馬場惠氏
シドニー日本人国際学校 マーケティング担当
大学卒業後、2006年に三菱東京UFJ銀行(当時)に入行。都内の支店でエリアセールスを担当する。11年、夫婦でオーストラリア・シドニーに移住。13年、トムソン・ロイターのシドニー支社に入社し、ポストセールスを担当。21年より現職。22年4月に第2子を出産し、現在育休中。
南半球に位置し、1年を通して温暖な気候が続くオーストラリア。世界各国からの移住者が多く、日本人もおよそ10万人が移住している(外務省海外在留邦人数調査統計による)。2011年に「バックパックとサーフボードだけ持ってシドニーに降り立った」という馬場惠さん。2人の子どもを育てながら働くなかで感じるオーストラリアの働き方や暮らしについて聞いた。
――馬場さんは日本の金融機関で働いた後、2011年にシドニーに移住したのですね。どんな仕事を経験されてきましたか。
夫が学生時代にバックパッカーでオーストラリアを訪れ、「いつか住んでみたい」と言っており、結婚を機に思い切って2人で移住しました。公立の職業訓練機関「TAFE(テイフ)」で半年間語学などを学び、情報サービス会社であるトムソン・ロイターのシドニー支社に入社して、法人顧客をフォローし利用満足度を高めるポストセールス部門で約7年間働きました。
20年に所属チームがなくなったことで退職することになりましたが、ちょうど第1子を出産するタイミングだったので、しばらく仕事から離れ育児に専念することにしました。その後、縁あってシドニー日本人国際学校を人づてに紹介してもらい、マーケティング部門で生徒募集をメインに担当しています。
――日本とオーストラリアでは働き方に違いはありますか。
オーストラリアの人はスキルアップと効率を重視する傾向にあります。ジョブ型雇用のため、自身の専門性を磨くことに注力しています。
日本はどちらかというと会社へのエンゲージメントを感じながら働く人が多いと思いますが、オーストラリアは会社ではなく自身のスキルにコミットしていて、今より上のポジションを目指して3~4年ペースで転職する人が多いですね。ポジションが上がると給与もどんどん上がるので、30代でも年収1000万円を超えることが少なくありません。
これだけ流動性が激しいと雇用する側も困るだろうと思うのですが、どの企業も従業員一人ひとりのキャリアや志向を尊重し、退職を切り出されても引き留めることはありません。とはいえ、携帯電話料金やプライベートインシュアランス(個人保険)の一部を負担するなど、企業はさまざまなベネフィットを用意して、従業員に少しでも長く働いてもらえる環境を整備しています。
――なぜそこまで自身のスキルアップを重視しているのですか。
アーリーリタイアを考えている人が多いからだと思います。趣味を大切にする人が多いので、若いうちは仕事に専念してお金を貯め、将来は趣味を生かして第二の人生を送るという考え方が広まっています。
実際に、50歳くらいでリタイアしてワイナリーを経営したり、カフェをオープンしたりする人が多いのです。そういったロールモデルが身近にいるので、早くから将来のライフスタイルを考え、計画的に行動している人が多いという印象ですね。
かといって成果を上げるために長時間働くことはありません。プライベートを大切にするので、仕事は効率を最大限重視し、勤務時間内に集中して終わらせます。プライベートの時間は家族と一緒にゆっくり過ごしたり、自身のスキルアップのための勉強などに充てたりしています。
将来に備えた資産運用にも積極的です。30代くらいから投資目的で不動産を買う人が目立ちます。2032年の夏季オリンピック開催地がシドニー、メルボルンに次ぐオーストラリア第三の都市ブリスベンに決まりましたが、そのように将来性の高さが見込まれる地域では不動産価格が上昇していきます。不動産投資で得た資金を元手にさらに大きな物件を購入し、資産を増やしていく人も多いです。
――ビジネスで重視される考え方やコアとなる価値観を教えてください。
「意見を発しないのは、その場にいないのと同じ」という考え方があり、あらゆる場面で自分の意見を主張する人が多いですね。スキルアップを重視する姿勢も影響しているためか、自身の成果や功績をアピールする傾向も強いです。
私の場合、以前の職場ではチームで動くことが多かったため、チームワークをとても重視していました。上司は、メンバーそれぞれの主張を「相互理解の機会」と捉え、結束力が高まるように働きかけ、そのための時間を割いていました。チームワークというと、日本では周りの人とうまく付き合えることをイメージしたりしますが、オーストラリアで実感したのは、互いが意見を言い合うことで、互いをより深く知り、連携がスムーズになり、パフォーマンスの向上につながるということです。
――女性の就業率が高いオーストラリアでは、「女性の活躍」を実感するものですか。
夫婦共働きが当たり前の社会で、マネージャーなど役職に就いている女性も多いですね。マタニティリーブ(産休)、ペアレンタルリーブ(育休)など、出産・育児に関わる制度が整っているうえ、男性も育休を取得して親として協力し合うなど、子育てしやすい環境が整備されているというのもありますが、そのベースには「女性だから」「男性だから」という概念が薄く、「性別に関係なく皆平等」という考え方の浸透が挙げられると思います。
さらに、社会全体で「子どもは大人が守るもの」と認識されているのも女性の社会進出を下支えしていると感じます。オーストラリアの学校では、小学生までの子どもは親もしくは親と同等の関係者が送り迎えすると義務付けているので、子を持つ親は下校時には学校に向かわなければなりません。それが一般的なので、子どもを優先して業務を止めても、周りに気兼ねすることはありません。業務や行動を細かく管理されることはなく、自分で業務のコントロールをしながら仕事の成果を上げることができるのです。
――経済協力開発機構(OECD)が発表した「世界の平均賃金ランキング2020」で、オーストラリアの年間平均賃金は日本より200万円ほど高いという結果となっています。オーストラリアの賃金や物価についてお聞かせください。
給与水準は高いと思います。成果に対して正当な対価が支払われていると実感できるので、働くモチベーションになります。若いうちにできるだけスキルアップして高給を得ようとする人が多いのも、成果を給与に反映する評価システムが影響していると思います。
半面、物価が高いので支出も多いです。移住したての頃、スーパーマーケットで売っていた500mlのコーラが3オーストラリアドルで目を疑いましたが、さらに驚かされたのが家賃です。月給の半分は家賃の支払いになってしまうイメージです。
一般のファミリーが住むようなベッドルームが2部屋ある家で週に500~600オーストラリアドル、月に2000~2500オーストラリアドルは最低でもかかります。家賃は経済状況がすぐに反映されて変動するので慌ててしまいます。コロナ禍でやや下がっていた家賃が今年になって週に100オーストラリアドルずつ上がり悲鳴を上げました。こういった背景もあり、オーストラリアでは早くから家を買う人が多いですね。
保育料も驚くほど高いです。オーストラリア人や永住権保持者は国からの補助が受けられますが、1日あたり150~160オーストラリアドルかかります。
――オーストラリアでは国を挙げてウェルビーイングに取り組んでいるそうですね。馬場さんは移住して幸福度が上がりましたか。
上がったと思います。子育てしながらでも働きやすい環境がありますし、女性だから、外国人だからといった社会的不平等を感じることもありません。平等に関しての意識はLGBTQに対しても浸透していて、同性婚が正式に認められているほか、育児休暇はLGBTQカップルの養子縁組の場合にも認められています。普段の生活のなかで、性差で不具合を感じることはほぼありません。
さらに、何より人が優しいのです。ベビーバギーで駅に行けば、誰かが必ず乗降を助けてくれますし、重い荷物を持っていれば手伝ってくれます。道で人に会えば、顔見知りでなくとも「Hello」と自然にあいさつし合える雰囲気がとても気に入っています。
プライベートの時間が充実しているのも、幸せを感じますね。オーストラリアは自然豊か、そのなかでも私が住んでいるシドニーは海も山も近いのが特徴です。休みの日には近所の公園で子どもと遊んだり、あちこちにある無料のバーベキュー施設でパーティーをしたり、ビーチで海を眺めながらゆっくり過ごしたりしています。特別なことをしているわけではないのですが、満足感が高いです。豊かな自然が身近にあるからか、誰もが自分らしく、ありのままに生きられるのかもしれません。
馬場惠氏
シドニー日本人国際学校 マーケティング担当
大学卒業後、2006年に三菱東京UFJ銀行(当時)に入行。都内の支店でエリアセールスを担当する。11年、夫婦でオーストラリア・シドニーに移住。13年、トムソン・ロイターのシドニー支社に入社し、ポストセールスを担当。21年より現職。22年4月に第2子を出産し、現在育休中。