働き方 仕事の未来 人財 「幸せ」と「生産性」を両立させる柔軟な働き方とは

  • このページをFacebookでシェアする
  • このページをTwitterでシェアする
  • このページをLinkedInでシェアする
2023.05.18

コロナ禍を契機に、時間や場所に縛られない働き方であるフレキシブルワークが日本でも浸透しつつある。今後、人財不足の深刻化が懸念される労働市場において、人財を維持し、さらなる人財を獲得するために企業として重要なのは、社員のワークライフバランスやウェルビーイングに幅広く貢献するような柔軟な働き方を提供していくことだ。
『「家族の幸せ」の経済学』の著者であり、「幸せ」と「生産性」を両立させるワークスタイルのあり方について研究している東京大学大学院経済学研究科教授の山口慎太郎氏に、日本が今後目指すべきフレキシブルワークの方向性について聞いた。

魅力的なフレキシブルワークを提供できるかが人財獲得を左右する時代に

フレキシブルワークとは、働く場所・時間や休業取得の自由度を高めた働き方を意味する言葉だ。以前から女性の社会進出や高齢化の進展などを背景に、欧米企業を中心に導入する例が見られたが、コロナ禍を契機にその動きが加速。リモートワークが普及し、そのメリットが広く実感されたことから、より柔軟な働き方であるフレキシブルワークを求める声が強まっている。

2022年に発表したAdecco Groupの調査レポート「未来のグローバルワークフォース2022」でも、自由度の高い働き方への要望が世界的に強まっていることを伝えている。例えば、勤務時間などの自由度がより高い仕事に「転職した人」、または「転職を検討している人」の割合は、59%にのぼった。前年に比べ、19ポイントも伸びている。これに加えて働き手は、勤務場所の環境、週4日勤務等の休業日の選択などの自由度を求めていることもわかる(図1参照)。このため、企業がフレキシブルワークの環境を提供していくことは、人財獲得やリテンションなどの意味でもますます重要になっていくだろう。

図1働き方を変えつつある働き手の割合

リモートワークをより容易にするために自宅/所有物を改良 61%2021年比+6ポイント 勤務時間/スケジュールのフレキシビリティがより高い仕事に転職 59%2021年比+19ポイント 給与が下がっても勤務時間を短縮、または週4日勤務に移行 54%2021年比+18ポイント リモートワークをより容易にするために自宅/所有物を改良 61%2021年比+6ポイント 勤務時間/スケジュールのフレキシビリティがより高い仕事に転職 59%2021年比+19ポイント 給与が下がっても勤務時間を短縮、または週4日勤務に移行 54%2021年比+18ポイント

出典:Adecco Group「未来のグローバルワークフォース2022」より作成

2023年3月にAdecco Groupが日本国内で実施した「人事担当者を対象にしたデスクワークで働く従業員の人事制度に関する調査」では、フレキシブルワークに前向きな企業が多いことが明らかになっている。新型コロナウイルスの感染状況の改善を踏まえ、2023年度以降に人事制度を見直すとしている企業のうち、テレワークを「縮小する」と答えたのは全体の10.5%。「廃止する」との回答はわずか5%だった。これに対し「(新たに)導入する」が18.7%、「拡充する」は27.9%にものぼった(図2参照)。オンライン会議やサテライトオフィス、コワーキングスペースなどの利用についても同様で、「廃止」や「縮小」を予定している企業はごくわずかだ。コロナ禍の収束に伴い、オフィスワークへの“揺り戻し”が起こると見られていたが、コロナ禍で加速したニューノーマルといわれた新しい働き方が、ノーマルになりつつあると調査結果は示す。

経済活動が再開するなかで、企業は、働き手にとってどれだけ魅力的なフレキシブルワークの環境を提供できるかが問われていくはずだ。単にテレワークの制度などを導入・拡充するだけでなく、働き手の生産性とウェルビーイングを両立させるような社内の意識改革や組織風土づくり、あわせて業務プロセスの見直しや電子化なども求められていくだろう。

図2新型コロナウイルス感染症の改善を踏まえ、2023年度以降に見直しを検討している人事制度

1.テレワーク(在宅勤務など) 2.オンライン会議 3.フレックスタイム制 4.フリーアドレス 5.副業・兼業 6.自社のサテライトオフィスの利用 7.男性の育児休業 8.シェアオフィスやコワーキングスペースの利用 9.週休3日制 10.ワーケーション 11.サバティカル休暇 12.多拠点生活 1.テレワーク(在宅勤務など) 2.オンライン会議 3.フレックスタイム制 4.フリーアドレス 5.副業・兼業 6.自社のサテライトオフィスの利用 7.男性の育児休業 8.シェアオフィスやコワーキングスペースの利用 9.週休3日制 10.ワーケーション 11.サバティカル休暇 12.多拠点生活

出典:Adecco Group「人事担当者を対象にしたデスクワークで働く従業員の人事制度に関する調査」(2023年4月)

男性の在宅勤務は家族観を変え、家事・育児参加の拡大にもつながる

「フレキシブルワークは、社員のワークライフバランスやウェルビーイングに幅広く貢献するもの。その点をぜひ企業に認識していただきたいです」山口慎太郎氏は、フレキシブルワークの意義をこのように語る。同氏が特に注目するのは「家族の幸せ」との関係性だ。フレキシブルワークは、家族と過ごす時間を充実させ、幸福感を高める効果が期待できるという。

過去の調査研究で、在宅勤務が働く女性のワークライフバランスやウェルビーイングに貢献することは明らかになっていた。しかし、男性の家族との関わり方や意識の変化についての実証研究はほとんどなかったそうだ。そこで2021年、山口氏らの国際共同研究チームが男性を対象に、在宅勤務がもたらす影響について調査したところ、興味深い結果が得られたという。

「図3に示したように、在宅勤務が週1日増えることで、男性の家事・育児時間が約6%増加したほか、家族と過ごす時間も家事分担も増えたという結果が出たのです。『仕事より生活を重視するようになった』という声も強まっています。しかも、生産性に及ぼす負の影響はほとんど見られませんでした。つまり在宅勤務には、男性社員の生産性を維持したまま、ウェルビーイングを高める機能があるということです」

図3在宅勤務が週1日増えることがもたらす効果

家事・育児時間の変化6.15% 家事分担が増えた9.26% 家族と過ごす時間の変化5.55% 仕事より生活を重視するようになった11.6% 生産性の変化-0.16% 注:エラーバーは95%信頼区間を表します。

出典:東京大学経済学研究科附属政策評価研究教育センター (CREPE)
ディスカッションペーパー (CREPEDP-109)より作成、
Working from Home Leads to More Family-Oriented Men,
Chihiro Inoue, Yusuke Ishihata, Shintaro Yamaguchi

山口氏によれば、もともと日本は諸外国に比べ、「性別役割分業」の意識が強い。ほかの多くの国々でも、女性は男性に比べ、家事・育児など家庭の無償労働を担っている割合が高いが、日本はその傾向が際立っている。OECD(経済協力開発機構)平均で見ると、女性は男性の1.9倍の家庭内無償労働を担っているが、日本はこの格差が5.5倍にものぼる。割合でいうと、日本の男性は家事・育児全体の15%程度しか行っていない。これに対し、欧州諸国では男性も30~45%程度を担っているという。2022年10月に創設された、男性の育児休業取得促進のための出生時育児休業(産後パパ育休)は、日本のこうした状況を変えていく契機にもなるだろう。

「フレキシブルワークを幅広く取り入れていくことは、女性活躍を推進し、ジェンダーバランスを確保していく意味でも重要です。男性が家事・育児に積極的に参加することは、子どもたちのジェンダー観にも影響を与え、性別役割分業の意識を将来的に変えていくことにもなるでしょう。男性が積極的に家事・育児に参加する国は、出生率が高い傾向にあるので、ゆくゆくは少子化対策にもつながっていくと期待できます」

また、性別役割分業の意識は世代によって差があり、その点も留意が必要だと山口氏は話す。

「性別役割分業はその国の文化や個人の価値観とも深く関わるので、それ自体が一概に悪いとはいえません。ただ、アンケート調査などを見ると、日本でも上の世代ほど『男は仕事・女は家庭』の意識が強く、若い世代ほどそれが薄れていることが明らかになっています。若手社員のなかに、出産後少しでも早く職場復帰したい女性社員や、積極的に育児参加したい男性社員がいても、年長者はそうした要望に気づきにくい。企業内の意思決定は年長者が担うケースが多いので、若い世代が望まない働き方を無意識に押しつけてしまっている恐れもあります」

若い社員が家族との時間を大切にしているのであれば、それを尊重することは、働きがいを提供することを意味し、モチベーションやエンゲージメントの向上にもつながるはず。フレキシブルワークのそうした意義を管理職世代に認識してほしいと山口氏は言う。

属人的な働き方を改めることが組織の中長期的な成長につながる

日本企業がフレキシブルワークを取り入れるうえでは、長時間労働を是正していくことも重要になる。そもそも労働時間が長ければ、働き方の自由度を高めようとしても限界があるからだ。

山口氏によれば、日本の平均年間労働時間はほかの先進国に比べて極端に長いわけではないものの、「週50時間以上働く雇用者」の割合が高いことが課題だという。図4のように、日本は15.1%と、韓国に次いで高い。

図4諸外国における「週労働時間が49時間以上の者」の割合(令和3年)

日本 アメリカ イギリス フランス ドイツ 韓国

出典:厚生労働省「令和4年版過労死等防止対策白書」より作成
日本:総務省「労働力調査」、アメリカ:米労働省(2022.1)
Labor Force Statistics from the CPS 、その他:ILOSTAT Database(2022年7月)
※令和3年における週労働時間が49時間以上の者の割合を示したもの。(ただし、イギリスは令和元年)

「労働時間と生産性についての著名な調査研究では、労働時間が週50時間を超えると急激に生産性が低下することが報告されています。長時間労働は心身の健康だけでなく、生産性にとってもマイナス要因だということです」

日本の労働時間が長いのは、長時間働くことを美徳とする価値観が根強いことに加え、多くの仕事が属人化し、ほかの社員が代替しにくいといった業務体制や組織文化の問題も大きい。フレキシブルワークを円滑に取り入れて、長時間労働を生み出す構造的な要因を解消していくことは重要だ。

「育児に限らず、親の介護や本人の病気などで社員が突然、休業を余儀なくされるケースはしばしば起こります。属人的な働き方を改め、そうした状況に対応できる業務体制を整えていくことは、生産性を維持するためにも重要。結果的にフレキシブルワークを職場に円滑に取り入れやすくなるはずです。そのためにも、日本企業の経営陣の方々には、ぜひ積極的に育休や介護休業の取得を社員に勧めてほしいし、機会があれば自らも取得してほしい。トップのコミットメントが、従来の働き方を変える強い推進力になるからです」

もう一つ、長時間労働の是正によって期待できるのが、自己研鑽に充てる時間の拡大だ。以前から日本は、ビジネスパーソンが学びのための自己投資や企業の人財育成に投じる費用が、海外に比べて少ないと指摘されてきた。

「もちろん社員の自己研鑽を強制するわけにはいきませんが、企業が労働時間の短縮化に取り組み、それが結果的に社員のウェルビーイングだけでなく、学びやスキル向上につながれば、企業の中長期的な成長にも必ずプラスに働くはずです」

フレキシブルワークの実践にはトレーニングが必要

最後に、フレキシブルワークを利用する立場にある働く個人に対して、山口氏にアドバイスを聞いた。

「フレキシブルワークにおいて重要なのは、働く一人ひとりに適した時間の使い方が認められ、働き方の選択肢が増えることで自ら働き方を選択できる、ということです。ですが、柔軟な働き方を上手に実践するには、ある種のトレーニングが必要です。日本の多くのビジネスパーソンは、自分にとって最適なかたちで働く時間や場所を決めていくことに慣れていません。自分がどんな時に幸福感を感じるのかも、意外とわかっていないものです。さまざまな場所で仕事をしてみたり、先輩や同僚たちのやり方を聞いてみたりして、自分に合ったフレキシブルワークのあり方を学ぶことが大切です」

また、フレキシブルワークによって家族と過ごす時間が増えたら、今まで以上に積極的に家族とのコミュニケーションを図ることも大切だと、山口氏は付け加える。

「在宅勤務が増えた結果、パートナーや子との摩擦やトラブルも増えてしまった……という声もよく聞きます。日本人は『言わなくてもわかってもらえるはず』と思いがちですが、一緒に過ごす時間が長くなればなるほど、家族一人ひとりが、どう接してほしいのか、どうされると嫌なのか、確認していく作業が重要になります。時にはけんかしてしまうこともあるでしょうが、試行錯誤のなかで築かれた関係性は、家族にとって大切な資産になるはず。フレキシブルワークのなかで、こうした時間も大切にしていただきたいですね」

Profile

山口 慎太郎氏
東京大学大学院経済学研究科教授

1999年、慶應義塾大学商学部卒業。2001年、同大学大学院商学研究科修士課程修了。2006年、アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士(Ph.D)、カナダ・マクマスター大学助教授、准教授を経て、2017年に東京大学大学院経済学研究科准教授。2019年より現職。著書『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)は、2019年度サントリー学芸賞を受賞した。

山口慎太郎氏