徳岡晃一郎氏
ライフシフトCEO
多摩大学大学院教授
東京大学教養学部卒業。オックスフォード大学経営学修士。日産自動車人事部、欧州日産などを経て、フライシュマン・ヒラード・ジャパンに入社。
2006年から多摩大学大学院教授、14年から研究科長。17年に株式会社ライフシフトを設立し、ライフシフト大学を開校。『40代からのライフシフト 実践ハンドブック』(東洋経済新報社)ほか著書多数。
ライフシフト大学では主に40代、50代のミドルシニアのビジネスパーソン向けにリスキリングの機会を提供している。同大学の徳岡晃一郎理事長は、「目の前の仕事も大事だが、同時に未来に向けた成長戦略を考えなければ、人生100年時代を生き抜くことは難しい」と話す。
リスキリングへの向き合い方や実践のポイントについて聞く。
人生100年といわれる時代、これまで以上に長い年月働かなければならない。しかし、激しい変化に適応し、長く価値を発揮し続けるのは容易ではない。そのため、常に最新の技術や知識を取り入れ、学び続けるリスキリングが必要となる。
とはいえ、常にモチベーション高く学び続けられる人がいる一方で、「社会人になって、もう学ばなくてよくなった」、あるいは「仕事が忙しくて勉強なんてできない」と考える人もいる。徳岡氏は「そもそも学ぶことが好きな人と嫌いな人がいます」と説明する。
学ぶことが好きではない人たちがリスキリングに向き合うには、どうすればいいのか。徳岡氏が勧める最初の一歩は、毎日の生活のなかで時間配分を決めることだ。
「1日24時間という時間をどう割り振るか。人生はこのタイムマネジメントで決まると言っても過言ではありません。『未来はもう決まっているのだから、流れのままに生きよう』と考えるのか、『未来は自分の手で作り込むことができる』と考えるかによって、将来の姿は大きく変わります。まずは時間に対する意識を変えることからスタートしてほしいと思います」
タイムマネジメントする際に重要な観点の1つは、その時間が人生の「競争戦略」か「成長戦略」かを見極めることだ。競争戦略とは“今”を軸にした考え方で、「会社や組織のなかで昇進する」「競合企業に勝つ」「会社や顧客の要望に応える」ための時間がこれに当たる。一方の成長戦略は、“なりたい未来”をイメージして、バックキャストでこれから何を準備すればいいのかを考えることだ。「人生後半戦のライフシフトに向けた準備」「ポストコロナに向けた新たなキャリア形成」などの時間が、人生の成長戦略といえる(図1参照)。
人生の競争戦略
人生の成長戦略
出典:徳岡晃一郎氏の資料を基に作成
「忙しいビジネスパーソンは、競争戦略に多くの時間を費やしています。もちろん大事なことですが、同時に成長戦略にも時間を使っていかなければ、未来を切り拓いていくことはできません」
未来をイメージする方法としてお勧めなのが、10~20歳年上の先輩のなかで、「こんなふうに生きたい」「あの人のように働きたい」と思う人を見つけることだ。実在する人ならメディアに出ているような著名人でもよく、1人でなくてもよい。実際の人物を想像することで、具体的に将来の自分の姿をイメージしやすくなる。さらに、世界や日本が10年後にどうなっていくかを想像してみよう。
「不確実な世の中で、未来を予測するのは難しいと考えるかもしれません。しかしだからこそ、あらゆる方面にアンテナを張っておく必要があります。これから間違いなく日本で起こるのは少子高齢化とテクノロジーの進化です。ニュースを見たり新聞や雑誌の論説記事を読んだりして情報を収集し、自分なりに考えて知識化しておくことが大事になります。情報と知識は違います。ネットニュースの断片を拾ったり、見出しだけ見たりして知った気になるのではなく、世の中の動きについて1日のうち少しでも自分なりに考える時間を持つことをお勧めします」
例えば、テクノロジーが進化する世の中で価値を発揮するには、データサイエンスやプログラミングを学んでおくとよいかもしれない。あるいは、AI が進化した先には、心のマネジメントや非言語コミュニケーションが重要になるのではないかと仮説を立てることもできるだろう。
競争戦略と成長戦略に並び、タイムマネジメントの際に重要なのが、社会や会社のために働くか、自分のために働くかという視点だ。会社のために指示された通りに仕事をするだけでなく、自己実現や自分の能力アップのために何をすべきかを考えることが大事なのだ。
「自分のなかにスキルや経験が蓄積されなければ、時代の変化に適応していくことはできません。社会や会社に振り回されないよう、自分のために働き、学ぶ。そういった姿勢は今の時代を生き抜くための自己防衛策といえるでしょう」
2つの視点を理解したあとに行うのが、時間の枠を押さえること。自分自身で曜日や時間を決めて学ぶことが難しければ、ライフシフト大学のような学び直しの場に参加するのも手だ。
「毎週土曜日がつぶれるなぁなどとやらない理由を挙げていては、いつまで経っても始められません。『飛び込む』『追い込む』『のめり込む』のがポイントです。まずは強制的に学ばざるを得ない環境に飛び込んでみましょう。時間やお金を投資して自分を追い込んでいくうちに、学習にのめり込んでいきます。そうすると心境に変化が起きて、学習が楽しくなってくるのです。学ぶ楽しさを味わうことで、やる気が出てきます。勉強は楽しくなければ継続できません」
徳岡氏は、変化に適応しながら80歳まで現役で働くために必要な能力を「変身資産」と呼んでいる。5つの変身資産を紹介していこう(図2参照)。
マインド
変化に対して前向きでいる精神力
知恵
変化を読んで活用する実践知
仲間
変化から助け合って知を生み出す友
評判
変化のなかで埋没しない信頼とアピール力
健康
変化を乗り切る基礎体力
出典:徳岡晃一郎氏の資料を基に作成
変化に対して前向きでいる精神力。社会情勢が不安定で将来を予測しづらい世の中においては、シュリンクする思考ではなく、成長をイメージするグロースマインドセットが必要だ。何が起きてもへこたれないチャレンジ精神、未来への思いといった前向きな思考を育む必要がある。
変化を読んで、活用する実践知。スキルや経験、教養を身につけること。
「スキルというと専門知識と捉えがちですが、もっと広い意味で経験の幅、教養も大事になります」
変化から助け合って知を生み出す友。キャリアについて相談できる仲間、ビジネス上のネットワーク、趣味や地域のつながりなど、社会的な人脈も重要な資産だ。
「会社を退職したあと、特に男性は孤立してしまうことが問題になっています。仲間をつくっておくことで60歳以降の人生が豊かになります」
変化のなかで埋没しない信頼とアピール力。自分の存在をPRし発信できる力がなければ埋もれていってしまう。相手の立場になって考える共感力や自分だけの独自コンテンツも重要になる。
変化を乗り切る基礎体力。運動と食事、睡眠に気を使い、心身の健康を維持しよう。
これからの変身資産を育むために、ライフシフト大学では3つの内容を5カ月間で学ぶプログラムを組んでいる。1つは自分のキャリアをさまざまな切り口で考えるキャリアの基礎教育。2つ目がリスキリング。論理思考や意思決定など、これまで自己流で身につけてきたようなことをあらためて学び直すカリキュラムだ。3つ目が越境体験。大学が提携している中小企業とチームを組み、経営課題の解決策を考える。
5カ月間の学びを経て、卒業時に5つの変身資産のスコアを診断すると、多くの学生が入学時より高くなっているという。
「役職定年を控えた40代後半から50代の世代は、将来に不安を抱えている人が多いです。これからのキャリアをじっくり考え、学びを進めていくと、この先の生き方に自信が持てるんです。卒業時には多くの学生が『学び続ける楽しさを実感した』と話しています」(図3参照)
マルチステージを生きるための
変身資産を身につける
出典:徳岡晃一郎氏の資料を基に作成
個人として学ぶことが重要な一方で、企業は社員に対して、どのように学ぶ場を提供していけばいいのか。
「人財教育にどれだけ投資するか、まずはしっかり予算を組むべきでしょう。以前の日本は世界から見ても教育が豊かな会社が多かったのですが、最近はあまり投資ができていないようです。その結果イノベーションが起きなくて困っていますね。イノベーションを起こすには成長戦略の視点を持つための教育が必要です。今の日本企業は目の前の業績にとらわれて短期志向になっているように感じます。つまり競争戦略に偏っているんですね。
成長戦略の視点での教育には今後必要とされる「4S」と呼ばれるスキルがあります。『シナリオ思考』『スピード』『サイエンス』『セキュリティ』。これらを基軸に教育メニューを組むといいのではないかと思います」
学ぶことが嫌いな人もいるという徳岡氏はその理由を「詰め込み型の学校教育に起因するのでは」と見ている。
「学ぶためには学びたいという内発的動機づけが大切です。学べば学ぶほど、知らないことが出てくる。そうして新しいことを知るたびに楽しくなる。本来、学びとは楽しいものなのです。ぜひその一歩を踏み出していただきたいと思います」
徳岡晃一郎氏
ライフシフトCEO
多摩大学大学院教授
東京大学教養学部卒業。オックスフォード大学経営学修士。日産自動車人事部、欧州日産などを経て、フライシュマン・ヒラード・ジャパンに入社。
2006年から多摩大学大学院教授、14年から研究科長。17年に株式会社ライフシフトを設立し、ライフシフト大学を開校。『40代からのライフシフト 実践ハンドブック』(東洋経済新報社)ほか著書多数。