三宮真智子氏
大阪大学名誉教授
鳴門教育大学名誉教授
大阪大学人間科学部卒業後、同大学大学院人間科学研究科博士前期・後期課程を終え、1985年学術博士。鳴門教育大学助手・講師・助教授・教授、大阪大学教授を経て現在に至る。専門は、認知心理学、教育心理学。著書に『メタ認知』(中公新新書ラクレ)、『メタ認知で〈学ぶ力〉を高める』(北大路書房)など。
変化の激しい現代では、膨大な情報のなかから正しい情報を選び、適切な行動をとることが一人ひとりに求められる。そこで今、重要視されているのが「メタ認知」だ。
本格的なAI時代を迎え、今後ビジネスパーソンが身につけるべきものとして注目されている。「メタ認知」とはどのようなものなのか、リスキリングにはどう生かせるのか。認知心理学の専門家で、大阪大学および鳴門教育大学名誉教授の三宮真智子氏に聞いた。
学習効果を向上させる手法として注目されてきた「メタ認知」。だが最近では、メタ認知そのものが変わりゆく現代においての重要スキルとして考えられるようになっている。これに関して、三宮氏は次のように話す。
「先の予測が困難な今、今まで学んできたことや常識が通用しないこともあるでしょう。そこで、これまでの知識や経験が生かせるのかどうか、一段上から眺めて問い直す必要が出てきました。そのため、自分を俯瞰し客観視するためのスキルとして、メタ認知が重要視されるようになったのです」
さらにChatGPTなど生成AIの登場によって、メタ認知の必要性はより高まっているという。三宮氏は「人間の情報処理能力には限界があるので、できるだけ小さい認知的負荷で大きな成果につなげられるという点で、生成AIは人間の認知的経済性を高めるツール」と言いつつも、必ずしも生成AIの情報が正確ではないことに関して、「人間は流ちょうな言葉で説明されると信じやすいという、認知的な傾向や弱点がある」と警鐘を鳴らす。また、人がAIに依存してしまうことで、人間の思考力が弱まってしまう懸念もあると指摘する。
「便利だからと安易に依存するのではなく、一度自分の頭で考え、主体的に活用する姿勢が求められます。そのためには、人間の認知特性、とりわけ認知の弱点を理解しておく、つまりメタ認知を働かせることが大切なのです」
「メタ認知」の「メタ」とは「高次の」「上位の」という意味だ。「メタ認知」とは、「見る、聞く、話す、読む、覚える、理解する、考えるといった認知活動をもう一段上から客観的に捉えること」を意味する。
メタ認知は「メタ認知的知識」と「メタ認知的活動」の2つに分かれる(図1参照)。メタ認知的知識とは、「人間の記憶は完ぺきではない」「人の話を忘れないようにするにはメモを取るとよい」といった、人間の認知特性に関する知識とのこと。一方メタ認知的活動とは、「何かピンとこない」「見方を変えてみよう」といった、自分の認知をモニタリングしたり、コントロールしたりする活動のことを指す。
メタ認知的活動は、メタ認知的知識に基づいて行われるため、メタ認知的知識を豊富に持つことが重要だ。
「メタ認知的活動は、メタ認知的知識に基づいて行われます。したがって、メタ認知的知識を豊富に持っていると、より適切にメタ認知的活動を行いやすくなります」
では基盤となるメタ認知的知識を獲得するにはどうすればいいのか。一つは「他の人から教わる」という方法だ。
「歴史年表を覚えるための語呂合わせを学校で習ったことがあると思いますが、これは記憶方略についてのメタ認識的知識を他者から教えてもらう例です。本から知識を得るというのも、他者から教わる方法の一つです」
自分の経験から導き出す方法もある。自分の経験を振り返ることで、自分の認知上の特性や、自分にとって効果的な学習方略などについて気づきが生まれる。例えば「私の場合はこうするとよく覚えられる」といった気づきは、それ自体がメタ認知的知識だ。
メタ認知は、その学習効果が注目されることが多い。三宮氏も「学習効果を高めるには、学習方法を見直したり、工夫したり、自分用にカスタマイズしたりすることが重要。そこで、メタ認知が大きな力になる」と指摘する。
ポイントは、自分の学習特性をよく理解したうえで、「学習方略」をうまく使うことだという。学習方略とは学習効果を高めるための工夫や手だてのこと。「自己調整学習」を考える際にも重要になるという。自己調整学習とは、学習者が自分自身の学習のあり方を調整しながら、能動的に、そして主体的に目標達成に向かう学習のことだ。
「自己調整学習は、大人が学び直しをする場合にはとりわけ重要になります。仕事を抱えながらモチベーションを維持し、学習の時間を捻出する必要があるからです。その自己調整学習を支えているのが学習方略です」
三宮氏によると、学習方略は①認知に関わる方略、②動機づけ・感情に関わる方略、③行動に関わる方略の3種類に分けられるという(図2参照)。
①認知に関わる方略 | 学習における理解や定着などに関わるもの |
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②動機づけ・感情に関わる方略 | 意欲向上、感情安定などに関わるもの |
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③行動に関わる方略 | 学習行動の改善につながるもの |
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「認知に関わる方略」は、学習における理解や定着などに関わる方略。例えば「人に教えることは自分のためにもよい」というものがある。人に教えることは自分の理解を整理することになるからだ。また、うまく説明できない場合は、そこが理解不十分な箇所だと知ることができる。
「動機づけ・感情に関わる方略」は、学ぶ意欲を高めたり、学びに向かう感情を整えたりするための方略だ。動機づけの方略では、「目標設定は高すぎず低すぎず、ちょうどよいレベルに設定するとよい」というものがある。目標を最適なレベルで設定したときが、最もモチベーションが高まるのだ。
感情に関わる方略では、「怒りの感情に支配されているときには、思いきり頭を使ったり、身体を動かしたりするとよい」というものがある。
「人間の認知資源は限られているため、あることに没頭すると他のことを忘れてしまいます。何かに腹を立てていても、他のことに全力で集中することで怒りを和らげることができます」
「行動に関わる方略」は、学習行動の改善につながるものだ。学びの行動を可視化する「タスクリストをつくる」のはその一つ。さらに、タスクリストには開始時刻を入れておくとよいという。「その時刻になると自然と机に向かうようになり、学びの習慣形成ができやすくなる」(三宮氏)からだ。
「学習方略についてのメタ認知的知識をたくさん集め、自分に合うようカスタマイズすれば、確実に学習効率は上がります。方略の原理を知り、自分自身を知ることが重要になります」
学習効果を高める以外にもメタ認知が役に立つ場面は多い。その一つが、気持ちを安定させる効果だ。例えば大事なプレゼンに失敗し、上司から注意を受け、気持ちがふさいでいるケース。
「失敗したから、もうだめだ」と決めつけず、少し解釈を変えてみるとよい。例えば、「準備不足のまま本番に臨むと失敗することがよくわかった。この経験を次に生かそう」と前向きに捉えてみてはどうだろうか。「ネガティブな感情にとらわれているときこそ冷静にメタ認知を働かせ、本当に自分を嫌な気持ちにさせている解釈を見極めることが大事」(三宮氏)なのだ。
また、良い人間関係を築くうえでも効果があるという。
「良い人間関係を築くには、まず互いに信頼できる間柄になることですが、そのきっかけとなるのは共感です。メタ認知を働かせれば、相手の状況を理解し、相手の感情を推測することができます。それを共感という形で他者に伝えるのです。意欲的に仕事ができるかどうかは、人間関係に大きく左右されます。こうした点でも、メタ認知は非常に重要なのです」
三宮真智子氏
大阪大学名誉教授
鳴門教育大学名誉教授
大阪大学人間科学部卒業後、同大学大学院人間科学研究科博士前期・後期課程を終え、1985年学術博士。鳴門教育大学助手・講師・助教授・教授、大阪大学教授を経て現在に至る。専門は、認知心理学、教育心理学。著書に『メタ認知』(中公新新書ラクレ)、『メタ認知で〈学ぶ力〉を高める』(北大路書房)など。