正頭英和氏
立命館小学校 教諭
学校法人立命館 起業・事業化推進室
教育プロデューサー
関西外国語大学外国語学部卒業、関西大学大学院修了(外国語教育学修士)。京都市公立中学校、立命館中学校・高等学校を経て現職。Minecraftを活用した授業が認められ、2019年のGlobalTeacher Prizeにおいて、世界150カ国以上、3万人のエントリーの中から、日本人小学校教員初となるTop10に選出。著書に『世界トップティーチャーが教える子どもの未来が変わる英語の教科書』(講談社)など。
未来人財に必要なスキルを考えるうえで外せないのが子どもたちの教育だ。2022年5月に経済産業省が公表した「未来人材ビジョン」でも学校教育に言及し、社会システムを見直す方向性の一つとして「好きなことに夢中になれる教育への転換」を掲げている。
未来を担う人財に育むべきものとは何か。そのためには、どんな教育が求められるのか。
先進的なICT教育で国際的にも高い評価を受けている立命館小学校教諭の正頭英和氏に、α(アルファ)世代の特性と、求められる教育について話を聞いた。
α世代とは一般に2010年以降に生まれた世代を指し、20代を中心としたZ世代に次いで将来の消費動向を左右する存在として、企業から関心が寄せられている。小学校教諭として、まさにこの世代と日々接している正頭英和氏は、2019年、教育界のノーベル賞ともいわれ、世界的に権威のある「グローバルティーチャー賞」のトップ10に選出された経歴を持つ。Minecraft(マインクラフト)というゲームを活用した授業が評価の対象となった。
Minecraftは、コンピューター上でブロックを使って建物や街づくりを楽しむゲームだ。正頭氏の授業では、京都の街の特性や歴史、建築の知識などを調べ、Minecraftでつくり上げる。班ごとに話し合いながら作業を行うのだが、その際、英語しか使えないようにすることで英語力の向上を促す。
教育界には、エデュケーション(教育)とエンターテイメント(遊び)を組み合わせた「エデュテイメント」という造語がある。正頭氏は早くからこのエデュテイメントに着目し、大きな教育効果をあげているが、これはα世代の特性と無縁ではないだろう。
そのα世代の子どもたちの特性を、正頭氏は「モチベーションの足が早い」と表現する。何かに興味を持っても長続きしない傾向があるということだ。
「興味を持って調べてみよう、やってみようと思っても、その行動の賞味期限はせいぜい2、3カ月で、すぐに飽きてまた別の興味に移っていきます。しかし、これは悪いことではありません。何かに興味を持って取り組み、失敗したらまた別の何かに取り組む。そうしたことを繰り返した子どもと、そうでない子どもとでは、社会に出たときの強さも違ってくると思います」
懸念されるのはモチベーションの足が早いことではない。モチベーションにあふれた子どもが減っていることだという。求められるのは、子どもたちの興味・関心を喚起し、モチベーションを高めるような教育だ。それには何が必要か。正頭氏はずばり「体験」だと指摘する(図1参照)。
特徴
さまざまな
体験
効果
興味や関心が移りやすいα世代は、さまざまな体験を通して人として強くなる可能性を秘めているともいえる。また、何かを「やりたい」と思うモチベーションは、体験を通して刺激され、生み出される。
「子どもたちに『自由に何をしてもいいとしたら、何がしたい?』と聞くと、8割ぐらいの子どもが『特に何もやりたいことはない』と答える印象があります。逆にいえば、2割の子どもはやりたいことを持っているわけです。そこに注目しました。なぜそれをやりたいのか理由を聞いてみると、『前にこれをやって楽しかったから』『誰かがこれをやっていて面白そうだったから』といった答えでした。子どもたちの『やりたい』はゼロから生まれるものではなく、いろいろな体験から生み出されてくるのです」
実際、Minecraftによるバーチャルな街づくり体験をきっかけに、子どもたちは本物の建物づくりや素材づくりにまで興味を広げ、立命館大学建築学の先生の指導の下でモルタルを練る作業まで体験したという。画面上で建物をつくって終わり、ではないのだ。
これまでの教室は知識を伝える場だったが、これからの教室は体験を、それも多様な体験を提供する場でなければならないと正頭氏は言う。
例えば、ある授業で「宇宙」をテーマに何らかの体験に落とし込んだら、次回は「水」をテーマに展開してみる。とりとめのないように思えるが、宇宙に興味が持てなかった子どもも、水には興味が持てるかもしれない。
「何が、どのようなタイミングで興味・関心を引き起こすかわかりません。しかも、モチベーションの足は早い。次々と、いろいろなものに触れる機会を提供していくことが大事です」
このようなことを意識して授業を行った結果、わかったことがあるという。それは、子どもたちが前向きに行動するうえでの感情は「調べたい」「つくりたい」「試したい」の3つに集約されるということだ。この3つの活動を組み込んで授業を設計していけば、モチベーションを高めることができる。
「『やってみよう』だけでは子どもたちは動きません。もう一段明確に、『調べてみよう』『つくってみよう』『試してみよう』という言葉がけをすると、行動に結びつきやすくなります。そしてこれはα世代だけではなく、より広い範囲の世代においても当てはまるのではないかと感じています」
教育現場でグループワークの大切さが認識され、企業でチームビルディングの重要性が叫ばれるようになって久しい。グループで協働して何かをつくり上げることの重要性は変わりない。だがAIの登場によって、今までグループで力を合わせなくては解けなかった問題でも、これからは「個人とAI」の力で解けるケースもあるだろう。
「AIの力を使えば1人でも解ける。そうであれば、仮に10人いたら10個の問題が解けます。みんなで1つの問題を解くのではなく、それぞれが問題を探して解いたほうがたくさんの問題を解決できる(図2参照)。そんな時代に差し掛かっていると思います」
従来チームを組んで解決に当たっていた課題も、AIを使うことで1人で解決できるケースも。個々人がそれぞれに関心のある課題を解決することで、多くの社会課題を解決できる時代になっていく。
検索さえすれば、わからないことが瞬時にわかる現代。問題を解決する力よりも問題を発見する力、問いを立てる力がより重要だといわれるが、その問題発見力もまた、体験から生まれると正頭氏は指摘する。Minecraftを使ってコンピューター上で建物を建てる体験をした子どもたちには、次に「この建物を実際につくれないだろうか」という問いが生じるという。「この建物を実際につくりたい」というモチベーションといってもいいだろう。まさに「体験から好奇心に火がつき、新しい問題を見つけ、解決しようという学びにつながっている」(正頭氏)わけだ。
個人がそれぞれ多様な体験、興味・関心を持てば持つほど、それだけ多くの問題を発見、解決できる。そうなれば、個人の興味・関心はより尊重されるものになるだろう。現代は、共感が求められる時代だが、これからは個が重視されるようになるという。個の「やりたい」を活用し、「調べたい」「つくりたい」「試したい」という気持ちをかき立てる。ビジネスの場でも、そうした方向性が出てくるかもしれない。
「例えばリスキリングにしても、学ぶメリットがあるかないか、昇進・昇給に役立つか否かといった視点から、学びの対象を選択しているケースが多いように感じます。ですが、自分が好きか嫌いかで決めるほうが、結果的に身につくと思います。未来がどう変わるか、必要な力がどう変わっていくか、誰にもわかりません。でも、自分の“好き”という気持ちをベースにして、体験を積み重ねていけば、どのような時代が来ようとも生き抜ける力を養うことができるのではないでしょうか」
正頭英和氏
立命館小学校 教諭
学校法人立命館 起業・事業化推進室
教育プロデューサー
関西外国語大学外国語学部卒業、関西大学大学院修了(外国語教育学修士)。京都市公立中学校、立命館中学校・高等学校を経て現職。Minecraftを活用した授業が認められ、2019年のGlobalTeacher Prizeにおいて、世界150カ国以上、3万人のエントリーの中から、日本人小学校教員初となるTop10に選出。著書に『世界トップティーチャーが教える子どもの未来が変わる英語の教科書』(講談社)など。