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2022.09.15
職場の業務×AIで相乗効果を生み出しAI時代のキャリアを切り拓く

デジタル化によってビジネスモデルや働き方のパラダイムシフトが進むなか、ビジネスパーソンはキャリアをどのようにとらえ、AI時代に相応しいキャリアをいかに築いていくべきか。日本企業向けにAI・DX戦略提案・開発などを手がけるパロアルトインサイトCEOの石角友愛(いしずみ・ともえ)氏に語っていただいた。

コロナ禍により、これまで顕在化していなかった企業・組織のさまざまな課題が明らかになり、同時に、働く個人にとっては、自身のキャリア形成やライフスタイルを見直す重要な契機にもなった。米国ではライフスタイルを見直す動きが顕著のようだ。シリコンバレーの人財事情にも詳しい石角友愛氏はその一例として、「YOLO(Youonly live once =人生一度きり)」の潮流を紹介する。

「コロナ禍を契機に、特に20~30代の若い世代で離職が相次いでいます。単なる転職というより、たとえばシリコンバレーで活躍していた優秀なインド系移民が母国に帰るというように、既存の企業・業種・職種から離れて戻ってこないという例が目立ちます。自分の仕事のあり方やスキルをどうアップデートするか、キャリアの本質的な問題意識を持っている部分について考える人が増えているのだと思います」

YOLOの潮流をポジティブに捉えられている人ばかりではない。ビジネスも社会も先行きが不透明になり、長期的な人生設計をするよりも、刹那主義的な消費に走ってしまう若者は少なくないと石角氏は話す。

「価値観が多様化・細分化しているので、かつては誰もが共通認識として持っていた『良い人生』観が失われ、何を目指せばいいのか迷ってしまう若い世代が増えていく懸念はあります」

これは日本でも同様の傾向がみられる。Adecco Groupが2022年8月に実施した「コロナ禍のキャリアビジョンに関する調査」によると、全体の約35%がコロナ禍で自身のライフビジョン、キャリアビジョンに変化があったと回答。ライフビジョンの変化に影響を与えた理由として、「ライフスタイルの変化」のほか、「将来について考える時間の増加」「日本の経済の停滞感」が挙がった。キャリアビジョンに変化を与えた理由については、「働き方の変化」や「自身の職種の将来に対する不安」が上位となった(図1参照)。経済の先行き不透明感が深まるなか、以前から指摘されていた「キャリアの自律性」はますます重要となるだろう。

図1日本でのコロナ禍におけるライフビジョン、キャリアビジョンの変化の要因

図1 日本でのコロナ禍におけるライフビジョン、キャリアビジョンの変化の要因

出典:Adecco Group『コロナ禍のキャリアビジョンに関する調査』(2022年8月実施)

学び直しは当たり前。キャリア転換をダイナミックに捉えるべき

もう一つ、興味深い視点として石角氏は、“キャリアデザインのトリレンマ”の変化を挙げる。相反する2つの選択肢の板挟みになることを「ジレンマ」と呼ぶのに対し、選択肢が3つある状況が「トリレンマ」である。

「図2の左側のように、従来のキャリアデザインには『場所・業界・職種』の3要素があり、すべて望みどおりにはいかないので、どれか1つを捨てて2つに絞ることが転職の戦略づくりに役立つといわれてきました。しかしリモートワークが当たり前になり、「IT業界で働きたいからシリコンバレー」、「金融ならウォールストリート」といった考え方が、キャリア形成においてもはや不要になりつつある。場所の制約に縛られることなく人財が獲得できるのは、企業側にとっても良いことですし、働く側も『東京に住んでシリコンバレーの会社で働く』といったスタイルがいずれ当たり前になるでしょう。

その意味でも、場所を主軸に仕事や会社を選ぶことよりも、自分がどんなライフキャリアを築きたいかがますます重要になると思います」

図2キャリアデザインのトリレンマ

図2 キャリアデザインのトリレンマ

出典:『AI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)石角友愛著より作成

自分のキャリア形成やライフスタイルを見直すといっても、現状の業種・職種や生活のあり方の延長線上で考えがちだ。しかし、これからのキャリア形成は、よりダイナミックに捉えた方がよいと石角氏はアドバイスする。

「スティーブ・ジョブズの有名な言葉に『Connecting The Dots(点と点をつなげ)』があります。バラバラに見える1つ1つの点(経験)はやがて必ず線になる、といった意味ですが、彼は同時に『先を見通して点をつなぐことはできない。後から振り返ったときに初めてつなぐことができる』と言っているんですね。つまり、今ある場所から見える範囲で点を見つけて、そこと線を引いても、それは現状の延長線上でしかない。

今や、学び直しでどんなキャリアも手に入る時代です。それを受け入れる企業側の態勢も整いつつありますから、過去にとらわれたキャリア観では機会損失につながりかねない。もっとダイナミックに三次元的なキャリア移動を考えた方がよいと思うのです」

DXの成功に欠かせない「AIシナジスト」

これからのキャリア形成を考えるとき、多くのビジネスパーソンにとっての関心事の一つは、自身のキャリア形成と「AIスキル」「デジタルスキル」との関係性だろう。あらゆる業界でデジタル化の潮流が加速するなか、AIとの関わり方は無視できないからだ。

キャリア形成をダイナミックに捉えるべきとはいえ、いきなりデータサイエンティストへの転身を目指す人は少ない。現在の業種・職種を維持しながらAIの知識や経験を身につけ、キャリアアップを図ろうとする人が多いはずだ。その場合に目指す人財像として、石角氏は「AIシナジスト」を提唱している。現在の職場でAIを活用し、業務でのシナジー(相乗効果)を生み出す人財を指す。

一般にAI人財というと、AI自体の開発に携わるデータサイエンティストや開発したAIを実装するシステムを構築するエンジニア、AIを活用したビジネスの構想設計をするAIビジネスデザイナーなどがある(図3参照)。これらは主にIT企業に所属する人財である。

図3AI人財としてのキャリア

データサイエンティスト
AIを導入するためのデータ構造を設計し、データを解析してAIを実装するまでの業務をすべて一貫して担う。「プログラミング・情報処理」「数学・統計学」「コミュニケーション・可視化」という主に3つのスキルセットが求められる。
AIビジネスデザイナー
AIを活用してビジネスの課題解決をするための構想設計(デザイン)を行う人財。クライアントや企画者と、データサイエンティストをつなぐ立場にあり、企業課題とユーザー課題を理解し、ソリューションを生み出す構想力・提案力が求められる。
AIシナジスト
AIを導入する側の企業において、AIを活用して業務でのシナジー(相乗効果)を生み出す人財。ビジネスの現場でAIの技術を具体的にどう活用したら課題解決につながるか、当事者意識を持って構想する視点が求められる。

「一方で、AIを導入する側の非IT企業にも、AI人財は不可欠です。何をどう頼めばいいかわからないからと、外部の専門家に丸投げしてしまうケースがよく見られますが、それではDXは絶対に実現できません。DXとは組織のあり方や人々のマインドセットを変えて、常にデジタライゼーションを組織横断的に起こせる体制をつくっていくことですから」

そのためには企業側に、当事者意識を持ってDXを捉え、自社のビジネスの現場でAIの技術をどう活用したら課題解決につながるか、ビジネスとしての現実的な期待値と理解を持っている人財が必要になる。それがAIシナジストだ。

「企業がAI導入を進めるうえで、事業部ごとにAIシナジストと呼べる人がいるかが、DX成功のカギを握ります。それだけ企業にとって重要なAI人財であるということです」

AIシナジストに求められる具体的な資質として、石角氏は図4のような6つの思考を挙げている。

図4AIシナジストに求められる思考

1 ユーザー思考
ユーザーの視点に立ち、どういう機能がほしいか、どこを改善してほしいかを考える思考。
【エクササイズ例】自分が普段使っているアプリなどの使いにくい点や改善してほしい点を5つ挙げてみる。また改善すべき理由も言えるようにする。ユーザー視点で物事を考える癖をつけておくことは商品開発に非常に役立つ。
2 プロダクト思考
抽象的なビジネスコンセプトを具体的なプロダクトアイデアに落とし込んでいく思考。
【エクササイズ例】自分が普段使っているアプリを選び、その構成要素がどうなっていくかを確認してみる。これから生み出すべきプロダクトがどうあるべきかを構造的にまとめたPRD(Product Requirements Document =プロダクト要求仕様書)を実際に作成してみる。
3 起業家思考
起業家の視点に立ち、新商品・サービスがビジネスとして実現可能か、検証する思考。
【エクササイズ例】仮説として顧客を設定し、どんな課題を抱えていて、その課題解決のためにどうすべきか、どういうプロダクトを提供すれば問題を解決できるかなどの検証を行う。事業計画書の作成、投資対効果の試算を行う。
4 プラットフォーム思考
今の時代のプラットフォームの構造や機能を知り、その強みを理解し活用する思考。
【エクササイズ例】「これから生み出そうとするプラットフォームにはどのようなプレイヤーがいて、プレイヤー同士の相互作用はどうなっていて、データやお金はどのように動き、付加価値はどこからどこに提供されるか」などを明確にして俯瞰図を策定してみる。
5 転換思考
優れたビジネスアイデアの事例などを知ったとき、「その考え方を別の形で応用できないか」と考える思考。
【エクササイズ例】過去の色々な企業のAI導入事例を基に、それが自分の仕事の現場でどう応用できるか、同様の技術がほかに使えないか、どんな課題解決に使えるか、実現性は気にせずに最低3つ考えてみる。
6 オートメーション思考
どうすれば作業工程などを省人化、効率化、最適化できるかを追求する思考。
【エクササイズ例】自分の仕事を細分化して工程として書き出す。特にリードタイムが非常に長い工程がないか、属人的な判断に依存している工程がないかを確認し、自分の仕事のやり方に無駄がないか、どうすれば効率化できるかを考える。

出典:『AI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)石角友愛著より作成

ここで重要なのは、AIシナジストに必要な6つの思考は、いずれも座学的な研修では身につかないということだ。

「研修もきっかけづくりとしては大切ですが、思考法は常に意識して実践しないと定着しないので、研修だけで終わってしまうのはもったいない。AI人財の育成という意味では、実際にAIを自社の現場に導入してみる、AIのプロジェクトを発注してみるなど、AI関連の業務に何らかの形で携わることがとても大切です。6つの思考を実践として理解できるので、そこで経験したことが自分のなかでの体系立った知識になり、AI人財という意味での第一歩が踏み出せると思います」

研修だけではAI人財は育たないという指摘は、企業側にとっても重要だ。もしAIシナジストを育てたいなら、社員に何か資格をとらせることではなく、AI関連のプロジェクトを自社で実践することこそが人財育成だという認識を企業が持つ必要があると、石角氏は強調する。

「AI人財やDX人財の文脈では、実践の経験がある人が本当に重宝されます。一度でもAIのプロジェクトに参加すれば経験は『1』となり、経験『0』の人と大きな差が生まれます。『1』は掛け合わせによって可能性が無限大に広がりますが『0』は何を掛け合わせても『0』のままです。『1』の人を増やすには、とにかくAI関連のプロジェクトを始めるしかない。ただし企業としてリスクのない、モック的なプロジェクトをやるのでは人財は育ちません。たとえ小規模でもしっかりと投資をして、本気でAIプロジェクトに取り組んでいただきたいです」

石角氏は「すべてのビジネスパーソンがAIとの関わり方を考えるべき時代になっている」と語る。たとえ現時点でAIの知識がないとしても、勤務先が非IT企業であっても、自分の強みを生かしながらAIシナジストを目指すことは可能だ。

しかし、AI時代に自分のどんな資質が生かせるのか、どんなキャリア形成を目指すべきか、悩んでいる人も多いだろう。最後に、キャリア形成を考える際のヒントを石角氏に聞いた。同氏によれば、「自分の好きなこと」や「情熱を感じること」にあまり最初からこだわりすぎないのがポイントだという。

「自分が何を好きか、何に情熱を感じるかは、実は初めからわかっている人は少なくて、むしろ仕事に取り組んで何らかの成果が出たり、人から評価されるようになって初めて自覚できることが多いからです。ニューヨーク大学スターンビジネススクール教授のスコット・ギャロウェイ氏は、①自分が得意かもしれないこと。②それに対して報酬を払いたいと思う人が多くいること。③なおかつ嫌いな仕事ではないこと、という3条件の重なる部分が自分にとってのキャリアのスイートスポットだと主張しています。少し視点を変えて自分のキャリアを捉え直し、そのうえでまずは挑戦してみるのがよいと思います」

Profile

石角友愛氏
パロアルトインサイトCEO/
AIビジネスデザイナー

2010年ハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、グーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック、流通系AIベンチャーの2社を経てパロアルトインサイトを起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI・DX戦略提案からAI開発・導入まで一貫した支援を提供している。2020年からは、AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛ける。21年より順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授。著書に『いまこそ知りたいDX戦略』、『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)など多数。パロアルトインサイト
HP:https://www.paloaltoinsight.com/

石角友愛氏 パロアルトインサイトCEO AIビジネスデザイナー