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2023.05.23
国際比較から見る日本のフレキシブルワークの課題と針路

コロナ禍に伴う移動制限が働き方を大きく変えたのは海外も同様だ。
欧米企業では日本以上にテレワークが浸透。その一方で、コロナ禍が収束傾向に向かうなか、オフィスワークへの揺り戻しの動きも見られる。
野村総合研究所(NRI)が2022年夏に日米欧8カ国で実施した生活者アンケート調査の結果などを基に、国際比較から見る日本のフレキシブルワークの現状と課題、今後目指すべき方向性について、NRI未来創発センターデジタル社会研究室長の森健氏に聞いた。

テレワーク利用率の低さが目立つ日本生産性向上はDXがカギ

NRIが2022年7~8月に日米欧8カ国で実施した「Withコロナ期における生活実態国際比較調査」の結果が、このほど明らかになった。このなかで、興味深い結果の1つとして森氏が挙げるのが、「コロナ禍前後の生産性の変化」だ。

同調査で各国の就業者に対し、コロナ禍以前(2019年)と調査時点(2022年7~8月)の生産性の変化について質問したところ、図1に示したように、すべての国でテレワーク対象者の方がテレワーク非対象者よりも、生産性は上がったと回答する比率が高くなっている。これは当然の結果ともいえるが、注目したいのは、特に欧米諸国において、テレワーク非対象者でも2~4割の人々がコロナ禍前と比べて生産性が向上したと感じていることである。

図1コロナ禍前後(2019年→2022年)の生産性変化の実感

テレワーク対象者 テレワーク非対象者 米国 英国 ドイツ イタリア ポーランド スウェーデン スイス 日本 ■=生産性は上がった ■=変化なし ■=生産性は下がった ■=比較できない/わからない テレワーク対象者 テレワーク非対象者 米国 英国 ドイツ イタリア ポーランド スウェーデン スイス 日本

出典:NRI「Withコロナ期における生活実態国際比較調査」(2022年7~8月)

「これはコロナ禍を契機に、オンライン会議ツールやチャットツール、ファイル共有ツールなどさまざまなデジタルツールが職場に導入されたことが背景にあると考えられます。つまり職場のDX(デジタル・トランスフォーメーション)が進んだ結果、その恩恵がテレワーク非対象者にも幅広く及んでいるということです。例えば、自身は工場勤務でテレワークの対象ではないものの、デジタルツールのおかげで本社の開発担当者などとのコミュニケーションや情報共有がしやすくなったといったケースが挙げられます」(森氏)

一方、この調査からは日本の課題も見えてくる。図1を見てもわかるように、「生産性は上がった」と回答している人の割合が、日本は海外に比べて大幅に低い。これはデジタルツール導入の遅れが影響していると考えられる。NRIが同調査で各種のデジタルツールの導入状況について質問したところ、日本の導入率は欧米諸国の半分以下と、その低さが目立った。

テレワークの利用状況についても日本と欧米各国では差が出ている。図2に示したように、各国のテレワーク対象者の比率は米英では60%以上、スイス、ドイツ、スウェーデンで50%以上であるのに対し、日本は29.7%と、調査対象国では最も低かった。テレワーク実施者(テレワーク対象者で、なおかつ過去1カ月に最低1日はテレワークをした人)の比率はさらに低く、19.0%である。

図2日本と欧米主要国のテレワーク対象者・実施者比率(2022年7~8月)

■=テレワーク対象者 ■=テレワーク実施者 注)テレワーク実施者とは、過去1カ月に最低1日はテレワークをした人の比率 米国 英国 スイス ドイツ イタリア ポーランド 日本 ■=テレワーク対象者 ■=テレワーク実施者 注)テレワーク実施者とは、過去1カ月に最低1日はテレワークをした人の比率 米国 英国 スイス ドイツ イタリア ポーランド 日本

出典:NRI「Withコロナ期における生活実態国際比較調査」(2022年7~8月)

日本国内のテレワーク状況を見ると、地域格差が大きい。都道府県別のテレワーク対象者率(2022年7月時点)を見ると、東京・神奈川ではテレワーク対象者率は40%以上(東京は51.2%)、千葉・埼玉・大阪も30~40%未満と大都市近郊では高い。一方で地方は低く、島根や鹿児島など10%未満の地域もある。大都市圏に比べて地方ではデジタル化が遅れており、コロナ感染者数の推移を踏まえてテレワークからオフィスワークに戻す企業が相対的に多いことが理由として考えられる。

テレワークやDXはあくまで手段企業ごとに最適解の見極めが重要

以上で見たように、日本企業のデジタルツール導入は海外に比して遅れており、海外と比べるとテレワークからオフィスワークへの揺り戻しの動きも強いといえる。とはいえ、人口減少によって国内の人財獲得競争が今後ますます激化していくことを踏まえると、多様でフレキシブルな労働環境を働き手に提供していくことが重要になるのは間違いない。この点について森氏は、「日本のビジネスモデルや組織文化的な側面まで含めて冷静に捉えて、自社に適した対応策を考えていくことが必要」と強調する。

コロナ禍でテレワークが導入された当初、「書類に押印するためだけに出社しなければならない」といった事態に直面した人も多いが、デジタルツールの導入が進んだことでかなり解消された。しかし、デジタル化だけでは簡単に対応できない事案も多い。日本企業は、対面のコミュニケーションを重視する傾向が非常に強く、それが競争力や品質維持に直結しているケースも少なくないからだ。例えばモノづくりの分野で、製品の品質や性能を高めるため、部品ごとの設計を調整するすり合わせの作業などは、企業間・部門間の緻密なコミュニケーションが欠かせない。前述の国際調査で、各国に「就業者のテレワーク意向」を尋ねたところ、日本は「仕事の特性上テレワークができない」という回答が50%以上を占め、8カ国で圧倒的に高かった(図3参照)。

図3日米欧諸国の就業者のテレワーク意向

米国 英国 ドイツ イタリア ポーランド スウェーデン スイス 日本 ■=緊急時だけでなく平常時でも、テレワークをしたい ■=緊急時限定であれば、テレワークをしたい ■=どのようなときでも、テレワークをしたくない ■=テレワークしたいが職場がテレワークを認めていないのでできない ■=仕事の特性上テレワークができない 米国 英国 ドイツ イタリア ポーランド スウェーデン スイス 日本 ■=緊急時だけでなく平常時でも、テレワークをしたい ■=緊急時限定であれば、テレワークをしたい ■=どのようなときでも、テレワークをしたくない ■=テレワークしたいが職場がテレワークを認めていないのでできない ■=仕事の特性上テレワークができない

出典:NRI「Withコロナ期における生活実態国際比較調査」(2022年7~8月)

「テレワークに限らず、なぜ日本でこれほどデジタル化が進まないのかは、デジタルエコノミーを研究するわれわれにとっても極めて重要な問いです。おそらくデジタルツールの多くが、まだ日本流に十分アレンジできていないことが大きな要因ではないかと考えています。それこそ日本は明治時代の産業革命の時も、海外から輸入された技術をそのまま取り入れるのではなく、日本流に変換することで強みにしてきた。それと同じように、テレワークについても日本流の最適なデジタル活用の道筋があるはず。まだその解を模索している段階の企業が多いのだと捉えています」

テレワークやDXは手段であり、企業にとっての目的ではない。自社の生産性やパフォーマンス、ロイヤルティーの向上につながるような最適なワークスタイルのあり方を、企業ごとに考えていくことが重要だと森氏は話す。

「テレワークが日本より遥かに定着している欧米の主要企業の間でも、企業ごとに判断が分かれている状況です。働き方の中核としてテレワークを位置づけて『社員のいる場所が職場』と考える企業もあれば、完全にオフィスワークに回帰した企業もあります。金融機関のJPモルガンやゴールドマンサックスなどはオフィス回帰型の代表例です。また、テレワークとオフィスワークのハイブリッド型を採用する企業にも違いがあって、社員の自己判断で働き方を選べるパターンもあれば、『週3日の出社を原則とする』といった選択の自由度のやや低いパターンもあります。企業として今後どの働き方を選ぶのか、重要な経営判断になっていくと思います」

欧州ではテレワーク政策が活発化 グローバル企業にも影響を及ぼす

テレワークを取り巻く世界の動向で、もう1つ森氏が注目しているのが、各国政府のテレワーク政策のあり方だ。

特に欧州では、政府がテレワークを強く推進する国が目立つ。アイルランドでは2021年、労働者に対し「リモートワークを要求する権利」を認め、企業に対し書面でのリモートワークポリシーを用意することなどを求めている。オランダでは、在宅勤務が可能と考えられる職業においては、雇用主は社員の在宅勤務要求を考慮しなければならないとする「在宅勤務権」法案が2022年夏に下院を通過した。このほか欧州ではコロナ禍以前から、勤務時間外の業務連絡を拒否できる、いわゆる「つながらない権利」がフランスやイタリアなど複数の国々で法制化されている。テレワークをどのように取り入れるかは企業ごとの経営判断ではあるものの、欧州で活動する場合には法制に従わざるをえない。グローバルで活動する日本企業も今後、テレワーク政策の世界的な潮流に対応していくことが必要になる。

さらに、テレワーク普及を後押しするユニークな取り組みとして、森氏は「デジタル・ノマド・ビザ」に注目する。これは海外企業に就労しているテレワーカーに対し、一時滞在ビザを発行するもの。シリコンバレーで活躍する高度ITエンジニアなどを呼び込み、自国経済の活性化やIT人財力の強化などにつなげていく狙いがある。図4に示したように、すでに世界の40カ国ほどがデジタル・ノマド・ビザの提供国になっている。森氏は「日本もぜひ取り入れるべき」と提言しており、将来的に日本でもデジタル・ノマド・ビザが導入されれば、国内のテレワーク普及を加速する要因になるかもしれない。

図4デジタル・ノマド・ビザの提供国(40カ国を超えて増加中)

海外のテレワーカーを自国に呼び込むためのビザ。
ワーキングビザのように滞在国で仕事があるかどうかは問われない。
( 実施例 )

クロアチア 「デジタル・ノマド・ビザ」( 1年間 )
エストニア 「デジタル・ノマド /フリーランサー・ビザ」( 1年間 )
アイスランド 「リモートワーカー長期ビザ」( 6カ月 )
ギリシャ 「デジタル・ノマド・ビザ」( 1年間。最大3年間まで延長可能 )
ケイマン諸島 「グローバル・シチズン・コンシエルジュ・プログラム」
(2年間。年間10万ドル以上の所得証明が必要 )
ドバイ(UAE) 「ワン・イヤー・バーチャル・ワーキング・プログラム」( 1年間 )

出典:NRIの資料を基に作成

テレワークと満足度の関係に考察が必要 信頼構築による職場改革が重要に

前述のように、人財獲得競争が激化していくなかで、働き手にとって満足度の高い労働環境やワークスタイルを提供していくことが企業にとってますます重要になるだろう。働き手の満足度やウェルビーイングとテレワークとの関係性について森氏に聞いた。

日本国内のアンケート調査を見ると、テレワークを体験した人の多くで、満足度が高まっている一方、コミュニケーション不足や同僚との一体感の希薄化などの問題点も明らかになっている。ここで森氏は、「テレワークで満足度が高まった理由を注意深く捉える必要がある」と指摘する。

「国連が発表している世界幸福度ランキングなどで日本は常に下位にいますが、コロナ禍以降、少しだけ順位を上げました。あくまで仮説ですが、幸福度が上がった要因が『テレワークが進んだから』だとすると、この結果は手放しではよろこべないものかもしれません。日本では働く職場が人々の幸福度を下げる大きな原因になっていて、テレワークで職場から離れられたから幸福度が上がったのであれば、職場に起因する問題は根深いといえます」

職場の改革を何もしないままテレワークを進めたら、同僚との一体感や会社に対するエンゲージメントがますます低下してしまう恐れがあると森氏は危惧している。

「テレワークを進めていくと同時に、人と人が信頼を構築していくフェーズでは、対面でのコミュニケーションの重要性が高まるでしょう。自社にとって効果的な働き方を場面ごとに使い分けていくことが重要です。それが中長期的に見て社員の満足度や組織のパフォーマンスにつながっていくのだと思います」

Profile

森 健氏
野村総合研究所
未来創発センター デジタル社会研究室長

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)にて経済学修士課程修了。デジタルエコノミー、グローバル事業環境分析を専門とする。2012~2018年には、野村マネジメント・スクールにて「トップのための経営戦略講座」、「女性リーダーのための経営戦略講座」のプログラム・ディレクターを務めた。共著に『デジタル資本主義』(2019年大川出版賞受賞)、『デジタル国富論』、編著に『デジタル増価革命』(いずれも東洋経済新報社)など。

森 健氏