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2023.04.25
キャリア形成もリスキリングも可能にする「独学力」と「自律」による学びとは

ビジネス環境の変化が激しい今、将来のキャリアビジョンが描きにくくなっている。
そうしたなか、注目をあびているのが「リスキリング」だ。企業のビジネスモデルの転換に合わせて、新しく必要なスキルを習得する動きが加速している。だがリスキリングの前に、そもそも自分はどうキャリアを歩めばよいのか、迷う人は多い。
個人のキャリア開発や組織における人の育成の研究を行う慶應義塾大学SFC 研究所 上席所員の高橋俊介氏に、先が見通せない時代におけるキャリアのつくり方と、そのための学び方について聞いた。

キャリアを取り巻くニーズは20年前から変わっていない

コロナ禍の影響もあり、日本人の働き方は大きく変わった。それと並行し、「個人主体のキャリア」「リスキリング」「人的資本」といった言葉が注目をあびている。どれも最先端の考え方や経営手法のように見えるが、そうではないと高橋俊介氏は指摘する。

「今でこそトレンドワードのように語られていますが、本質的には20年以上前からいわれ続けてきたことです。企業は大きく変化せずにここまで来ましたが、いよいよ必要に迫られてきたということです」

高橋氏自身も数十年にわたり、個人主体のキャリア形成やそのための学び直しの重要性を説いてきた専門家の一人だ。高橋氏はこれからのキャリア形成において、もっとも重要なことは「自律」だと強調する。

「日本では企業がキャリアパスや各種プログラムを用意し、社員はそれに沿って進むのが一般的でした。しかし今後は、一人ひとりが自らの価値観や意志によってキャリアを主体的につくっていくことが必須です。私はそれを『キャリア自律』と呼んでいます」

「スペシャリスト」ではなく求められるのは「プロフェッショナル」

なぜキャリアの「自律」が大事なのか。そこには3 つの背景があると、高橋氏は説明する。

1つ目は、世の中の「変化の激しさ」だ。

「企業が5年後はおろか、1年後のことでさえ見通しにくい時代です。5年後、10年後といった長期的なキャリアビジョンや目標をつくる意味が薄れています」

企業も個人も、キャリアを計画的に考えられない時代になったのだ。

2つ目は、働く人たちが物質的な豊かさより「精神的な豊かさ」を求めるようになったことである。

「かつては物の豊かさが幸せに直結し、収入や地位が働く動機として重視されました。キャリアのゴールが明確なため、会社も社員のキャリア形成を主導できたわけです。しかし現代では収入や地位へのこだわりよりも、働きがいが重視されるようになりました。
働くうえでの精神的な豊かさ、すなわち内的動機がキャリア構築の判断基準になってきたのです」

実際、会社が用意したキャリアの階段を上らない人も増えているという。しかし、何に興味を持ち、何に働きがいを感じるのかといった内的動機は、本人にしかわからない。企業側が社員から聞き出して一括管理するといった類いのものでもない。

「だからキャリアは、本人が自分で決めるしかないのです」(高橋氏)。

3つ目の背景は、「専門性」が求められる時代になったこと。複雑化するビジネス環境のなかで、企業が競争に打ち勝つためにはさまざまな分野で高い専門性を持つ人が必要になっているのだ。専門性というと「スペシャリスト」を思い浮かべる人も多いと思うが、そうではない。

「特定の分野だけに秀でたスペシャリストでは、変化に対応できません。これから求められるのは、高い専門性を持った『プロフェッショナル』です。プロフェッショナルとは、1つの仕事に従事して経験を深めた人ではありません。仕事とは別に自ら勉強し、理論を体系的に理解したうえでさまざまな分野の体験を結びつけ、広い視野による真の専門性を備えた人のことです」

図1「キャリア自律」が求められる3つの背景

1 世の中の「変化の激しさ」
長期的なキャリアビジョンや目標をつくる意味が薄れている
2 「精神的な豊かさ」への希求
働きがいなど、本人にしかわからない内的動機が重視されるように
3 「専門性」に対するニーズ
複雑な環境下で競争に打ち勝つために「プロフェッショナル」が求められている
キャリア自律 キャリア自律

変化の激しい世の中にあって、キャリアのあり方も「自律」という形でいよいよ変化を求められている。

リスキリングで効果を発揮する「独学力」で学びを変える

では、真の専門性を備えたプロフェッショナルになるために、何をどのように学べばいいのだろうか。今、盛んに叫ばれている「リスキリング」でそれが叶うのだろうか。

「現状、リスキリングという言葉は、企業がビジネスモデルを変えるのに合わせて社員にも新しいスキルを身につけてもらう、という意味合いで使用されることが多いです。しかし、環境変化が激しい時代においては、会社主導のリスキリングだけでは決して十分とはいえません」

そこで必要なのが「独学力」だと高橋氏は強調する。独学力とは、なぜ学び(Why)、何を学び(What)、どのように学ぶのか(How)について、自ら考えて実践する自律的な学びのことだという。

「独学による学びには3つの層があります。まず1つ目は、日々の仕事に問題意識を持ち、課題を見つけることです。自分の仕事をより良くしようとするなかで、今のやり方に限界を感じ、どう変わるべきかに気づくのです」

2つ目は、仕事に直結するかしないかにかかわらず、自分の関心のある分野について5年、10年にわたり先端的、体系的、理論的な勉強をすること。そして3つ目は「リベラルアーツ」、すなわち幅広い学問領域を横断的に学ぶことだという。

「リベラルアーツを学んでいくなかで、ふとした瞬間、ある分野とある分野の結びつきが見えてくることがあります。こうしたプロセスが学びを普遍性の高いものに変え、物事の本質を理解するための思考力となります。得た知識を『そういうものだ』として終わらせず、多角的な視点からより深く物事を掘り下げて考えられるようになるのです。これこそが、プロフェッショナルに求められるスキルです」

図2リスキリングでも重要な「独学力」による学びの3層

キャリア自律を目指すうえで、「独学力」を磨くことは重要だ。特に日々の仕事を見つめ直すことは、その第一歩だといえる。

今の仕事と自分を見つめ直すキャリア自律への具体的な方法

独学力によるキャリア自律は、どのように進めたらよいのだろうか。高橋氏は、「先の読めない時代にあっては、これまでのキャリアとこれからのキャリアは別物だと、しっかり認めることが重要です」と指摘しつつ、具体的な取り組みとして、2つのことを勧める。

1つ目は、まず日々の仕事を見つめ直して自分なりの課題や勉強の必要性がある分野、新たに身につけるべきスキルを見つけ、それをフックに学び始めることだ。これは、前述の独学による学びの3層の1つ目と同じ内容だといえる。そしてもう1つは、自己分析をしたり過去の自分を振り返ってみることで、自らの内的動機を探ることだ。

「分析手法の本を読んで自分の価値観や内的動機を探ると同時に、フレームワークを用いて過去の自分を振り返って分析してみてください。過去の自分がどんなときにやりがいや喜びを感じたのかを知ることで、自分にふさわしいキャリアというものが少しずつはっきりしてきます」

一方企業は、各個人が学びのWhy、What、Howに気づく機会を提供することが役割になるという。例えば、所属する会社や部署の外に身を投じて学ぶ「越境学習」などもその1つだ。高橋氏によれば、自律的に学びを行える社員はどの組織でも始めは2割程度だが、企業が増やす努力を続けることで7、8割まで増えるものだという。

「主体的に学ぶ人が8割になった組織は、激しい変化にもレジリエンスを発揮する強い組織になります。社員のキャリア自律は、社員それぞれの人生を幸せに導くと同時に、企業にもメリットをもたらすのです」

Profile

高橋俊介氏
慶應義塾大学SFC研究所 上席所員

東京大学工学部航空工学科を卒業後、日本国有鉄道に入社。1984年米国プリンストン大学院工学部修士課程修了、マッキンゼー・アンド・カンパニー東京事務所に入社。2000年5月慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授に就任。個人事務所の活動とSFC研究所キャリア・リソース・ラボラトリーを拠点に個人主導のキャリア開発や組織の人材育成の研究に従事。2022年4月から現職。著書に『キャリアをつくる独学力』(東洋経済新報社)など。

高橋俊介氏