働き方 インタビュー・対談 人財 人生100年時代の生き方・働き方――ビジョンがあるからこそ、一日一日を大切に生きることができる

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2023.03.14
人生100年時代の生き方・働き方――ビジョンがあるからこそ、一日一日を大切に生きることができる

浦和レッズひと筋で16年間プレーし、日本代表メンバーにも選ばれた元プロサッカー選手の鈴木啓太さん。現在は、腸内細菌の研究を通じたビジネスを展開するスタートアップ「AuB」の社長として活躍しています。アスリートから経営者への転身は「キャリアチェンジ」ではなく、選手時代から変わらぬ一本の道を歩いているのだと鈴木さんは言います。鈴木さんが10代の頃から描いてきたビジョンと、Adecco Group Japan Country President の川崎健一郎が掲げるビジョン。その響き合いのなかから、生きること、働くことの本質が見えてきます。

自分を支えてくれた人たちにずっと元気でいてほしい。そのためには健康が不可欠

川崎

鈴木さんが創業されたAuBという会社はどのような事業に取り組まれているのですか。

鈴木

体調管理のプロフェッショナルであるアスリートの腸内細菌を研究して、そこから得られた知見をもとに、一般の方々の健康維持や健康増進に貢献する。そんな事業を行っています。フードテックとヘルスケアが事業の2つの軸で、前者では腸の活動を支えるサプリメントの開発や販売を、後者では健康増進のためのサービス提供やデバイス開発などを手がけています。

川崎

なぜ、このような事業を始めようと思われたのでしょうか。

鈴木

僕はプロのサッカー選手として16年間プレーさせていただいたのですが、サッカー選手としての自分の価値は何かと考えたときに、日本代表に選ばれたことや、タイトルを取ったこと以上に、数多くのサポーターの皆さんに支えていただけたことがとても大きいと思いました。試合中にスタジアムを見渡すと、とてもたくさんの方々が元気に応援してくださっているわけです。それはアスリートである僕にとっての大きな財産でした。そのサポーターの皆さんにこれからもずっと元気でいてほしい。そう思いました。

元気でいるためには、まずは健康でなければなりません。では、健康にとって一番大切なことは何か。僕は子どもの頃から母親に「腸がとても大事」と言われてきたこともあって、健康の土台である腸内細菌の研究を通じて多くの方々の健康に寄与したいと考えました。それが会社設立のきっかけです。よく、アスリートからのキャリアチェンジと言われるのですが、僕のなかではサッカーと腸内細菌の研究やそれを生かしたビジネスは、すべてひと続きなんですよね。

川崎

なるほど。会社を設立されたのは2015年とのことです。現役を引退されたのも同じ年ですよね。引退してすぐに起業されたのですか。

鈴木

正確には、引退するちょっと前に起業しています。僕は「キャリア=人生」と考えていて、比較的早い時期から引退後のことをイメージしていました。10代の頃から「30代までサッカーを続けられるとして、それから先、60歳のときにかっこいいおじいちゃんでいるためにはどうすればいいか」と考えていたんです。だから、引退後に何をすればいいかわからないといったことは一切ありませんでしたね。

自分がこの仕事に導かれた本当の理由とは

川崎

私も人生の目標を決めたのは10代の頃でした。私の場合は、中学、高校とバスケットボールに熱心に打ち込んでいて、高校3年生で部活から引退したときに、これからどう生きていけばいいかを真剣に考えました。自分にとっての一番の幸せとは何かと考えて出た答えが、「時間を自分の意志でコントロールできること」でした。では、それが実現できる職業とは何か。会社の社長だろう、と。そこで、社長になることがそれからの目標になりました。鈴木さんは60歳をイメージされていたとのことですが、私は45歳をゴールにしようとそのときに決めました。

鈴木

自分の人生にとって何が重要かを考えると、つまるところ「死生観」に行きつくと思うんです。自分はどう生きて、どう死んでいくか。そのイメージがまずあって、そのために何をやるかを考えるということです。仕事は決して目的ではなく、そのイメージに近づくための手段だと僕は考えています。

川崎

まったく同感ですね。
大切なのは、自分が「どういう人生を生きたいか」です。仕事はそれを叶えるための手段でしかありません。ですからAdecco Groupも、「仕事のキャリアビジョンの前にライフビジョンを考えましょう」ということを一貫して提唱しています。

鈴木

とはいえ、人間は弱いので、迷うこともたくさんありますよね。スポーツはわかりやすいんです。その都度、結果がはっきり出るので。でも、仕事や人生は本当に終わりの見えないマラソンのようなものです。とくに、僕の会社は研究開発型のスタートアップなので、答えを自分たちで見つけていかなければなりません。方向性を見失いそうになったときがこれまで何度かありました。

川崎

死生観がはっきりしていても、ぶれることや方向修正が必要なことは常にあると思います。私にもありました。20代までは「自分の自由を手に入れるため」という利己的な動機で社長を目指してきたのですが、どうやらそれでは周囲の支持を得られないということに29歳の頃に気づきました。ずいぶん悩んだ末に、もっと利他的な方向に自分の思考を大きくシフトチェンジしました。「自分が得意なことは、人をやる気にさせること、いわば『人の心に火をつける』ことである。それは人財サービスという仕事を通じて実現できる。ならば、これからの人生はそれに取り組んでいこう」、そう考えました。社長になるという目標自体は変わりませんでしたが、その動機が「人や社会のため」という方向にほとんど180度変わったわけです。

鈴木

実は僕も、つい最近そういう気づきの機会がありました。僕は創業以来7年間、理念や夢について語ってきたのですが、本当のところは自分の使命を自覚していたわけではありませんでした。自分がこの仕事に導かれた本当の理由は何か。それが選手時代の挫折にあると気づいたのが、この2022年の年末でした。

高校時代からの僕の一番の目標は、ワールドカップに出ることでした。2000年にプロのサッカー選手になって、2010年に南アフリカでワールドカップが開催されることが決まってからは、いつもそこを目指してきました。2006年に代表メンバーに選ばれて、2010年大会を目指すチームの一員になれました。まさに夢に一歩近づけたわけです。

でも、その後コンディションが悪化して、結局大会本番では代表チームに入ることができませんでした。今思えば、出場できる可能性はあったと思います。でも、体調が悪くなってからは、「ワールドカップに行く」ということを一切言わなくなって、その可能性を自分で閉ざしてしまったんです。自分の夢から自分で降りてしまったわけです。

その記憶に僕はずっと蓋をしていました。思い出すのがつらかったからだと思います。でも、そのことを思い出して、僕は気づいたんです。僕が今この仕事をしているのは、あの頃の自分のような人をなくしたいからだと。本当にやりたいことがあるのに、叶えたい夢があるのに、コンディションのせいでそれをあきらめてしまう。そんな人をなくしたいからなんだと。そう思えたときに、自分のなかの迷いがまったくなくなりました。自分の使命のようなものがようやくわかった。そう感じました。

ビジョンをアップデートしながら、日々ベストを尽くす

川崎

素晴らしいお話ですね。私もつい最近、2回目のビジョンの修正をしたところです。「人の心に火をつける」という大きなビジョンはもちろん変わっていません。しかし、その場合の「人」とは誰か。これまでは「日本で働いている人たち」というのが私の定義でした。しかし、Adecco Groupはグローバルカンパニーであり、私自身も日本以外のアジア太平洋地域の国々に目を配らなければならない立場にあります。そう考えたら、「人」を「日本で働いている人たち」という狭い視野で捉えるのではなく、もっと大きな視野で捉える必要がある。そう考えるようになりました。

視野を日本の外に向けるようになって大きく変わったのが、コミュニケーションの手段としての言語への向き合い方です。これまでももちろん、グローバルの経営メンバーとは英語でコミュニケーションをとってきたのですが、日本以外の国のメンバーとより深く伝え合うコミュニケーションの機会が増えることで、価値観も文化も異なるさまざまな国の人たちから、これまで以上にいろいろな気づきも得られるようになります。思えば、私も当初のゴールであった45歳を過ぎました。まさにビジョンをアップデートするタイミングだったのでしょうね。人生100年時代といわれるようになっていますから、今後も折に触れて自分のビジョンを見直して、アップデートする必要があると思っています。

鈴木

ビジョンをアップデートしながら、日々ベストを尽くして生きていく。結局そういうことなのかなという気がしています。たとえば、いつか山登りにチャレンジしてみたいと考えるとします。それを目指していくのだけれど、そこに至る過程の一日一日を悔いなく生きることも同時に必要なのだと僕は思います。

この前、ちょっと計算してみたんです。僕の両親はともに今70歳で、もしかするとあと10年くらいで病などで倒れてしまうかもしれません。僕が両親に会うのは1年のうち6日くらいですから、元気な両親と過ごせる時間はあと300時間くらいしかないかもしれない。もしかすると、それよりもっと短いかもしれない。それを意識するのとしないのとでは、親に会ったときの時間の大切さがまったく違うと思うんです。

これはいろいろなことに言えることですよね。毎日毎日が自分にとってかけがえのない時間です。そこで悔いを残さないために何をすればいいのか。そう考えるようになってから、夜遅くまでの会食を控えるようになったし、お酒をやめて、毎朝5時に起きて勉強するようになりました。

「内発的動機」が生き方や働き方を大きく左右する

川崎

日々をどれだけ一生懸命悔いなく生きるか──。まさにおっしゃるとおりだと思います。
「その日その日を大切に生きる」ことと、「長期的なビジョンを持つ」ことは矛盾するのではないかと思われる人もいるかもしれませんが、そうではありません。鈴木さんの山登りのたとえを使わせていただくなら、山に登りたいという展望があるから、それを楽しみにし、そこに向かって努力する毎日が充実するわけですよね。大きな目標があるからこそ、そこを目指す毎日の生活が幸せになる。毎日を悔いのないように生きようと思える。だから、人生のビジョンや死生観を持つことと、一日一日を楽しくしっかり生きていくことはまったく矛盾することではない。そういうことなのだと私は思います。

鈴木

ありがとうございます。僕が言いたいことを全部言っていただけた感じです(笑)。長期的なビジョンも、そこに向かって日々ベストを尽くしたいという思いも、すべて自分の内面から出てくるものですよね。つまり、内発的動機ということです。動機が内発的なものには必然性があるし、それにしたがって生きることはとても楽しいことだと思います。いかに内発的動機を持てるか。それが生き方や働き方を大きく左右するような気がします。

川崎

最後に、鈴木さんのこれからの目標をお聞かせいただけますか。

鈴木

会社としては、「すべての人を、ベストコンディションに。」というのが大きな目標です。とはいえ、僕たちの会社はAdecco Groupのようなグローバル企業ではないので、すぐに世界中すべての人に価値を届けられるわけではありません。まずは、日本の経済を回しているビジネスパーソンの皆さん、とりわけマネジメント層の方々のコンディションを整える支援をしたいと考えています。マネジメントに携わる皆さんが元気にならないと、会社が元気にならないと思うからです。

僕自身は、今の会社を成長させながら、いつかサッカーのクラブチームを経営したいという思いがあります。スポーツチームを地域コミュニティのコアにして、地域に生きる皆さんが個性を伸ばしたり、活躍したりできる環境をつくりたい。それが長期的な夢です。

川崎

私がチャレンジしたいと思っているのは、働き方の新しいモデルをつくることです。日本は働く人たちの流動性が低いために、労働市場が活性化せず、イノベーションも起こりにくいといわれています。一方、欧米は労働市場の流動性が非常に高いのですが、それはそれで課題があると考えます。短期間で転職する人が多いと、ノウハウやナレッジの蓄積が進まないからです。おそらく、ベストなモデルはその間にあるのですが、まだそれはどこの国でも実現していません。そのベストモデルをつくって、より多くの人たちの心に火をつけたい。それがこれからの私の目標です。

鈴木

今日は本当に意義深い話ができました。ありがとうございました。

川崎

働くことや生きることの本質を共有させていただけたと感じます。こちらこそ、ありがとうございました。これからも、それぞれの立場で世の中を元気にする活動を続けていきましょう。

Profile

鈴木啓太氏
AuB株式会社 代表取締役

1981年生まれ、静岡県出身。高校を卒業後、2000年にJリーグの浦和レッドダイヤモンズ(浦和レッズ)に加入。2006年のJリーグ優勝、07年のAFCチャンピオンズリーグ制覇などのタイトル獲得に貢献。日本代表には2006年に初選出。国際Aマッチ通算28試合に出場。2015年シーズンの現役引退まで浦和レッズひと筋を貫いた。2015年、アスリートの腸内細菌を研究するスタートアップ企業AuB(オーブ)株式会社を設立。
https://aub.co.jp/company/

鈴木啓太氏

川崎健一郎
Adecco Group Japan Country President

1976年生まれ、東京都出身。99年青山学院大学理工学部を卒業後、株式会社ベンチャーセーフネット(2022年に株式会社VSNからModis株式会社に社名変更)入社。2003年事業部長としてIT事業部を立ち上げる。常務取締役、専務取締役を経て、10年に代表取締役社長兼CEOに就任。12年、(株)VSNのAdecco Group入りに伴い、アデコ株式会社の取締役に就任。14年から現職。現在は、アデコ(株)およびModis(株)の代表取締役社長、Modis North APACのシニアバイスプレジデントを兼務。2020年6月より、派遣事業者による団体である一般社団法人 日本人材派遣協会の副会長を務め、2022年6月に同協会の会長に就任。

川崎健一郎