多様性(Diversity)と包括性(Inclusion)に、公正性(Equity)を加えた「DE&I」を推進する企業が日本でも増えている。新たな価値創造を実現するには、多様な人財がそれぞれの資質・能力を最大限に発揮できる環境の整備や企業カルチャーの醸成が欠かせない。
日本企業にとって求められるDE&Iのあり方について、青山学院大学 地球社会共生学部 学部長で、企業のDE&I施策に関するコンサルティングも手がける松永エリック・匡史氏に語っていただいた。
多様化する価値観への理解が
企業の成長性を左右する
――「DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)」の取り組みへの注目度が高まっています。企業のダイバーシティ施策にはどのような変化が起こっているのでしょうか。
これまでのダイバーシティは、企業にとってCSR(企業の社会的責任)の一環だと考えられていました。多くの企業は、「面倒だけど、社会的な責任として求められているから取り組む」というニュアンスで捉えていたのが実態であったと思います。
しかし最近は、事業活動を通じてさまざまな社会課題を解決していくCSV(共有価値の創造)経営が、強く求められるようになりました。社会課題に根ざした新たな価値創造ができない企業は、生き残れない時代になりつつあります。
この文脈で、テスラ創業者のイーロン・マスク氏のような起業家が登場してきたのは象徴的だと思います。彼は石油依存社会からの脱却を目指し、電気自動車の開発・普及に取り組んできました。さらに、将来的な世界人口の減少に対応するためにヒト型ロボットの開発を表明したり、人工衛星を活用したネットワーク構築など宇宙ビジネスにも取り組んでいます。突拍子もないと思えるほどユニークな発想で社会課題の解決に挑戦し、しかもビジネスとしても大きな成果をあげている。世界中の企業が、このような非連続的な価値創造を競い合う時代になったのです。
価値創造を支えるのは、「人」です。個性に溢れた人財を集めて、専門性や独創性を発揮してもらえるかが、これからの生き残りを左右する。それに気づいたからこそ、ダイバーシティに今まで以上に注力する企業が増えているのだと思います。
――欧米企業と比較して、日本のダイバーシティの現状をどう見ますか。
日本の取り組みは大幅に出遅れているというのが率直な感覚です。欧米企業も最初から進んでいたわけではありません。ESG(環境・社会・企業統治)を重視した企業行動が投資家から強く求められるようになって、その文脈でダイバーシティ施策に少しずつ取り組み、結果的にイノベーション創出にも機能したという感じだと思います。今では多様性を尊重する発想が広く根づいています。欧米企業のボードメンバーの顔ぶれを見ると、年齢・性別・国籍といった側面だけでも多様になっているのがわかります。一方、多くの日本企業では、役員がいまだ均質化しているように感じます。
もう1つ指摘しておきたいのは、働き手の価値観が大きく変化しているのに、日本の経営者がそれに気づいていないことです。従来は、働くことと個人の人生を充実させることを分けて捉えがちでした。しかし最近では、働くことのなかに生きがいを求める人が増えています。若い世代は環境問題をはじめとする社会課題に敏感なうえ、遅くまで残業することをネガティブに捉えない人も珍しくない。私が以前勤めていた会社では「もっと思いっきり仕事がしたい。残業ができないなら、会社を辞めるから個人契約にしてほしい」という若手社員もいました。給与や待遇の良さよりも、自分に生きがいを提供してくれるかどうかで企業を判断する人が増えています。そういった多様化した価値観を経営者やマネジメント層は把握できているでしょうか。これは、企業の今後の成長性を左右するポイントになってくると思います。
エクイティとは特別扱いすることではない
――エクイティ(公正性)が重視されるようになってきました。
現時点で、多くの日本企業の評価制度は公正とはいえません。例えば、日本の管理職に占める女性比率は極めて低く、役員の女性比率に至っては、目も当てられないほどの低さです。これは客観的な基準ではなく、極めて属人的な基準で人事評価をしていることが原因です。
私のキャリアは日本企業から始まったのですが、入社当時から感じたのは、女性たちが優秀だということでした。ところが入社後2~3年経つと、結婚を機に退職したり、キャリア形成を見直す人が出てくる。代わって力をつけていくのは、男性社員たちでした。これは、「女性はいずれ辞めてしまうから」といった判断が働いて、チャンスを平等に与えられなかったことが大きいと思います。会社を辞めていく社員は男性にもたくさんいるのですから、これはフェアではないですよね。属人的な感覚が評価に入りすぎてしまっているのです。
一方で、女性の比率を高めようと、単なる数合わせで管理職や役員に女性社員を登用するやり方は、フェアではなく、私は反対です。客観的な基準を取り入れて評価すれば、結果的に女性の割合は高まるはずです。
優秀な人を発掘して、活躍させたいと本気で考えるなら、企業は人事評価にもっと力を入れることが重要です。基準は企業によって違うはずで、それこそ百社百色。戦力を左右する重要な要素ですから、自社ならではの評価制度の構築にぜひこだわってほしいですね。
客観性のある人事評価を実践していくうえでは、IT(情報技術)が大いに貢献すると考えています。AI(人工知能)には先入観や偏見はありませんから、あらかじめ決められた評価軸に従って、極めて公正な評価をするはずです。評価制度自体も大切ですが、それを基に人事系ITシステムが数万人もの社員を公正に評価して見える化するようになれば、評価に対する考え方全体が大きく変わるでしょう。その意味で、人事系ITシステムの進化と普及には非常に期待しています。
――エクイティという言葉には、「個々の違いを考慮して機会を公平にする」といった意味合いもありますね。
そうですね。例えば女性の生理・妊娠・出産などに関わる期間にも仕事を続けてもらうためには、一定の配慮が必要です。そこで、生理休暇などを取り入れていく考え方を「エクイティ」と呼んでいますが、注意したいのは、企業側が女性に同情して便宜を図るといった話ではないということです。体調などに配慮して仕事を分担することは、決して特別な措置ではありません。性別に関係なく、職場が当たり前に取り入れるべきものです。
私の学部にも現在、小さなお子さんのいる助教授がいますが、とても優秀で貴重な存在なので、育児を理由にキャリアを中断してほしくない。だからわれわれは、できるかぎり彼女に合わせて仕事のフローを設計しています。その結果、彼女は引き続き高いパフォーマンスを出しています。優秀な人財に活躍し続けてもらうために、企業側が用意するのがエクイティなのです。
――多様な能力を発揮してもらいイノベーション創出に結びつけるために、企業には何が求められるでしょうか。
日本の大企業の方々と話していて感じるのは、イノベーションの種となるアイデアは、すでに企業内にたくさんあるということです。若手社員はもちろん、ベテラン社員も深く話すと素晴らしいアイデアが頭に浮かんでいるのです。なぜそれが世に出てこないのかといえば、社内で潰してしまっているから。リスクを避けたいという考えが先行し、過去の実績や事例を求めてしまうからです。
しかしイノベーションとは、ソニーのウォークマンやアップルのiPhoneのように、まだ世の中にないものを生み出すことですから、過去の実績からは判断できません。「これが実現することを想像したら、なんだかワクワクするね」とか「自分たちがやらなければという使命感が湧いてくるね」とか、そういう感覚から生まれてくるものです。イノベーション創出には、人財の多様性はもちろん、そこから生まれたユニークなアイデアを許容する企業カルチャーや、それを実現する柔軟なプロセスを構築しておくことが大事だと思います。
そのためにも日本企業に求められるのは、まず経営トップ自身がイノベーターになることです。経営トップが主導しないとイノベーションはなかなか生まれない。その次に、個々の社員がイノベーションを生み出していくフェーズに移っていく。私が企業のイノベーション創出を支援する場合、できるだけイノベーションの部隊を経営トップ直属の部門にしてもらうようにしています。既存の事業部と同じ位置づけにしてしまうと、四半期ごとの目標達成などを求められてしまうので、どうしても従来の枠組みにとらわれないような挑戦がしにくいからです。このように経営トップと個々の社員が共にイノベーション創出に挑戦していくようになれば、次第に組織のあり方や評価制度も変わっていくはずです。
「理解」ではなく
「共感」「受容」を意識する
――松永先生は、幼少期を海外で過ごされたり、プロミュージシャンとして活動されたりするなど、多彩な経歴をお持ちです。その経験は自身の多様性の考え方にどんな影響を与えたのでしょうか。
ダイバーシティの考え方に最も強い影響を与えたのは、幼少期を過ごした南米ドミニカ共和国でのマイノリティとしての経験でした。当時はアジア系へのヘイトが日常的にあり、理不尽な思いをしました。人種が違うだけでどうして仲良くできないのだろうかと、強烈に感じました。
もう1つの貴重な経験は、社会人として米国で働いていたとき、「マイノリティって強いんだな」と気づいたことでした。欧米企業で働くアジア人のなかには、自ら欧米人化しようと頑張る人もいますが、いくらネイティブっぽい英語を喋れたとしても実はそれ自体に価値はないのです。他方で、欧米企業はアジア進出するために、アジアのカルチャーを深く知っている人財を求めています。そういう情報を欧米向けにきちんと変換して提供できると、マイノリティは一気に高付加価値人財になるのです。この気づきも非常に大きかったです。「逆境こそ生きるバネ」というか、弱みは強みに転換できる。弱みも大切な特徴ですから。これは日本企業がグローバル市場を目指す場合にも重要な視点だと思います。
――「DE&I」を推進していくうえで、個人に必要となる心構えについてお聞かせください。
多様性に向き合っていくうえで、ぜひ「理解」ではなく「共感」を大事にしてほしいです。例えば、私が大学で受け持っている学生たちは、Z世代に当たります。私もそれなりにイノベーションの最前線をリードしてきた人間だと思っているのですけれど、彼らの考えや着想がもう非連続すぎて理解できないことがあります。でも「なるほど。そんな風に考えるのか」と、自分にとって大きな学びになっています。そんな風に、理解できないことを共に認め合うことが共感だと私は思っています。
われわれ人間は、理解することが大事だと思いがちですが、なかなか理解できないことが世の中にはたくさんあります。LGBTQ+に関することも、“理解しなければ”と向き合うのではなく共感し受け入れることが大切です。理解できない価値観を持っているからと相手を攻撃するのではなく、共感力を高めて、お互いが受容することができれば、良い社会になるはずです。もちろん、組織も同様です。DE&Iの取り組みが、そういうきっかけになったらいいなと考えています。
Profile
松永 エリック・匡史氏
青山学院大学 地球社会共生学部 学部長 教授/音楽家
青山学院大学大学院 国際政治経済学研究科 修士課程修了。
幼少期をドミニカ共和国や米ニューヨークなどで過ごし、15歳からプロミュージシャンとして活動。バークリー音楽院出身のアーティストとしての感性を生かし、アクセンチュア、野村総合研究所、日本アイ・ビー・エムでデジタル領域のコンサルタントとして活躍後、デロイトトーマツ コンサルティング メディアセクターAPAC統括パートナー、PwCコンサルティング デジタルサービス日本統括パートナーとして、デジタル事業を立ち上げた。2018年にONE NATIONDigital & Mediaを立ち上げ、大手企業を中心にDXのコンサルティングを行う。2019年、青山学院大学 地球社会共生学部教授に就任。2023年4月より現職。