技術を駆使したユニークかつ効果的な手法で、リーダーシップと自律性のある人材の育成、組織づくりをサポートしている。学習内容の実践と習慣化を重視したその研修プログラムのリピート率は、実に95%を超える。『自分を変える習慣力』(クロスメディア・パブリッシング)など著書も多数、発行部数は累計30万部を超える。