働き方 仕事の未来 人財 脳科学から見たリスキリング 学習効率を高めるのはデジタルよりもアナログの学び

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2022.11.15

ビジネスパーソンは日々、パソコンやスマートフォンを駆使しながら仕事をしている。
学びの場においても、今やデジタルツールの活用は当たり前。しかし、「脳トレ」の生みの親である脳科学者の川島隆太氏は「脳に負荷をかけることが学習効率のアップにつながる。楽な方法では脳を鍛えることはできない」と指摘する。リスキリングを脳科学の観点から見た場合、どのような学び方が効果的なのだろうか。川島氏に話を聞いた。

リスキリングとは学習と記憶のプロセス

「人生100年時代」では、学校を卒業して社会人になったあとも、学び続けることが私たちに求められる。その学び直しは「リスキリング」と呼ばれ、近年注目を集めている。言葉自体は新しく感じるが、「脳科学の視点で解説すると、リスキリングとは他の学びと同様、技術や知識を身につけるための『学習と記憶のプロセス』に他なりません」と川島氏は説明する。

そのプロセスにおいて、新たな分野を学習するうえで重要な役割を果たすのが、「流動性知能」と呼ばれるものだ。

「流動性知能とは、新たな場面への適応が求められる際に、どう対応すべきかを考える能力のことです。臨機応変に問題解決をする力であり、ひらめきのような創造力が必要とされます。一般的には“地頭の良さ”などと表現されたりもします」

流動性知能をつかさどるのは、脳のコンピュータとして知られる背外側前頭前野の領域だ。流動性知能は、ある程度はもともとの生まれ持った能力ではあるが、訓練によっても成長させることができるという。

「私は脳を鍛えるトレーニングの『脳トレ』を提唱していますが、そのなかでも作動記憶(ワーキングメモリー)と呼ばれる記憶力のトレーニングをすると、流動性知能が高まることが証明されています」

3年後どうなっていたいかゴール設定から始める

リスキリングは、その重要性は理解しても、実際に一歩を踏み出すことは簡単ではない。川島氏は、取り組む姿勢として「前向きに頑張ろうとする気持ちがとても重要」と指摘する。

「学びたいという前向きな気持ちがあると学習はうまくいき、学習がうまくいくとモチベーションはさらに上がっていきます。そうした正のスパイラル(循環)ができると、学習効率はどんどん上がっていきます」

卵と鶏のような話だが、その正のスパイラルをつくるためには何をすべきなのだろうか。
川島氏は、「最初の一歩として、しっかりゴールを決めること」だと強調する。

「自分はどうなりたいのか、ゴールをイメージすることで、一歩を踏み出そうという強い気持ちが生まれます。また、それが継続しようという意欲にもつながります。リスキリングを成功させるためのスタート地点では、このゴール設定が非常に大事になります。これは、心理学でも証明されています。新しいことをやろうとして失敗するのは、多くの場合、ゴール設定をしっかり行っていないからです」

しかし、社会人は目の前の仕事に追われがちで、リスキリングのゴールをしっかりイメージする時間を持てない人は多いだろう。ゴールを考えることを苦手としている人もいるかもしれない。しかしそんな環境にあっても、先の見えづらい混沌とした社会のなかで自分がどんな能力を身につければ価値を発揮できるのか、会社や組織、あるいは社会のなかで何ができるのかを考え、イメージしていく必要がある。

例えば、「海外で働きたい」と思ったら、何年後に、どの国で、何をして働くのか。そのためには何のスキルが必要か、そのスキルを自分は持っているのかなど、まずは目を背けずブレークダウンして考えてみる。そうすることで、自分が学ぶべき内容が見えてきて、ゴールも設定できるようになるだろう。

「忙しい毎日のなかで、あえて立ち止まって考える必要はありません。今を走りながら、将来のことを考えればよい。ただ、一度決めたゴールは絶対ではありません。先が見えづらい世の中では、固執することなく、状況に合わせてゴールの位置は自分で動かしてよいのだという柔軟さも持っていてほしいと思います」

習慣化でリズムをつくるデジタルへの依存は逆効果

学習開始後も、ゴール設定がモチベーションとなり、取り組みは継続しやすくなる。そのほか、学習を継続するために効果的な方法を、川島氏に紹介してもらった(図1参照)。

図1 学習効果を高めるための方法

①学習を習慣化する 学習する曜日や時間を決めてリズムをつくる
②デジタルツールに頼らない 負荷がかからず脳が不活性化、“スイッチング”により集中力が低下
③「紙の本を読む」 流動性知能のもととなるワーキングメモリーが強化
④音読をする 声に出して読むことで、脳の広い領域が活性化
⑤睡眠の質と量を確保する 学んだ内容を脳の中で整理整頓し、記憶として書きとどめる
⑥対面コミュニケーションを推奨 顔を付き合わせて話すことで、脳に強い刺激を与える

1学習を習慣化する

学習する曜日や時間を決めてリズムをつくり、体に覚え込ませることで習慣化する。これにより、学習が継続しやすくなる。

「最初は30分など、短い時間でも構いません。毎日やるのだと自分でルールを決めて習慣化できれば、やらないと逆に気持ち悪さを覚えるようになります。脳科学でも、ルーティンワークは『快の情動』、つまり心地よいと感じる情動につながることがわかっています」

一般的には、朝の時間が最も集中しやすいといわれているが、毎日同じ時間帯であれば、午前にこだわる必要はない。最初から無理な計画を立ててしまうと、負荷を感じて嫌になり、投げ出してしまう可能性が高くなる。まずは無理なく続けられる範囲で日時を決め、始めてみるとよいだろう。

2デジタルツールに頼らない

DXが進む今、学習の方法としても学習アプリやeラーニングなど、デジタルコンテンツが増えている。以前に比べると学びやすい環境が整っているといえそうだが、川島氏は、デジタルでの学びに警鐘を鳴らす。脳は、「働いている状態でなければ、記憶に残らない」ということがわかっているからだ(図2参照)。

「デジタルツールは便利だからこそ、人間の脳にはあまり負荷がかかりません。しかし学習効果を固めるには、適度に脳に負荷がかかり、活性化している必要があります。そのためデジタルツールは、実は学習効果を上げるには逆効果、不向きなものといえるのです。

図2 デジタルツールと学習効果

学習効果

適度な負荷により
脳が活性化する
ことで高まる

デジタルツール

人間にとって
便利なため、
脳への負荷が
かからない

矢印

学習効果を高める点では、デジタルツールは不向き

学習に便利なデジタルツールだが、脳があまり活性化しないため、学習効果を高めるうえでは逆効果だという。

現に、パソコンを使うようになってから、人々の集中力が極端に短くなってしまったことは、すでに多くの心理学者が指摘しています」

パソコンやスマートフォンで作業していると、SNSやメール、チャットなど、さまざまな通知が届く。そのことで意識がそちらへ行ってしまい、集中力が途切れてしまうというのがその理由だ。

「さまざまな妨害によって集中力が途切れる現象を“スイッチング”と呼びます。その結果、集中力が低下してしまうのです。デジタルは確かに便利かもしれません。しかし、デジタルツールの活用で学習効果が下がったことを示すデータはありますが、高まったことを示すデータはありません」

デジタルツールでの学習を行う場合は、SNSなどの通知をオフにして、集中力が途切れないようにすることが肝要だ。ちなみに、タブレットを使って学習する高校生にも、脳の働きに対する影響が顕著に表れているという。

「ある研究では、スマホやタブレットを長時間使う高校生は、脳の発達が止まっていることが明らかになりました。一方で、スマホを使う時間を自分で制限し、使わない時間は遠い場所に置いたり電源を切ったりするなど、デジタルツールを長時間使わない生活をしている高校生たちの脳は、しっかり発達していました」

脳の活性化に効く「紙の本」学習のあとはしっかり睡眠を

3「紙の本」を読む

デジタルツールは脳の学習効果を下げてしまうものだとしたら、脳の学習効果を高めるものはなんだろうか。川島氏は「紙の本」を挙げる。紙の本を読むことで、流動性知能のもととなるワーキングメモリーが鍛えられることが証明されているのだという。寝る前や余暇などの読書の習慣が、学習能力を高めてくれるのだ。電子書籍を好む人も増えているが、学習効果という観点では紙の本には及ばない。

「知識を得るための学習を紙で行った場合とデジタルで行った場合では、紙の方が内容の理解力、応用力が上回ることがわかっています。電子書籍でも最近はマーキングや付箋を付ける機能がありますが、人間は大量の情報を一気には覚えられません。読み進めながら、時には確認のために前に戻って読み直したりするでしょう。こうした行為は、紙の方がしやすい。そして、そのような行動を繰り返すことで脳も活性化し、内容の理解が高まるのです」

読む本のジャンルは問わない。ビジネス書でも小説でも、自分の興味のあるジャンルを選ぼう。

「ただし、絵や写真、図表などが多く入っているような本は避けた方がよいでしょう。こうした本は、前頭葉が働かなくなることがわかっています」

4音読をする

活字を読み続けることが難しいと感じる人は、“スマホ脳”になっている可能性が高いと、川島氏は指摘する。短い文字のやりとりや、ニュースを見出しだけ読むことに慣れてしまい、長い活字を読み続けるための脳の体力がなくなっているというのがその理由だ。デジタルツールによって集中力が低下し、ワーキングメモリーも小さくなっているため、脳が苦痛を感じてシャットダウンしてしまうのだ。

「そんな脳を鍛える方法としては、『音読』がお勧めです。声に出して読むことで、脳の広い領域が一気に働きます。学習効率も2~3割ほど高まることがわかっています」

5睡眠の質と量を確保する

脳は疲労に弱いのだという。そのため学習効果を高めるには、学習後にしっかり睡眠を取ることが必要だ。

「睡眠には、その日学んだ内容を脳のなかで整理整頓し、記憶として書きとどめる働きがあります。学習のあとにしっかり睡眠を取らないと、学んだ情報は脳に残りません。睡眠と学習はセットで行うことが望ましいのです。『寝る時間を惜しんで学ぶ』というのは、実は一番非効率的な行為だといえます。努力して勉強しても、記憶に残らないのですから」

6対面コミュニケーションを推奨

ビジネスの場で意識したいのは、対面でのコミュニケーションだ。

「顔を突き合わせて話すことで、脳に強い刺激が入り、新しい発想が出やすくなるといわれています。隣の席にいる人に対して、メールやチャットで話を済ませているとしたら、それは脳を退化させる行為そのものです」

リスキリングとは、社会で必要とされる人財になることでもある。そのためには、脳に適度な負荷のかかる「アナログ」な方法をあえて選び、脳を活性化することが能力を伸ばすコツなのだ(図3参照)。

「その意味では、楽な方へ楽な方へと流れるのは、リスキリングの目的とは真逆の結果になってしまいます」

図3 学習効果を高める「アナログ」な方法

図3 学習効果を高める「アナログ」な方法
矢印

五感を使い脳に適度な負荷のかかる「アナログ」な方法

便利な方法では脳が活性化しない。多少面倒でも、五感を使った「アナログ」な方法が脳を活性化し、学習効果を高める。

能力より高い目標を設定し達成への努力を続けよう

今回紹介したようなトレーニングを続けていけば、「年齢を重ねても脳は成長できる」と川島氏は指摘する。

「背外側前頭前野の能力は、20歳をピークにして、加齢とともに低下していきます。そのため、年を重ねるごとに、新しいことを学ぶことが難しくなるのは事実です。しかし、自分が越えられるハードルよりも高い目標を設定し、脳に負荷をかけ続けることで、加齢による能力の低下を抑え込むことができます。加齢によって体の筋力が落ちていくのを防ぐために、ジムに行ったりウォーキングをしたりなどの運動をしますよね。脳も同じです。加齢による能力低下を防ぐためには、脳のトレーニングが有効なのです」

リスキリングは、年齢を重ねた人にも求められるだろう。しかし年齢を重ねると、衰えも自覚している分、モチベーションも下がりがちだ。そこで、脳のトレーニングを行うことで自信を取り戻しつつ、学ぶ準備を整えることが大事だという。

「学びたいと思ったその気持ちを第一歩にして、まずは脳のトレーニングも含め、心身のメンテナンスをしっかり行いましょう。そして目標に向かって努力を続けていってほしいと思います」

Profile

川島隆太氏
東北大学加齢医学研究所 所長
東北大学スマート・エイジング
学際重点研究センター センター長

1985年東北大学医学部卒業、89年東北大学大学院医学研究科修了。スウェーデン王国カロリンスカ研究所客員研究員、東北大学加齢医学研究所助手、同講師、東北大学未来科学技術共同研究センター教授を経て2006年より東北大学加齢医学研究所教授。14年より東北大学加齢医学研究所所長。17年より東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター長兼務。著書は『スマホが学力を破壊する』(集英社新書)、『さらば脳ブーム』(新潮新書)など、300冊以上。

川島隆太氏 東北大学加齢医学研究所 所長 東北大学スマート・エイジング 学際重点研究センター センター長