誰もが無意識に持っている思い込みや物事の見方の歪みを「アンコンシャス・バイアス」という。例えば「若手は未熟だ」「高齢者はITが苦手」「育児は母親がするもの」などのように、短絡的に物事を紐づけたりステレオタイプ的な見方をすることでバイアスが生まれてしまう。このようなバイアスがある組織や企業では多様な人財が活躍できず、離職率の増加やハラスメント、メンタルダウンにもつながりかねない。なぜアンコンシャス・バイアスが生まれるのか、そのメカニズムやアンコンシャス・バイアスを取り除くトレーニング方法について荒金雅子氏に聞いた。
目次
無意識の思い込みによって物事の捉え方に歪みが生じる
アンコンシャス・バイアスとは
労働力人口が減少し、女性や障がい者、外国人など組織に多様な人財が増えてきた。その多様性を生かすために日本でも注目を集めているのが「アンコンシャス・バイアス」だ。荒金雅子氏は、「アンコンシャス・バイアスとは、自分自身が気づいていない物事の見方や捉え方の歪みや偏り」だと説明する。例えば、「消防士」と聞くと多くの人が体格の良い男性をイメージし、「モデル」というと長身で細身の人をイメージする。
「実際には消防士にもモデルにもさまざまな人がいます。自分たちの脳が見たいように物事を見て、見たことを事実だと思い込んだり、『自分の解釈は正しい』とその考えにとらわれたりしてしまう。それによって物事の捉え方の歪みや偏りが生じてくるのです」(荒金氏)
アンコンシャス・バイアスは「高速思考」と呼ばれ、物事を瞬時に判断する際には効率的で非常に役に立つ。一方で、無意識に関連づけた内容がネガティブなメッセージとなって相手にストレスを与えてしまうこともある。
「例えばAさんが3回ミスをしたら、『いつも』ミスをすると思い込んでしまう。3人いると『みんな』と言うのも同じですね。『普通は~』と言うのも、それは自分にとっての常識であって、相手にとってそれが普通かどうかはわかりません」(荒金氏)
これらのアンコンシャス・バイアスはなぜ生まれるのか。荒金氏は3つのポイントを挙げる。
①脳の認知機能
そもそも脳のメカニズムとして、人間は自分の知らないものに対して恐れや不安を抱く性質がある。これはストレスを回避するために備わっている防衛本能だ。ほかにも自分の経験を事実と思い込んだり、考えが近い人に親近感を抱きやすいなど、人間の脳はアンコンシャス・バイアスを生みやすいようにできているといえる。
②習慣や慣習、経験
これまでの経験や慣習によって生まれるパターンもある。「日本人は特に、年齢や性別によるレッテルを貼りやすい傾向がある」と荒金氏は指摘する。例えば、自分の時代には当たり前だった価値観にとらわれ、時代が変わっているのに「昔はこれが当たり前だった」「今の若者は……」といった言い方をしてしまうのはこれに当たる。
③感情スイッチ
劣等感やこだわり、コンプレックスからバイアスが生まれることもある。例えば、自分の出身校に必要以上にコンプレックスを抱いている場合、出身大学を聞かれることがストレスになってしまう。誰もがこの感情スイッチを持っているが、そのスイッチは人それぞれに違う。自分にとっては何気ない一言が相手のスイッチを押してしまう可能性がある。つまり、いつでもどこでも誰にでも起こり得ると思っておいたほうがいい。
ダイバーシティの軽視は早期離職や投資家離れにもつながり、経営にも影響を及ぼす時代に
組織においてアンコンシャス・バイアスがあると、まずは人財の確保において影響が出てくる。日本企業はこれまで新卒一括採用で、男性中心の組織構成により成長を遂げてきた。しかし、今は多様な人財を採用するようになった。その状況で、例えば「外国人はすぐに辞める」といったアンコンシャス・バイアスを持っていると、優秀な人財を定着させることができなくなる。
若手社員に対しても同様だ。
「新入社員の3割が3年以内に辞めるといわれて久しいですが、その傾向はますます強くなっています。若手社員が辞める理由は、企業が若手社員のモチベーションや価値観を理解していないためです。
若手社員のモチベーションの上位は社会貢献や成長・学習にあるのに、『給料やポジションを上げれば喜ぶだろう』と短絡的に思い込んでいると、結果として離職やモチベ―ションダウンにつながることもあります。『仕事を任せてもらえる・自律』はモチベーションの一因ではありますが、仕事を与えた後に放置し、ケアをしない、相談できない、といった職場環境ではエンゲージメントを高めることは難しいですよね」(荒金氏)
また、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の取り組みについては、投資家の目も厳しくなっている。ESG投資が重要視されるなか、投資先企業に女性役員の登用を求める傾向が強まっている。あるいはジェンダーに配慮しない広告を出したことで世間から批判を浴び、株価が下落した企業もある。
他方、多様な人財が活躍できず単一化した組織では、イノベーションを起こすことが難しく、結果として業績も上がらなくなってしまう。
荒金氏は、「多様性を無視した経営は企業価値の損失につながります。中長期的な企業価値の向上を図るためにも、アンコンシャス・バイアスをなくすことに取り組む必要があります」と話す。
職場に存在する、さまざまなアンコンシャス・バイアス
図1職場にあるアンコンシャス・バイアス
職場によくある言動・事例 |
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○○大学卒は優秀だ/ ○○大学卒なのに仕事ができない
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育児中の女性には営業は難しいと敬遠する 障がいのある人に任せる仕事は限られる
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根底にあるアンコンシャス・バイアス |
年齢によるステレオタイプ (年下の人を軽く扱う 雰囲気)
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過度な成果主義 (業績が良くない部門は 意見を言うべきではない)
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ステレオタイプ的な見方 慈悲的 (好意的) 差別 (制約のある人には仕事を任せられない)
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出典:株式会社クオリア
自分が働く職場で、上記のようなケースはないだろうか。
多様な人財が働く職場では、さまざまなアンコンシャス・バイアスのパターンがある。その一例を紹介する。
集団同調性バイアス |
例えば、社長の一言で社員がそれに追随してしまうケース。組織の中に長くいると同調傾向が強くなって、異議を申し立てることを自己抑制し、おかしいと思っていても言い出せない状況になる。 |
正常性バイアス |
周囲が危機的状況になっても、自分は大丈夫だと思い込む。「台風が来るから気をつけましょう」と言われても、「うちは50年間来たことがないから大丈夫」と油断して、結果的に被災してしまうこともある。 |
大黒柱バイアス |
「男性は仕事をして家庭を支えるべきである」と考える。「男性なら残業や休日出勤をするのは当たり前である」「夫婦共働きでも、男性は家庭より仕事を優先すべきである」、こんな思い込みに苦しんでいる男性がいる。 |
良妻賢母バイアス |
「家事・育児は女性がすべきである」「育児期間中の女性は重要な仕事を担当すべきではない」「共働きでも子どもの具合が悪くなったら母親が看病すべきだ」といった言葉が女性を抑圧する。 |
慈悲的(好意的)差別 |
「良かれと思って」の配慮が、偏っていたり本人には過剰すぎたりする。育休中、介護中だからと重要な仕事を任せない。若者は優しく育てたほうがいいと甘やかした結果、本人は成長を感じられずに辞めていくなどもこの例だ。 |
周囲のバイアスから成功に不安を感じるマインドが生まれる
多くの企業が女性活躍推進に力を入れているが、「女性を管理職にしたくても、なりたくありませんと言われてしまうんです」という声をよく耳にする。
「そもそも、『管理職になりたいか』という質問をすることが間違いです。男性に同じように聞いても、今は管理職になりたいと答える人はほとんどいないと思います。仕事を通して何を実現したいのか、どんな仕事にやりがいを感じるのか、ありたい姿を聞くべきです。その延長として選択肢の中に管理職が入ってくるのが自然な流れです。管理職は目的でもゴールでもありません」(荒金氏)
女性自身が自分に対するアンコンシャス・バイアスにとらわれることもある。周囲からのバイアスを受け取った結果、十分に能力も経験もあるのに、本人が自分の能力を信じられず、過小評価してしまうのだ。慎重になりすぎたり、消極的になったりする心理状態を「インポスター症候群」という。
荒金氏は、男性でも同様のことがいえると続ける。「『男性は仕事をして家計を支えるべきだ』『共働きでも男性は家庭よりも仕事を優先すべきだ』というようなバイアスを当たり前と思い込んでしまい、結果的に、長時間労働が前提の働き方が常態化してしまったり、過労やストレス過多になったり、育児休業の取得が進まなかったりします」
「好意的な思い込みがアンコンシャス・バイアスにつながる、『慈悲的(好意的)差別』の例も多くみられます。ほとんどの人は相手に聞かずに勝手に思い込んで決めつけています。本人と直接話をして聞いてみることが大切です。状況は人それぞれですから。新婚だから海外赴任は無理だろうと思っていたけれど、聞いてみたら挑戦したいと言われた、という例もあります。妊娠中だから、介護中だからと配慮したり心配するのは良いことですが、それが勝手な配慮になっていることも意外に多いのです」(荒金氏)
沈黙や同調で「支持者」になるのではなく、共感や肯定で「支援者」になることが大切
アンコンシャス・バイアスが起こる現場の登場人物を押さえておこう。
図2アンコンシャス・バイアスの相関図
出典:株式会社クオリア
ここで重要なのが、アンコンシャス・バイアスには行為者と当事者以外に、「傍観者」が存在することだ。この傍観者は、沈黙や笑い、同調といった行為によって行為者を支持する立場の「支持者」になってしまうことがある。一方、共感・肯定・擁護を行うことで「支援者」にもなれる。
「例えば組織のトップが『女性は話が長いから会議が長くなる』と言った場合、リーダーなので周囲はなかなか反論できませんよね。このとき、沈黙したり、笑ったり、『そうですよね』などと同調することで、当事者のストレスはより高くなります。これは共犯者といってもいいでしょう。
その場では反論できなくても、後から『さっきの発言は嫌だったよね』『男性にも話の長い人はいるのに決めつけるのはおかしい』などと共感を示すことはできますよね。支援者になるために特別に行動で示そうとしなくとも、相手に共感を示し当事者に寄り添う姿勢が大事です」(荒金氏)
アンコンシャス・バイアスを無意識に行ってしまう行為者との接し方については、「復唱」「質問」「言い換え」によって相手の気づきを促すことができる(以下の図参照)。
図3発言のどこに問題があるか、復唱、質問、言い換えで、相手の気づきを引き出す
出典:株式会社クオリア
アンコンシャス・バイアスに「気づき」、日常のなかで対処する
組織のアンコンシャス・バイアスを取り除くためには継続したトレーニングが重要になる。トレーニングは「できれば経営層から始めたほうが効果的」と荒金氏。経営層が最も自身のアンコンシャス・バイアスに気づきにくいからだ。
男性社員と女性社員に賃金格差があったり、一般職・総合職のようにいったん職域をわけるとそのまま役割が固定化されたり、能力があっても学歴によって昇給やキャリアに差がついたり、あるいは定年後の再雇用において、職務内容は変わらないのに定年前と比べると賃金が極端に下がる運用になっていたりするなど、制度や仕組みのなかに、バイアスが埋め込まれている場合もある。これは「経営層でなければ改革ができない」と荒金氏は指摘する。
経営層の後、最も組織に対する影響の大きい管理職層、そして一般社員へと続けていく。
トレーニングには「知る」「気づく」「考える」「対処する」という4つのステップがある。
図44つのステップでトレーニングし実践を繰り返す
出典:株式会社クオリア
アンコンシャス・バイアスは無意識なので、意識しない限り取り扱いができない。まずは「知る」「気づく」というステップが重要になる。
意識的・自覚的になるプロセスにおいて、特に「自分がマジョリティの側にいるときほど、そのことを自覚することが大切」と荒金氏は話す。
「マジョリティとは単に数が多いというだけでなく、より力を持っている存在を意味します。マジョリティとマイノリティの非対称性からアンコンシャス・バイアスは生まれやすくなります。誰もが多数派になることがあり、自分が持っている力に気づかないと、自分は普通だと思い込んでしまいます。自分のなかにも優位性があって、無意識に相手を傷つけてしまう可能性があると自覚すると、行動や言動が変わってくるはずです」
次の「考える」ステップでは、自分を俯瞰的に見て「どんな影響があったのだろう」「あの言動は良かっただろうか」と考えてみる。
下記表を参考に、自分の思考のクセを知り語彙力を鍛えるトレーニングを取り入れて、日常のなかで対処していくことが有効だ。できることから取り組んでみよう。
個人でできるアンコンシャス・バイアス対処法
出典:株式会社クオリア
物の見方を15度だけ変えてみると、見えていなかったものが見え始める
アンコンシャス・バイアスに取り組むことは、DE&IのE(=equity)に取り組むことだと荒金氏は言う。
「目に見えて人を区別したり差別したりする人はほとんどいません。でも、実際に公平にその人と向き合っているかというと、無意識な区別や差別というのがどうしても存在してしまう。自分の考えや意識、価値観を180度変える必要はありません。意識のアンテナを立てつつ、15度だけ角度を広げてみてください。そうすると、これまで見えていなかったものや時には見ないふりをしていたことにも気づくようになります。自分の持っているバイアスに目を向け、自分とは違う他者を尊重し、好奇心を持って向き合う。そんなリーダーがいる組織は、きっと心理的安全性の高い風通しの良い組織になるでしょう。アンコンシャス・バイアスに対処することで、組織が活性化し成果につながっていくのです」
Profile
荒金雅子氏
株式会社クオリア 代表取締役/国際ファシリテーターズ協会認定プロフェッショナルファシリテーター(CPF)
Standing in the fire認定(2015年)ダイバーシティスペシャリスト。長年女性の能力開発、キャリア開発、組織開発などのコンサルティングを実践。1996年、米国訪問時にダイバーシティのコンセプトと出合い強く影響を受ける。以降一貫して組織のダイバーシティ推進やワークライフバランスの実現に力を注いでいる。意識や行動変容を促進するプログラムには定評があり、特にアンコンシャス・バイアストレーニングやインクルージョン推進プログラムは高い評価を得ている。内閣府「性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究」調査検討委員会委員も務めた(令和3・4年度)。