働き方 仕事の未来 人財 人は人、自分は自分。オンもオフも自分軸で生きるーフランスに見る働き方ー

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2023.06.22
人は人、自分は自分。オンもオフも自分軸で生きるーフランスに見る働き方ー

ファッションやアートの中心地であり、中世ヨーロッパの雰囲気を残す美しい景観や街並みが印象的なフランス。2014年にパリに移住し、ライター業のかたわらフランスでの普段の暮らしを紹介するYouTubeチャンネルを運営している井筒麻三子さんに、フランスにおける人々の働き方や考え方などについて聞いた。

お金をかけず、自分らしく暮らせる
「がむしゃらに働くのが人生のすべてではない」と気づいたパリでの生活

――フランスに憧れ、住んでみたいと考える日本人は多いと思います。井筒さんはどんなきっかけで、フランスに移住したのですか。

日本では出版社で働いた後に独立し、フリーランスのビューティ系エディター&ライターとして働いていました。そして『クレア・トラベラー』編集部に5年ほど在籍していたのですが、そこを離れることになり、「今このタイミングでどこか旅に出ないと、しばらくどこにも行けないだろう」と考え、学生ビザを取ってイギリスに9カ月間滞在しました。ずっと忙しく働いていたので、1回休憩したいという思いもありました。

何となく選んだ国でしたが、ヨーロッパの暮らしが予想以上に楽しくて、帰国後、再びヨーロッパに渡ることを決意し、イギリスは就労ビザを取るのが難しいので、ビザが比較的取得しやすいと耳にしたフランスに行くことにしました。パリのほうがライターの仕事がありそうだなと思ったのも理由の1つです。フランス語をほとんど話せない状態でパリに来ましたが、ここでの生活がとても心地よく、気づけば10年近く経っていました。

ゲランの発表会に出席。美容業界に長く携わってきた経験と、英語とフランス語双方を習得しているのが、井筒さんの強みだ。 ゲランの発表会に出席。美容業界に長く携わってきた経験と、英語とフランス語双方を習得しているのが、井筒さんの強みだ。

――ヨーロッパでの暮らしに心地よさを感じる理由をお聞かせください。

お金をかけなくても、都会で自分らしくシンプルな暮らしができるからです。

東京で働いているときは、「東京はお金がないと楽しく暮らせない」という印象を持っていました。皆着飾って、食事に出掛けたりショッピングをしたりという楽しみ方がメインで、たくさん働いて稼がないと楽しめないマテリアル(物質的)な街だと実感していたんです。

一方、ロンドンやパリは街中に自然がたくさんあって、皆、食べ物を持ち寄ってピクニックをしたり、木陰で本を読んだりして過ごしています。それがとても心地いいんです。

パリに移住した当時は仕事もほとんどなく、生活がようやっとなりたっている状態でしたが、お金がなくても心豊かに過ごすことができました。今では、料理をしたりグリーンの手入れをしたり、近所の森に行ってワインを飲みながらのんびりしたりするのが日常。「がむしゃらに働くのが人生のすべてではない」と気づけたのは、私にとって大きかったですね。

フランス人は「自分の役割は最後まで全うする」という美学を持ち、仕事をやり遂げる

――フランスでは、週35時間労働制が法的に規定されるなど、日本に比べると労働時間が短いようですね。実際、どういう働き方をしているのですか。

フランスは階級社会なので、上位3%ぐらいのいわゆる「家柄の良いエリート」は猛烈に働いています。国際的な大手企業に勤め、残業時間も多いと聞きます。

それ以外の大多数の人は、週35時間以内できっちり働き、それ以外は自分の時間として楽しもうというマインドが強いのだそうです。仕事はあくまで生きるための手段であり、自分たちの生活をより良くするために働くという価値観が主流です。

とはいえ、手を抜いて適当に働くというわけではありません。フランス人は「自分の役割は最後まで全うする」という美学を持っているので、期日ギリギリになったとしても一定以上のクオリティでやり遂げるようです。

毎年5月に開催される、カンヌ国際映画祭での取材の様子。カメラマンたちに気迫がみなぎる。 毎年5月に開催される、カンヌ国際映画祭での取材の様子。カメラマンたちに気迫がみなぎる。

――フランスでは、世界に先駆けて2017年に「接続を切る権利」が法制化されていますが、このようなフランスらしい先進的な取り組みについて教えてください。

「接続を切る権利」とは、労働時間外に仕事に関するメールや電話があってもそれを拒否できる権利のことで、実際に皆それを守っています。ついこの間も、ある店舗に取材をお願いしたくてメールを送ったのですが、一向に返事がなく、1カ月近く経ってから「ヴァカンスに出ていたので、メールを確認できませんでした」と返信がありました。「休み中に仕事に関する連絡が入ってきたらどうしよう…」なんて誰も気にしません。「働くときは働き、休むときは休む」が徹底されています。プライベートを大事にするフランスならではの取り組みだと思います。

――フランスでは、テレワークも浸透していると聞きました。

以前からテレワークは一般的でしたが、コロナ禍を機に一気に増えました。「会社以外の場所でも十分働ける」と気づいたことで、多くの人がコワーキングスペースなどを利用しながら働いています。基本的に他人を気にしない国民性なので、「やるべきことさえちゃんとやれば、どこで働こうが自由」と、自分の好きなところで仕事をしている印象です。

イタリアの海でヴァカンスを過ごしたという井筒さん。フランスは、同じ場所で1年勤続した場合、30日間(5週間)の有給休暇を付与することが法律で義務付けられており、8月はヴァカンスシーズンでパリ市内が閑散とする。 イタリアの海でヴァカンスを過ごしたという井筒さん。フランスは、同じ場所で1年勤続した場合、30日間(5週間)の有給休暇を付与することが法律で義務付けられており、8月はヴァカンスシーズンでパリ市内が閑散とする。

フランスらしさといえば、環境保全に対する対応も挙げられます。パリの女性市長アンヌ・イダルゴは環境問題に力を入れていて、車道の1車線を自転車専用レーンにしたり、パリ市内で時速30キロの速度規制を敷いたりしています。通勤に車を使うとすぐに渋滞してしまうので、自転車や電動キックボードなどで通勤する人が目立つようになりました。朝、多くの人が自転車などで颯爽と行きかう風景が、パリの日常になりつつあります。

2016年には食品廃棄禁止法が施行され、スーパーマーケットなどで売れ残り商品を廃棄できなくなりましたが、2022年からは電化製品や洋服なども廃棄禁止になりました。百貨店で売れ残った洋服などは、オフシーズンコーナーをつくり安価で売り切ったり、寄付したりすることが義務付けられています。2024年からは家庭の生ごみの堆肥化も義務付けられ、各家庭でコンポストを用意しなければならなくなります。

フランス人は基本的に保守的で、変わることをよしとしない国民性ではありますが、環境問題に関しては非常に積極的であり、自分たちが正しいと思ったことであれば法規制などにも柔軟に対応しています。

他人に干渉せず、多様性も受け入れる

――フランスにおいてジェンダー平等の意識は浸透していますか。多様性に対する捉え方どのような状況でしょうか。

フランスはもともと他人に干渉しないお国柄です。雇用に関しても同様で、履歴書には国籍はもちろん、生年月日も写真もなくてOKです。スキルや経験以外でジャッジしないという土壌ができています。

LGBTQに関しても同様で、当事者はとても働きやすく住みやすい国だと思います。私が関わるビューティやファッションの業界は、特に当事者が多いですが、皆さん自分の個性を発揮しながらいきいきと働いています。

とはいえ、フランスも一昔前は男女差が激しい国だったそうです。近年では是正しようという動きが強く、ギャップが埋まってきました。ワーキングマザーへの保障も手厚く、産休・育休中の給与支給はもちろん、国からの補助も豊富なので、ライフステージが変化しても女性が長く働きやすい環境が整っています。ベビーシッターやファム・ド・メナージュ(お手伝いさん)もポピュラーで、料金も比較的安価なので、多くの共働き家庭が活用しています。

――誰もが自分らしく、いきいきと働ける環境が整っているのですね。井筒さんご自身は、フランスで働き、住まうことにどのような幸せを感じておられますか。

フランス人は皆、働くことが人生とは思っておらず、プライベートライフを充実させることに重きを置いています。誰かと自分を比べて張り合ったりすることもありません。あくまでも自分軸という価値観で毎日を過ごしています。

日本に住んでいるときは毎日がむしゃらに働き、美味しいと話題のお店に行ったり、トレンドのおしゃれなものを買ったりして、消費していく生活を繰り返していましたが、フランスに来て自然体になれました。以前に比べて収入が減ったこともありましたが、お金を使わずに日々を楽しむ習慣が身についているので、不安に感じることはありませんね。

フランスのレストランは高いので、フランス人はあまりに外食をしません。だからこそたまの外食の際には、おしゃれして出掛けるなど、スペシャルな機会として楽しむようです。そういった日常のなかの幸せに意識を向ける生活は、とても心地いいですね。これからも自分のペースでフランスでの生活を楽しんでいきたいです。

コロナ禍で始めたYouTubeチャンネル。蚤の市での買い物やヴァカンスの様子、フランス人のお宅へのルームツアーなど、フランスの日常を紹介している。24カ国語対応しており、154カ国の視聴者が登録。コメント欄はさまざまな言語のメッセージでいっぱいだ。

コロナ禍で始めたYouTubeチャンネル。蚤の市での買い物やヴァカンスの様子、フランス人のお宅へのルームツアーなど、フランスの日常を紹介している。24カ国語対応しており、154カ国の視聴者が登録。コメント欄はさまざまな言語のメッセージでいっぱいだ。

Profile

井筒麻三子氏
エッセイスト、ライター

米ボストン大学大学院卒業後、婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に入社。『25ans』等の編集者として勤めたのち退職し、フリーランスに。ビューティ エディター&ライターとして活動するかたわら、文藝春秋『クレア・トラベラー』編集部にも在籍し、旅取材などを担当。2014年よりフランス在住。日本語・英語・仏語の3カ国語に通じており、著名人インタビュー取材などを数多く手がける。2020年より、パリでの日々の暮らしやレシピなどを紹介するYouTubeチャンネル『GOROGORO KITCHEN』をフォトグラファーである夫Yas(愛称ツーさん)と共にスタート、2023年6月現在で約36万人の登録者を誇る人気チャンネルに。著書『GOROGORO KITCHEN 心満たされるパリの暮らし』(講談社刊)は発売後即4度目の重版が決定。
instagram:@mamigorota

井筒麻三子氏 エッセイスト、ライター GOROGORO KITCHEN 心満たされるパリの暮らし