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2022.10.20
リスキリング成功のカギ 思考のクセを取り除く「アンラーン」とは

コロナ禍を経て経営環境が大きく変化し、事業構造やビジネスモデルなどを抜本的に見直す企業が増えている。その成否を大きく左右する要素の1つが「リスキリング(学び直し)」だ。
世界経済フォーラムの2020年年次総会では、第4次産業革命による新たなスキル習得のために、2030年までに、より良い教育、スキル、仕事を10億人に提供できるようにするというイニシアチブが発表された。Adecco Groupでも、2030年までに500万人の人々のリスキリングとアップスキリングに取り組んでいる。
リスキリング成功のカギについて、東京大学大学院経済学研究科教授の柳川範之氏に話を聞いた。

コロナ禍による状況変化は知識やスキルを更新する好機

ビジネス環境の変化に対応し、より付加価値の高い仕事にシフトしていくため、新たなスキルや能力を身につける「リスキリング(学び直し)」への注目度が高まっている。

その最大の理由は、デジタル化の急速な進展だ。もちろん以前から、新たなデジタルツールが職場に登場するたびに、私たちは新たなスキルを身につけることが求められてきた。しかし現在直面しているのは単なるデジタルツールの普及ではなく、産業構造やビジネスモデルの抜本的な変革である。

「同じ会社、同じ部署にいても、業務内容や仕事のやり方が大きく変わっていくことが予想されます。プログラミング技術やAIスキルを身につければ安心というわけではなく、まったく新しい事業領域に対する知識が求められるケースが出てきます。従来とは異なるスキルや能力を身につけることが重要になってくるわけです」

もう1つの理由は長寿命化だ。健康で働ける期間が長くなり、1つの仕事だけをやり続けて引退を迎えられる時代ではなくなっていく。誰もがキャリアチェンジを経験する時代となり、それに対応する意味でもリスキリングが必要になってくるのだ。

「リスキリングに対する社会的要請が強まっているのは事実です。ただ、そのことを決してネガティブに捉えず、ぜひ前向きに取り組んでほしいです」と柳川氏は話す。

コロナ禍を契機にテレワークが普及し、以前より時間の自由度は増しているといえる。また、オンラインによる学習のための環境やツールもそろってきている。社会人がすきま時間を使って学べるチャンスも広がってきた。

「これは見過ごせない大きな変化で、コロナを契機に学びやすい環境になってきたともいえます。私たちは、自分の知識やスキルを大胆に更新する大きなチャンスを獲得したのだと、この状況をポジティブに捉えましょう」

環境変化に適応するための「柔軟性」が大事な要素

リスキリングにあたっては、何のためにどんなことを学ぶのか、自分なりの目標を設定することは重要だ。また、限られた時間のなかで効率的に学べるよう、学習計画を立てることも求められる。しかし柳川氏は、目標設定や計画性と同じぐらい大事なのが、「柔軟性」であると強調する。ビジネスの環境変化が速いため、一度立てた目標や計画の見直しを余儀なくされることも少なくないからだ。

「勤務先が新事業に進出することを踏まえて、それに対応したスキルを身につけようとしても、ビジネス環境が変わって新事業計画自体が頓挫してしまうかもしれません。こうしたことは常に起こり得るので、それを気にしていたらリスキリングは始められません。
予定通り進まないことを前提に、目標や計画を柔軟に調整しながら学んでいくという姿勢が、リスキリングを成功させ、また長続きさせる秘訣です」

インプットの質を高める「アンラーン」の重要性とは

もう1つ、リスキリング成功のためのキーワードとして柳川氏が挙げるのが「アンラーン(Unlearn)」だ。一見「学び(=learn)」を否定する語のようにも見えるが、アンラーンとは「自分の思考のクセやパターンを取り除くことで、インプットをより充実させること」を意味するのだという(図1参照)。

図1思考のクセを取り除く「アンラーン」

アンラーンは、学びやこれまでの経験を否定するものではない。新しい変化に対応するために、固定化してしまっている思考のクセを取り除き、ニュートラルな状態に戻すことを指す。

「例えば、ラーメン好きの人は、新しいラーメン店ができたら気づくでしょうが、アパレルショップが開店しても気づかないかもしれません。逆にファッション好きの人であれば、ラーメン店の存在を認識していないかもしれない。これは興味のあるものしか見ていないという無意識のクセが原因です。同様のことは学びの場面でも起こります。仮にリスキリングのために何かを学習しても、思考のクセが原因で新しい情報をうまく取り込めず、頭のなかを素通りしてしまうのです。そこで、できる限り思考のクセを取り除き、インプットの質を高めようというのが、『アンラーン』の本旨です」

では、アンラーンを実践するにはどうしたらいいのだろうか。まず大切なのは、「自分は特定の思考パターンに陥っているかもしれない」という問題意識を持ち、日ごろから自問してみることだと柳川氏は言う(図2参照)。

図02アンラーンの必要度がわかる
チェックリスト

  • 会社名や肩書を名乗らずに自己紹介するのは苦手(不安)
  • 携帯電話のアドレス帳に入っている連絡先のうち、半分以上が仕事関係者
  • 「うちの会社では……」が口グセになっている
  • 1カ月のうち、仕事関係者以外と会った人数は3人以下
  • 何かをしない言い訳に「仕事が忙しくて」とつい言ってしまう
  • 「今日は仕事に行きたくないな」と思う日がある(明らかな体調不良を除く)
  • 「以前はこうだった」「こういうときはこうするものだよ」とすぐに前例を持ち出す

チェックの付いた項目の数は関係なく、1つでも思い当たるなら現在の環境への過剰な適応を疑い、アンラーンが必要な局面だと考えた方がよいという。

出典:柳川範之、為末大著『Unlearn(アンラーン)人生100年時代の新しい「学び」』P61の図を基に作成

「例えば、業界用語や会社用語を使わずに、一般的な用語で自社の事業や自分の仕事を説明してみてください。これが意外と難しいのです。社内文化や専門分野の思考に、自分が意外と凝り固まっていることに気づきます。それがアンラーンの出発点になります」

思考の幅を広げるために、意図的に視野を広げるような行動も有効だ。

「違う業務の部署の人や、違う業種の会社の人など、自分と価値観の異なる人と積極的に対話してみるとよいでしょう。これは、さまざまな視点で物事を見るという点で、いわゆるダイバーシティの考え方と同じです。リスキリングの質を高めるためのアンラーンに取り組むことは、ダイバーシティの面でもプラスの働きをもたらします」

過去の積み重ねは生かす捨て去ることではない

新型コロナのパンデミックは、DXや働き方改革をはじめ、さまざまな社会変革を加速させた。しかし、仮にパンデミックが終息したとしても、社会変革が止まるわけではない。リスキリングも、今後は誰もが当たり前に取り組むべきものとなっていくだろう。

「強調しておきたいのは、『リスキリング』とは、積み重ねてきた自分を否定するものではない、ということです。長いキャリアを持つ人ほど、過去の成功体験を捨てろと言われたら抵抗を感じるでしょう。積み重ねたキャリア資産を捨てるのではなく、それを未来にどう生かせるかを考える。ただし、過去の資産だけで次のキャリアに移行するのは難しい場合が多いので、リスキリングやアンラーンの発想が必要になってくるということなのです」

ただ、年を重ねるほど、新たなスキル習得に挑戦するのは難しいもの。何を原動力にすればいいのだろうか。

「リスキリングを考えるうえで最も大切なのは、『自分が未来に何を楽しみたいか』だと思います。どんな年齢であっても、生きるのは過去の世界ではなく、常に未来の世界です。未来に何をやりたいのか、どんな未来を楽しみたいのか。未来を前向きに考える力を原動力にすれば、積み重ねたキャリアをどう生かすべきかも見えてくるのではないでしょうか」

Profile

柳川範之氏 東京大学大学院経済学研究科・経済学部 教授

柳川範之氏
東京大学大学院経済学研究科・経済学部 教授

1993年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。慶應義塾大学専任講師、東京大学大学院助教授等を経て、2011年より現職。新しい資本主義実現会議有識者議員、内閣府経済財政諮問会議民間議員、東京大学不動産イノベーション研究センター長、一般社団法人スマートシティ・インスティテュート代表理事等。著書に『Unlearn(アンラーン)人生100年時代の新しい「学び」』(日経BP、共著)など。