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2023.06.30
未来人財に求められるスキル 採用や学びの変革が導く“人間ならでは”の能力の育成

人間と自然な対話をする対話型AI(人工知能)のChatGPTの登場を契機に、AIが雇用・労働に与える影響について改めて注目が集まっている。AIが本格的に普及するなかで、ますます重要になる「人間にしかできない能力」とは何か。
その能力を育むためには何が必要なのか。2022年5月に公表された、未来を支える人材を育成・確保するための方向性と、取り組むべき具体策を示したレポート「未来人材ビジョン」をまとめ、経済産業省・未来人材会議で座長を務めた東京大学大学院経済学研究科教授柳川範之氏に話を聞いた。

人間の働き方を充実させるAI双方が力を発揮する環境を

米マイクロソフトが出資するオープンAI社が2022年11月に公開した生成AI「ChatGPT」は、世界的に大きな話題を集めた。人間がチャット形式で質問すると、AIがごく自然な文章を自動生成して回答してくれるもので、テクノロジーの進化を多くの人々が改めて実感したことだろう。

同時に、AIに対する警戒心が相変わらず根強いことも明らかになった。2023年3月には米非営利団体が「AI開発の半年中断」を求める書簡を公開。またたく間に2万5000人もの署名が集まったという。その背景の一つには、人間の雇用・労働がAIに奪われるという危機感があるだろう。

こうした状況について柳川範之氏は、「テクノロジーの発展を警戒するのではなく、前向きな改革の契機だと捉えるべき」と強調する。

「重要なのは、新たなテクノロジーの活用によって私たちの働き方をより充実させていくこと。そのためにも『AIにできること』と『人間にしかできないこと』を理解し、それぞれが最も高いパフォーマンスを発揮できるように、ビジネスモデルや組織のあり方までを見直していくことが求められてきます。特に、これからの経済を支えていくのは人であると世界的にもいわれています。人財が活躍し、経済が持続可能に循環し、生活が豊かになるためには、人間の能力が大きなカギを握っているのです」

必要なスキルは大きく変わるカギは“人間ならでは”の能力

ではわれわれ人間には今後、どのような能力・スキルが求められるのだろうか。この点についてはすでに多くの議論がなされ、産業界や政府、学界などからさまざまな見解が示されてきた。

2022年5月に経済産業省の有識者会議が発表した「未来人材ビジョン」もその一つだ。このレポートでは、仕事に必要な能力やスキルを56項目で整理し(図1参照)、それらへの需要がデジタル化や脱炭素化の影響で今後どのように変化していくかについて試算している。

図1意識・行動面を含めた仕事に必要な能力など

意識、行動面
意欲・積極性
自発性
ねばり強さ
向上心・探究心
責任感・まじめさ
信頼感・誠実さ
人に好かれること
リーダーシップ
協調性
柔軟性
注意深さ・ミスがないこと
スピード
社会常識・マナー
身だしなみ・清潔感
体力・スタミナ
ストレス耐性
社会人、職業人としての自覚
現在の職業に特有の態度・行動
ビジネス力
情報収集
状況変化の把握
的確な予測
的確な決定
問題発見力
ビジネス創造
革新性
戦略性
客観視
説明力
交渉力
基礎的機能
基本機能
知的機能
感覚機能
運動機能
スキル
基盤スキル
学習スキル
数理スキル
言語スキル:文章
言語スキル:口頭
テクニカルスキル
ヒューマンスキル
コンピュータスキル
モノ等管理スキル
資金管理スキル
段取りのスキル
その他
仕事に関係する人脈
資金力
仕事に関係する免許・資格
現在の仕事に特有な知識や経験
知識
科学・技術
化学・生物学
芸術・人文
医療・保健
ビジネス・経営
外国語
土木・建築
警備・保安

出典:経済産業省「未来人材ビジョン」。独立行政法人労働政策研究・研修機構「職務構造に関する研究Ⅱ」を基に経済産業省が作成。

図256項目の能力などに対する需要の変化

56の能力等に対する需要

2015年

注意深さ・ミスがないこと

1.14

責任感・まじめさ

1.13

信頼感・誠実さ

1.12

基本機能(読み、書き、計算、等)

1.11

スピード

1.10

柔軟性

1.10

社会常識・マナー

1.10

粘り強さ

1.09

基盤スキル

1.09

意欲積極性

1.09

※基盤スキル:広く様々なことを、正確に、早くできるスキル

三角形
2050年

問題発見力

1.52

的確な予測

1.25

革新性

1.19

的確な決定

1.12

情報収集

1.11

客観視

1.11

コンピュータスキル

1.09

言語スキル:口頭

1.08

科学・技術

1.07

柔軟性

1.07

※革新性:新たなモノ、サービス、方法等を作り出す能力

(注)各職種で求められるスキル・能力の需要度を表す係数は、56項目の平均が1.0、標準偏差が0.1になるように調整している。

出典:経済産業省「未来人材ビジョン」。2015年は労働政策研究・研修機構「職務構造に関する研究Ⅱ」、2050年は同研究に加えて、World Economic Forum “The future of jobs report 2020”, Hasan Bakhshi et al., “The future of skills: Employment in 2030”等を基に、経済産業省が能力等の需要の伸びを推計。

推計によれば、現在は「注意深さ・ミスがないこと」「責任感・まじめさ」が重視されているが、将来は「問題発見力」「的確な予測」「革新性」が一層求められるという。人財に求められるスキルも大きく変わることを示している。

図2に示したように、これまでは「注意深さ・ミスがないこと」「責任感・まじめさ」「信頼感・誠実さ」が重視されてきたが、実はこれらはAIの強みが発揮しやすい分野でもある。
そのためAIと共存することになる今後は、「問題発見力」「的確な予測」「革新性」が一層求められていくとしている。さらに次代を担う若い世代には、

  • 常識や前提にとらわれず、ゼロからイチを生み出す能力
  • 夢中を手放さず一つのことを掘り下げていく姿勢
  • グローバルな社会課題を解決する意欲
  • 多様性を受容し他者と協働する能力

といった、根源的な意識・行動に関わるような能力・姿勢も求められると指摘している。

さまざまな能力が挙げられているが、これらは大きく2つに整理できると柳川氏は話す。1つはコミュニケーションに関係する能力だ。

「AIにもコミュニケーションをとることができるように見えますが、単に言葉を発信するだけではコミュニケーションは成り立ちません。相手に優しさや温かさを伝えたり、感動させたり、あるいはイノベーション創出のきっかけを与えたりと、私たち人間が日ごろ行っているコミュニケーションには実は極めて高度で複雑な能力が発揮されています。ここは引き続き人間に求められる重要な能力だといえます」

もう1つはイノベーション創出に関係する能力だ。

「イノベーション創出は、AIでも可能なところはあります。ただ『ChatGPT』のようなAI技術では、あくまでネット上の既存情報を収集して組み合わせているだけにすぎません。非常に画期的に見えますが、社会課題の解決につながるような創造性や革新性を発揮できるかは未知数です。今の世の中にないものをゼロから生み出す創造性は、“人間ならでは”の能力といえるでしょう。仕事や日常生活におけるどんな小さなイノベーションも、それを生み出せる能力は今後ますます重要になると考えられます」

興味深いのは、「未来人材ビジョン」がこうした能力・スキルの分析だけで終わらず、企業の人財育成のあり方や教育システムの問題点にまで踏み込んでいることだ。

「『未来人材ビジョン』では、『生産年齢人口は、2050年には現在の3分の2に減少する』『外国人労働者は、2030年には日本の至る所で不足する』などの問題意識を提示しています。しかしこれらは決して目新しいものではありません。『AIが発達すればするほど、人間ならではの能力・スキルがますます求められる』ということも、以前からずっと指摘されてきました。むしろ問題は、育成や教育の枠組みにあります。今後必要になる能力・スキルを磨く環境がいまだに整っておらず、未来への対応が進んでいないことこそが、日本の重大な課題なのです」

変革の突破口は企業の採用戦略求められる日本型雇用の見直し

では、何をどう変革していくべきなのか。まず企業としては、一人ひとりの人財が創意工夫しながら自分の能力を発揮できる制度や組織風土づくりに取り組むことが重要だ。柳川氏は具体的に、終身雇用や年功型賃金に代表される「日本型雇用システム」や、日本独特の採用慣行である「新卒一括採用」の抜本的な見直しにまで踏み込んでいく必要があると強調する。

「それぞれの人財が創造性を発揮できる組織であることに尽きます。そのためには働き手と企業との関係性を、互いに選び選ばれる対等関係へと変容させることが重要です。働き手も企業に選ばれるよう独自の能力・スキルを磨こうとするでしょうし、企業側もその能力・スキルを発揮できるよう環境を整え、優秀な人財に選ばれるよう努力するはずだからです」

もちろんこれは、日本の産業界全体で足並みをそろえて取り組む必要がある。また企業が求める能力・スキルを備えた人財を供給できるよう大学教育も、さらには大学入試制度までも再考が必要かもしれない。

「当然ながら、これらの改革を実現するには長い時間がかかるでしょう。それでも日本の中長期的な成長のために、教育・人財育成の大規模な構造転換が不可欠であることは間違いありません」

構造転換の突破口は、「企業の採用戦略の変化」にあると柳川氏は見る。すでに米シリコンバレーの先進企業などでは、大学在学中の優秀な学生や、さらには突出した才能を持つ大学進学前の高校生を発掘して高い報酬でスカウトし、自社の戦力にしているケースも珍しくない。

「日本国内でもこのような事例が少しずつ出てくれば、企業は従来型の一括採用では優秀な人財が獲得できなくなり、採用方法の見直しが避けられません。進学や就職に対する若者たちの価値観も変わっていくでしょう。現実的にはこうした採用戦略の変化が、変革の契機になると予想しています」

必要なスキルを磨くためには「学ぶ」と「働く」の境界は不要

もう一つ、重要な視点として柳川氏が挙げるのが「学ぶ」と「働く」の融合である。これまでは、高校や大学などの教育機関で「学ぶ」期間と企業などで「働く」期間は、明確に線引きされてきた。しかし、今後は「学ぶ」と「働く」の境界が消失する時代になると柳川氏は指摘する(図3参照)。すでに経営環境の変化に対応するため、働きながら学ぶリスキリングが欠かせなくなっている。またジョブ型雇用が本格的に普及すれば、学生時代からインターンシップ等を活用して「学びながら働く」経験を積み、自分の専門性を明確に磨いておくことも重要になるだろう。

図3消える「学ぶ」と「働く」の境界線

従来 学ぶ→働く 学ぶ期間と働く期間を区別 「学ぶ↛働く」の順
今後 学ぶ↔働く 学びながら働いて経験を積む 働くなかで学び直しを繰り返す

世の中の変化が大きく早い現代においては、常に知識やスキルのアップデートが必要になる。必要なスキルを身につけるためにも、常に学び続けることは重要だ。

「インターンシップは、比較的一般化している大学に限らず、高校時代から経験するのもよいと思います。学生時代にインターンシップを通じて仕事を体験してみることが重要なのです。その一方、実際に社会に出て本格的に働いてから、学びの必要性を実感することも多いものです。その意味で、どんな年齢になってからでも大学などに入り直し、学び直すことが当たり前になっていくでしょう。学ぶことと働くことの境界がなくなる、そんな社会を目指すべきだと考えています」

「情熱」や「好奇心」が“人間ならでは”の能力を伸ばす

働く個人には今後どのような心構えが必要だろうか。柳川氏は、学びにおいても仕事においても、「情熱」や「好奇心」を大切にしてほしいと話す。

これまでの日本の企業社会では、前述のように「注意深さ・ミスがないこと」「責任感・まじめさ」「信頼感・誠実さ」が重視されてきた。これは学校教育の場でも同様だ。物事にコツコツと真面目に取り組む文化は、日本の強みになってきた面もある。しかしルーティンワークとして同じ作業を正確に繰り返すような仕事は、人間よりもAIやロボティクスの方がはるかに向いている。一方で、経済・経営環境の不確実性が高まり、今後は社会課題解決やイノベーション創出につながるような能力・スキルが一層求められていく。

「だとすれば、自分が本当に好きなことをどれだけ見つけられるか?どれだけ情熱を持って取り組めるかが、改めて重要になってくると思うのです。“人間ならでは”の能力は、好きなことに夢中になれるような場面でこそ、発揮されるものだからです」

「未来人材ビジョン」でも、教育改革の方向性として、「好きなことに夢中になれる教育への転換」を掲げている。

「日本人は創造性が低いとよくいわれますが、例えばアニメやゲーム、あるいは和食などの世界では、世界がうらやむような圧倒的にクリエイティブな作品が次々と日本で生み出されているわけです。教育や人財開発においては、『情熱』や『好奇心』の重要性を、今後はもっと重視すべきだと思います」

Profile

柳川範之氏
東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授

1993年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。慶應義塾大学専任講師、東京大学大学院助教授等を経て、2011年より現職。新しい資本主義実現会議有識者議員、内閣府経済財政諮問会議民間議員、東京大学不動産イノベーション研究センター長、一般社団法人スマートシティ・インスティテュート代表理事等。
著書に『Unlearn(アンラーン)人生100年時代の新しい「学び」』(日経BP、共著)など。

柳川範之氏