企業を取り巻くビジネス環境や仕事における常識、価値観などが目まぐるしく変化する今、従来のキャリア観は通用しなくなっており、考え方のアップデートが必要だ。
これからの時代、キャリアをどう捉え、どうデザインしていくべきなのか。
ジェイフィール取締役で、組織変革などのコンサルティングを行っている片岡裕司氏に話を聞いた。
一から自分でキャリアを
描かなければならない時代に
「人生100年時代」といわれる今。健康寿命が延び、70歳、80歳になっても働くのが当たり前という時代に突入しつつある。個人が生涯で働く期間も、50〜60年に及ぶことになる。片岡氏は、「一方、企業の寿命は約30年といわれています。個人の職業キャリア期間が企業の寿命より長くなる環境では、企業主導で個人のキャリアを形成することは現実的に難しいでしょう。これからは一人ひとりが主体的に、自身のキャリアデザインを行わなければならない時代になります」と、キャリアデザイン上の影響を指摘する。
さらに、働く環境や価値観が多様化するなか、キャリアデザイン自体の定義も難しくなっている。キャリアの理想像も多様化し、「正解」がなくなっているからだ。
「しかし、こんな時代だからこそ、逆に『自分が想像すらしなかった新しい自分』と出会えるチャンスがあるのも事実です。大事なのは、先の見えない環境をポジティブに捉え、従来型の『目標を絞り込む』キャリアデザインではなく、『可能性を広げる』キャリアデザインにシフトすることです」
その方法論として片岡氏が挙げているのが、次に紹介する「4つのステップ」だ。これらを実践することで、楽しくキャリアを切り開き、自身の可能性を広げていける体質に変わっていくという(図1参照)。
図1不確実な時代に楽しくキャリアを切り開くための4つのステップ
Step1キャリアの目的(パーパス)を育てる
これまでの仕事人生を通して、「仕事の目標は数値化するもの」と捉えているビジネスパーソンは多いだろう。しかし「仕事の目標」と「キャリアの目的」とは、意味合いがまったく異なる。最初に考えるべきは、キャリアの「目的」だという。
「自身のキャリアを考えることは、どんな自分でありたいかについて考えることです。まず最初に、『何を大切にするか』『何を変えないか』を考えます。これがキャリアの目的の『種』であり、行動の方向性を決める指針となります。そのため、ここは4つのステップのなかでも最も重要です」
ポイントは、できるだけ抽象的に考えること。先の見えない時代だからこそ、目的は明確に決めず、キャリアをつくる取り組みのなかで変化していくことを前提に考えるのだという。数値化などの明確さが求められる「仕事の目標」とは、大きく異なる点だ。
「そもそも、『目標』と『目的』は、意味が大きく違います。目標は『なりたい』というゴールを示すものであり、目的は『ありたい』姿を示すものです。たとえば、将来医師を目指している学生であれば、『医師になる』ことは目標です。しかしその裏側には、『他者の苦しみやピンチを助けられる人でありたい』といった自身のありたい姿があるのかもしれません」
もし目標を見失ったり挫折したりしても、目的に立ち返れば、自分をポジティブに変えることができるという。上記の例でいえば、もし医師の夢に破れたとしても、カウンセラーや教師、警察官など、別の形のありたい姿を見つけられるからだ。目的が一番重要な理由は、ここにある。
キャリアの目的を育てるワーク「自分自身に質問を投げかける」
目的を育てるためには、さまざまな角度から自分を見つめ直す質問に答え、その「種」を見つけていく(図2参照)。ポイントは目的を「育てる」という観点。曖昧で抽象的に考え、「種」を複数見つけることが大切だ。
図2キャリアの目的(種)を言語化するためのワーク
- あなたが好きでい続けられているものは何ですか?
- あなたがこれまでの人生でしてきた選択で、一番インパクトのあるものは何ですか?
- あなたがこれからの人生を豊かにするために、一つだけ何でも手に入れられるとしたら、何にしますか?
- 親から言われそうなことで、耳をふさぎたくなることは何ですか?
- 私は( )することがうれしい人間です
- 私は( )ということに怒り、義憤を感じる人間です
- 私は周囲と( )という関係を作りたい人です
私のキャリアの目的は、【 】する
存在であることです
自分を見つめ直すためのさまざまな角度からの質問に答えることで、自分のありたい姿を再認識でき、キャリアの目的(種)も言語化できるようになる。
出典:質問案などを片岡氏の資料より一部抜粋して作成
「目的を明確化することにこだわると、目的が見つかるまで動けなくなってしまう恐れがあります。そもそも、キャリアの目的がすぐに見つかるとは限りません。『これが目的かな』と思えるような、何となくの方向性が洗い出せれば十分。その後の取り組みのなかで目的の種が変化し、育っていきます」
Step2体質改善に取り組む
目的の種が見つかったら、次は自身の「体質改善」だ。ここでいう体質とは、①ネットワーカー体質、②成長体質の2つ。これらを改善し、日常の行動レベルを引き上げることがカギになる(図3参照)。
図3体質改善のためのワーク
人とのつながりを広げる体質改善と、新しいことを学ぶ姿勢を取り戻す体質改善は、多くの人から意見を聞き、それを取り入れながら自身のキャリアをつくるうえでは重要だ。
「自分らしいキャリアを考えようと思っても、これまでに培った常識や習慣などが影響し、どうしても視野が狭まってしまうものです。しかし人間には本来無限の可能性があり、そこで『自分がワクワクする気持ちが保てる何かを見つけること』がとても重要です。そのために2つの視点から体質改善を行います。いわば、ワクワクを取り戻す取り組みです」
【体質改善のワーク①】ネットワーカー体質への改善
これからは一人ひとりが主体的に自分のキャリアを考える時代だが、すべて自分だけで考え、判断しなければならないのだろうか。実はむしろ逆で、他人の意見をどんどん取り入れることが重要だという。
「情報量も変化も大きく複雑化した現代社会では、キャリアに関する正しい判断を個人だけで行うことは非常に困難です。大事なのは、多くの人の意見を参考にして、選択肢を増やすことです。そこには自分一人ではなかなか思い浮かばないものもあるかもしれません。そのためにも、新しいネットワークをつくり、広げることが重要です」
ポイントは「自分のキャリアにつながるような出会い」を求めないこと。選択肢が狭まってしまうからだ。
「お勧めしたいのは、『一定期間に5人と会う』と決めて実行することです。そのうち2人は会ったことがない人にしましょう。憧れのビジネスパーソンや話を聞いてみたい著名人など、自分が興味のある人なら誰でも構いません。あとの3人は、たとえば学生時代の恩師や同級生など、懐かしい人に会うのがよいでしょう。今は自分とは違う世界とつながっていて、刺激になる要素を持っているからです」
こうした出会いから、キャリアを考えるうえでの思わぬ気づきを得ることもある。しかしそれ以上に重要なのは、ワクワクする心を取り戻すことだ。
「会ったことがない人に会うのは、難易度が高いと思います。しかし、真剣に会いたいと言われると、多くの人はうれしい気持ちになるものです。雲の上の人だと思っていた相手からも何かしらの反応がもらえるかもしれません。実際、企業再建で有名な実業家にSNSでアプローチした人が『今度一緒にワークショップをやりましょう』と誘ってもらえたケースもあります。もちろん、返信すらもらえない可能性も高いですが、会ってもらうためのアプローチ方法を考え、相手のことを調べてメッセージの文面を練り、ワクワクしながら返信を待つこと自体がキャリアへの刺激になるのです」
なお、その出会いから広がるネットワークも大事にしたいところだ。セミナーや研修、イベントなどに誘われたら、まずは流れに身を任せて乗ってみよう。そうすることで、ワクワクする気持ちがより一層高まっていく。
【体質改善のワーク②】成長体質への改善
新しいことに取り組む姿勢は、自分の枠を広げ、選択肢を増やしてくれる。この姿勢を取り戻すのが、もう1つの体質改善だ。
「仕事で経験を積みスキルが身につくと、おのずと世界がそれ中心になり、知らぬうちに視野が狭まっているものです。そこで、『知らない分野のことに挑戦』してみましょう。未知の世界ではどんなベテランも初心者になるので、視野を広げることができます」
挑戦は音楽やスポーツといった趣味など、どんなことでもよい。仕事に関するものでも構わない。未知の領域を一から習得しようとすることで、学ぶ姿勢や挑戦する心を取り戻し、マインドセットを鍛えることで、再び成長できる体質へと改善が進む。
Step3目標をたくさんつくる
キャリアの目的を考え、体質改善で選択肢を広げたら、次は目標の設定だ。カギはちょっとやってみようと思える目標をたくさんつくること。
「目標をつくるうえで大事なのは、『できそうなことを設定しない』ことです。目標とは、いわば夢です。夢は人をワクワクさせます。だからこそ、夢みたいなことに向かって現実に行動するための目標をつくるのです。ワクワクは多い方がよいので、目標もできるだけたくさんつくれると理想的です」
目標をつくるためには、まずステップ1の「キャリアの目的」を確認する。そこに、これまでの人生で考えたことや感じたこと、心に残っているニュースや言葉などを振り返って掛け合わせる。すると、自分の好奇心を映し出すキーワードがたくさん抽出できる。
「これら複数のキーワードをそれぞれ組み合わせることで、自然と発想が広がり、自身の目標が見つかります。たとえば、『理不尽な労働からの解放』『仕組みづくり』という2つのキーワードが出てきたなら、それらを掛け合わせて『業務オペレーションのイノベーター』といった目標が見いだせるかもしれません。このように、キーワードをどんどん掛け合わせ、自身の思いを基にいろいろな可能性を洗い出してみましょう」
Step4キャリアを楽しく実験する
ステップ3で目標をつくったら、どんどん試してみよう。ここで大事なのは、目標への行動はあくまでも「実験」という捉え方で、「お試しで」「やってみる」という姿勢だ。
「実験というと、結果が出るまで取り組み続けねばならないと思うかもしれませんが、『最後まで頑張ってやり遂げない』のがポイントです。成功か、失敗かではなく、実験を通して新しい発見を得ることが大切なのです。1つの目標に固執せず、どんどんいろんなものを試すという発想が必要です」
これまでのキャリアデザインは、目標を明確に定め、達成に向けた手順を設定し、達成に向けたアクションをひたすら実践するという方法が主流だった。しかし先の見えない今の時代においては、プロセスのなかで得られる気づきや視点の変化、視野の広がりを吸収しながら、プロセスはもちろん、目的までもアップデートしていく発想が必要なのだ。そしてその中心には「ワクワク」と「好奇心」がある。
「好奇心を持ち自分のワクワクを素直に受け止め、やりたいことに取り組みながら、自身の変化も楽しむ。これが、目標が持てない時代のキャリアデザインの基本なのです」
Profile
片岡裕司氏
株式会社ジェイフィール 取締役/コンサルタント
多摩大学大学院客員教授
日本女子大学非常勤講師
アサヒビール、同社関連会社でのコンサルティング経験を経て、ジェイフィール立ち上げに参画。人事・人材開発領域を中心に、組織開発プロジェクトやマネジャー向けのトレーニング、キャリア開発力強化を軸とした組織風土改革などに取り組む。著書に『なんとかしたい!「ベテラン社員」がイキイキ動き出すマネジメント』、共著に『週イチ・30分の習慣でよみがえる職場』(いずれも日本経済新聞出版)など。