馬田隆明氏
東京大学産学協創推進本部
FoundX ディレクター
日本マイクロソフトを経て、2016年から東京大学で本郷テックガレージの立ち上げと運営を行い、2019年からFoundXディレクターとしてスタートアップの支援とアントレプレナーシップ教育に従事する。スタートアップ向けのスライド、ブログなどで情報提供を行っている。著書に『逆説のスタートアップ思考』(中央公論新社)『成功する起業家は居場所を選ぶ』(日経BP)『未来を実装する』『解像度を上げる』(英治出版)など。
世の中が大きく変化する時代においては、問題を発見するだけでなく、提起する力が求められる。問題を提起するには、まずは「あるべき姿」を思い描かなければならない。理想(インパクト)を描き、現実とのギャップから問題を提起し、社会に実装していく考え方「インパクト思考」について、東京大学産学協創推進本部FoundXディレクターの馬田隆明氏の解説を聞く。
企業では未来を切り拓くためのイノベーションが求められている。今日のような成熟社会においては、「『問題を発見する力』から一歩進んで、『問題を提起する力』が重要だ」と馬田隆明氏は説明する。
ここでいう問題とは、理想と現状とのギャップのことだ。自分が到達したいと考える「理想」がなければ、問題を発見することはできない。そこで馬田氏は今必要な力として、長期的な視点で理想を描き、そのギャップから問題を提起する考え方「インパクト思考」を提唱している。
インパクト思考には、4つの原則がある(図1参照)。
1
インパクト
(目的地・理想)
「あるべき姿」を思い描き、現状とのギャップから課題を提起する。長期的視野で大胆に思い描くことがポイント。目的地は決め打ちせず、関係者とともに柔軟に調整していく。
2
リスク
想定されるマイナス要素を洗い出し、緩和や回避の処置を考える。物理的なリスクだけでなく、倫理の側面からも考える。SFのシナリオを書くように、未来を想定してみよう。
3
ガバナンス
(統治)
法律、社会規範、市場、アーキテクチャによって構成されるもの。秩序をつくり、統治する。社会実装のため、現状の仕組みや制度を変えたり、新たにつくったりすること。
4
センス
メイキング
関わる人の納得感を得る。価値観を共有し、腹落ちしてもらう。プロトタイプを見せたり、ワークショップを開催したりするなど、関係者と価値観を共有する場をつくろう。
理想とするインパクトに至るために必要な4つの要素。大きな課題を描きながら、小さく始めて試行錯誤し、整合性を取っていこう。
インパクトは、理想の未来を提示すること。つまり、目的地を定めることだ。理想がなければ課題は見えず、周囲の人を巻き込むこともできない。インパクトの概念は、人への影響を超えた、長期的で広範囲におよぶ変化を指す。山登りをしている途中で他の山の山頂が見えてくることがあるように、インパクトは最初から決め打ちせず、進みながら関係者とともに調整していけばよい。とはいえ、大きな方向性は大事になる。海の方に向かって進みながら、大きな山に登ることはできないからだ。
インパクトを設定する際にはヒントとなる考え方が4つある。1つ目は、関係者とともに頻繁に話すこと。インパクトは設定そのものがゴールではない。設定して終わりにならないため、設計段階から運用も意識して、定例ミーティングで進捗を話すなど、オペレーションに組み込むことが大切だ。
2つ目が、大きな志を持つこと。達成は難しくとも、不可能ではないレベルのインパクトを設定することが大事だ。
3つ目が、特定する、つまり数値目標や計測の方法を明確にすること。これを曖昧にしていては、達成したかどうかがわからなくなってしまう。
最後に、透明性。現状について透明性を持って関係者と共有することで、現在の活動が最終的なインパクトにつながっていることを示すことができる。
これらの道筋を示すためには、ロジックモデルを使って流れを整理するとよい(図2 参照)。ロジックモデルはまずは仮説とし、事業開発を進めていくなかで修正を繰り返していくことで、1つひとつの項目の解像度を高めていく。そうすることで、関係者を巻き込む力を強固にしていける。
ロジックモデルを使うことで、事業の目指すインパクトやミッションから日々の活動の位置づけや今期の目標を整理できる。
インパクトが定まったら、その目的地に向かって社会実装を進めていくなかで、リスクを特定する。
「自動車の発明によって移動が便利になりましたが、一方で事故が起こるリスクも生まれました。あるいはAIの発達によって人の仕事が奪われるのではという議論もあります。こういったリスクや倫理的な側面から、起こり得る悪い影響を予測し、緩和や回避のための処置をしていくことが必要です」
リスクを想定するために、理想が実現された社会で何が起こるのか、シナリオを書いてみると、より未来を想像しやすくなる。
法律、社会規範、市場、アーキテクチャの4つによって構成されるもの。プラス要素を増やし、うまく社会実装できる仕組みをつくることであり、秩序をつくることともいえる。
最後が、関わる人に現状と理想のギャップに納得してもらうプロセスだ。センスメイキングの方法としては、例えばプロトタイプを見せて納得を得るのも1つの方法であるし、参加型のワークショップで一緒に考えるプロセスを踏むのもおすすめだ。考え方は人によってさまざまなので、その人に合った方法を考え、納得感を得てもらうことが大事になる。
インパクト思考の4原則によって成功した事例として、ある自治体で「見守りカメラ」を導入した事例を紹介しよう。この自治体ではまず現状として「犯罪率は低くはない」という共通認識があった。そこで「子どもの安全を守る」というインパクトを設定した。リスクとしては、住民から個人情報の保護に対する不安などが挙がった。ガバナンスに対しては、見守りカメラが悪用されないように条例を制定した。そして、地域の人たちの声を聞くため、町内会を中心としたオープンミーティングを10回以上実施し、市長も参加して本気度を見せたことで、住民たちの腹落ち(センスメイキング)を得ることに成功した。
インパクト思考を身につけるために日々できることは、「自分なりの仮説を持つことです」と馬田氏はいう。仮説の段階では正答率は求めず、大胆すぎると思っても、影響度の大きさを重視して考えてみることが大事だ。
「仮説は何かしらの問いに対する答えであることが多いので、人類レベルや宇宙レベルの大きな問いを持ってみてもよいでしょう。問いを持つことで、あるべき姿を描けるようになります」
手元にあるものから何ができるかと考えるのではなく、制約条件を取り払って考えてみることが思考の訓練になる。
長期的視野で物事を考えることも有効だ。「おすすめは、150年、200年レベルの長期スパンで考えることです。例えば、30年後の理想を描いても、そこがゴールではないはずです。30年後の成功を目指す場合、100年先を考えていた方が実現可能性が高くなります。インパクト思考を身につけ、ぜひ未来を切り拓いてほしいと思います」
馬田隆明氏
東京大学産学協創推進本部
FoundX ディレクター
日本マイクロソフトを経て、2016年から東京大学で本郷テックガレージの立ち上げと運営を行い、2019年からFoundXディレクターとしてスタートアップの支援とアントレプレナーシップ教育に従事する。スタートアップ向けのスライド、ブログなどで情報提供を行っている。著書に『逆説のスタートアップ思考』(中央公論新社)『成功する起業家は居場所を選ぶ』(日経BP)『未来を実装する』『解像度を上げる』(英治出版)など。