「AI(人工知能)は近い将来、人間の能力を超える」「AIに仕事を奪われる」といったAI脅威論が根強くある一方、「AIは道具であり、人間のモノマネをしているにすぎない」という意見も少なくない。果たしてAIは単なる道具なのか、それともアーティストやクリエイターにもなり得る創造的存在なのか。
AIの可能性を人間はどう活用していくのがよいのか。『創るためのAI』の著者で、AI研究者でありながらDJやアーティストとしても国際的に評価され広く活躍するQosmo代表の徳井直生氏に聞いた。
AIが生み出す「意外性」や「違和感」が新たな創造性の契機になる
── AIを「省力化」や「効率化」の手段として活用しようとするケースが多いなか、「人類の創造性を拡張する」という発想でAIの活用に取り組まれています。AIを創造的な活動に生かすというのは、具体的にどのようなことを指すのでしょうか。
AI=人工知能とは文字通り、人間の知能を人工的につくり出そうという試みです。私はよく「AIは人間の鏡である」と言っています。人間の思考や判断、創作などを機械に模倣させようとすると、そもそも人間はそうした知的活動をどのように行っているのか、より客観的に捉えて深く見つめ直すことになります。つまり、AIをつくること自体が創造性の本質を理解し、人間の創造の可能性を広げていく効果があるのだと私は捉えています。
もう一つ重要なのは、AIが模倣しきれない部分から生まれる意外性が、新たな創作のヒントになるということです。近年のAIは、創造性を持っているといっても差し支えないほどの知的な振る舞いをするようになりましたが、それでも模倣しきれない部分はあります。人間と違うからこそ生まれてくる、ある種の「意外性」や「違和感」が新しいアイデアに結びついて、私たちの創造性を拡張していくのではないかと思うのです。
ヒップホップをはじめ、今の世の中で流行っているダンスミュージックの原型を遡っていくと、電子楽器メーカーのローランドが1980年に出した「TR-808」というドラムマシーンの音に行き着きます。もともと、人間に代わってドラム演奏ができる装置として開発されたものですが、実際には人間の演奏とはほど遠い音しか出せず、ドラムマシーンとしてはあまり売れませんでした。ところがその後、通常のドラムとは違った独特の音がむしろ面白いとして、アメリカのヒップホップミュージシャンたちが作曲や演奏に使うようになり、それが最近のポップチャートにランクインしているような人気曲の音質的な原型にもなっていきました。
これと同じような役割が、AIにも期待できます。自動運転車を制御するAIが予想外の動作をしてしまったら問題ですが、創造性に関しては、AIが生み出すノイズや誤差みたいなものに新しい発想の種を見出すことができます。例えば、ロックの楽曲に関する膨大な量の学習データをAIに与えても、生み出す曲はすべてロックとは限らず、今まで聞いたことがなかったリズムやメロディーが生成されたりします。
その意味で、AIは私たちに創造のインスパイアを与えてくれる存在であり、単なる道具と捉えてしまうのはもったいない。私は、AIのシステムをつくるときに、あえて予想外のノイズが生まれるような設定にしたりしています。野球にたとえると「ストライクゾーンからボール1個分だけ外れた球」を意図的に投げさせるようなイメージです。その結果、人間が生み出さないような音質や和音、メロディーが出てくると、「なるほど、こういうパターンもあるんだ」と気づかされ、表現の新しい領域が広がっていくのです。
── その文脈で、「ChatGPT」など最新の生成AIの登場は、どのように捉えられるのでしょうか。
対話形式でごく自然な文章を自動生成するChatGPTも、あるいは「ピカソ風の○○の絵」などとキーワードを入力するだけで、それっぽい画像を生成するStable Diffusionも、数年前のAIに比べて飛躍的に性能が高まっていると感じます。以前はまだ技術が未成熟だったからこそ「意外性」や「違和感」が生まれやすかったのですが、ChatGPTは逆にストライクゾーンのど真ん中にガンガン剛速球を投げてくるようなイメージで、人間が期待したとおりの答えをかなり正確に返してくる。与えられた情報をもとに、論理を積み上げて正しい答えを導き出すのは人間よりもAIのほうが得意だと以前からいわれていましたが、それが現実のものになりつつあります。ビジネスでいえば、自社製品・サービスのターゲットとなる仮想の人物像(ペルソナ)をChatGPTに入力して、「この新商品を見たときにその人はどんな反応をしますか?」と問いかけ、消費者行動をシミュレーションするといった活用法も十分可能になっています。ビジネス上のアイデアを磨くために、ヒントとなる情報を引き出すサポート役としてAIを使うことも考えられます。
しかし、その一方で、創造力の可能性を切り拓いていくのは相変わらず人間の役割です。どれほど創造的に見えても、基本的にAIは与えた学習データをもとに何かを生成するので、新しい創作ジャンルや作品スタイルをつくることはできません。20世紀以前の絵画データを大量に学習したAIが、そこからピカソのような作品を生み出すことはできない。20世紀以前のアートの延長線上で考えれば、ピカソの作品は稚拙と判断してもいいはずですが、人間はそこに新しい美しさや表現の可能性を見出したわけです。
AIも時として、「意外性」や「違和感」という形でピカソのような作品の片鱗を生み出すことがあります。ですが、既存の常識にとらわれずにその価値を評価して、表現の領域や可能性を切り拓くことができるのは人間だけです。この役割は、今後ますます重要になるのだろうと思います。
図2人の創造性を拡張するための、AIの使い方
- どういうデータを与えて、何を学習させるのか。人間は問いの設計を考える
- AIがノイズや不協和音を生み出すよう、人間が意図的に指示してみる。そこに新しい表現の可能性もある
- 常識にとらわれず、AIが出してくる答えを、人間の感性で評価する。その感性を磨いておくことも大切
AI時代に求められるのは、「人間的な感性」や「動物的な勘」
── では、創造力の可能性を拡張するためにAIを活用していくには、人間側にはどのような姿勢や能力・スキルが求められるのでしょうか。
前述のように、論理を積み重ねて正確な答えを出すのはAIの方が得意なので、AIと同じことしかできない人財は活躍しにくくなります。その一方で、ChatGPTが生み出す文章などを見ていると、既存の情報から最大公約数的な意見を抽出しているので、優等生的・常識人的な回答になりがちです。
これから生成AIもますます進化して、数字とロジックにもとづいて「このデザインがいい」「この広告戦略が最適だ」と的確な答えを出してくれるようになるでしょうが、鵜呑みにするのではなく、それは本当に美しいのか、心地よいのか、人間の感覚でしか判断できない部分を判断する能力が重要です。
そのために、アートでいえば、手間を惜しまずたくさんの美術作品に触れて、美的感覚や感受性を高めておく。ビジネスの世界でも同様で、AIが導いた答えを評価する力や、それらを取捨選択して人間にとって本当に重要な答えとしてまとめ上げていく「キュレーション力」や「編集力」が必要で、そのためにもロジックでは導けない部分を評価する判断力や、ある種の審美眼を磨いておくことが求められると思います。
── 徳井さんのようなクリエイティブなAI活用をビジネス界が目指す場合、どのような留意点があるでしょうか。
期待されている回答ではないかもしれませんが、企業はもっとアーティスト的・クリエイター的な人財をどんどん登用してほしいと思っています。
AIが普及するにつれて、いわゆるAIのプログラミングなどに詳しい人財に注目が集まりがちです。もちろんそういった人財も重要ですが、AIに代替されない人間的な能力、既存の常識にとらわれずに考えられる能力を持った人財の価値は高くなっていくはずです。必ずしもアーティストを雇う必要はないのですが、アーティストのような感覚を備えた人財に、企業も本格的に目を向けてほしいと思います。
── 経済産業省が発表した「未来人材ビジョン」では、次の社会を形づくる若い世代には「常識や前提にとらわれず、ゼロからイチを生み出す能力」「夢中を手放さず一つのことを掘り下げていく姿勢」「グローバルな社会課題を解決する意欲」「多様性を受容し他者と協働する能力」が求められるとしています。AIとの協創を前提に、徳井さんの見解をぜひお聞かせください。
どれも創造性につながる資質・能力ですが、特に常識や前提にとらわれず、自分なりの見方ができるかどうかは重要だと思います。例えばバッハとモーツァルト、時代が違うと音の認識がまったく違います。バッハの時代に不協和音とされていた音が、モーツァルトの時代にはむしろ美しい、心地よいと人々に認識されるようになり、それによって音楽の領域は拡張してきたのです。常識にとらわれたまま、バッハの曲を学ぶだけではモーツァルトも、ましてやビートルズも生まれません。
ChatGPTを使ってみるとわかるように、AIの発達のおかげで、既存の常識に照らして“正解っぽいもの”を生成するのはどんどん楽になっていくでしょう。だからこそ常識の外側にあるものに触れたときに心地よいと感じられる感覚を大事にしないと、どんどんその枠の中に閉じ込められてしまう気がします。その意味で、AI時代に求められるのは、より人間的な感性、あるいは「動物的な勘」といってもいいのかもしれません。どの方向に行ったら自分は幸せになるとか楽しいとか、そういう根源的な感覚を磨いていくことが、ビジネスにおける今後の人財にとっても重要になってくるのではないでしょうか。
あとは学生たちには、頭で考えるよりは、心が動くことや腹落ちすることを大事にして人生の大きな目標を立てること。そして、目の前にあることには迷わず全力で取り組むこと。この2つをよくアドバイスしています。
── 創造性をますます切り拓いていくため、AIの開発に携わる人たちには、今後どのような視点が求められるのでしょうか。
私のスタンスというか、ある種の願いとして、AIはこれからも人間の根源的な創造性を奪うような形で進化してほしくないという思いがあります。
ChatGPTを開発したオープンAI社のサム・アルトマンCEOは、生成AIをあの「マンハッタン計画」になぞらえて、「技術的に可能なことはとにかく追求すべきである」といった主旨の発言をしていました。私はこの姿勢には反対です。技術の進化ありきではなく、そのAIを生み出すことが本当に世の中の役に立つか、人間を豊かにするのかが最も大切ですよね。そういう視点でしっかり考えることが、AIの開発に携わる研究者・技術者にとって非常に大事ではないかと思います。そのためにも、AIが人間から創造性の素晴らしさや楽しみまで奪ってしまうのはよくないと思っています。
AIに関する世の中の議論も、経済発展にどう寄与するか、ビジネスの効率化にどれだけ貢献するかといった話ばかりで、私たち生活者一人ひとりの暮らしをどれだけ豊かにするか、エンパワーメントするかといった話がほとんど出てきません。AIの開発には莫大な資金が必要なので、資本の論理が優先されてしまう現状もあり、その点は危惧しているところです。特に研究者や技術者は、今の時代だからこそ、人々の幸せや豊かさを大切にする視点を持ち続ける必要があるのではないかと思っています。
AIで音楽と画像を生成する即興パフォーマンスが話題に
DJでもある徳井氏は、AIを道具としてではなく、音楽体験を創発するパートナーとして活用することに挑戦している。写真は、徳井氏が手がけた最新のパフォーマンス「Emergent Rhythm」。音響合成と画像生成をリアルタイムで行うAIモデルを複数稼働。アーティストとのインスタラクションによって、その場でリズムやメロディーが生成され、独特な音楽的・視覚的表現が展開されていく。
写真提供:徳井直生氏
Profile
徳井直生氏
株式会社Qosmo代表取締役
慶應義塾大学特別招聘准教授
東京大学工学系研究科博士課程修了。工学博士。「アートとテクノロジーを通じて人類の創造性を拡張する」をビジョンに掲げ、主にアートや音楽などのクリエイティブ領域においてAI利活用の可能性を広げる作品・ツールの制作や企業R&D案件を多数手がける。代表作品のAI DJほか、これまでに発表した作品は国際的にも高く評価され、ニューヨークMoMAやロンドンのバービカン・センターなどで展示された。2021年1月、これまでの活動にもとづいて、AI技術と人間の関係性の未来像を提示した『創るためのAI 機械と創造性のはてしない物語』(ビー・エヌ・エヌ)を出版し、2021年度大川出版賞を受賞。アーティスト・研究者・DJとして技術と創造性の交わる幅広い世界で活動を続ける。