働き方 仕事の未来 グローバル 15歳でキャリアを選択。調和を大事にしながら成果を出す―スイスに見る働き方―

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2024.02.22
15歳でキャリアを選択。調和を大事にしながら成果を出す―スイスに見る働き方―

欧州のなかでも独自の文化を持つスイス。賃金や労働生産性が高く、労働市場が安定している一方で、世界一「バーンアウト(燃え尽き症候群)」になる人が多いというデータもある。その背景には、海外の人と競い合う労働環境や、決まった時間内で賃金に見合う成果を求められる厳しさがある。スイスの公共放送メディアSWI swissinfo.chの記者として働く宇田薫さんに、スイスの働き方やキャリア観について聞いた。

コロナ禍で自宅勤務が浸透

――日本ではコロナ禍をきっかけに急速にテレワークが進みました。スイスの状況はいかがですか?

私は今、SWI swissinfo.ch(スイスインフォ)という、スイス公共放送テレビ・ラジオの国際部門で記者をしています。スイス公共放送は国民の受信料等で成り立つ、政府から独立したメディアで、日本のNHKのような組織です。民間企業とは多少違いますが、コロナ前は子育て中などの理由で週1回の自宅勤務を認められる程度で、基本は出社。自宅勤務の基準が厳しかったんです。

2020年のコロナ禍でロックダウンした際に、スイス政府による感染防止のための行動制限措置として「ホームオフィス」義務、日本でいうところのテレワークをしなさいという発令があって、スイス全土で一気に在宅勤務が進みました。当時は私も完全に自宅で働いていました。

国内の感染状況が落ち着くにしたがって「ホームオフィスは推奨」に緩和され、ワクチン接種が進むとこの推奨事項も撤廃されました。ただホームオフィス文化はコロナを機に広く普及しました。私の会社では、今は週2回は出勤、残りは自宅でも働けることになっています。ただコミュニケーションを円滑にするため、会議はできるだけ対面で行うなど、在宅と出社の両方をうまく組み合わせている会社が多い印象です。

スイス・ベルンの街並み(写真:宇田薫さん提供) スイス・ベルンの街並み(写真:宇田薫さん提供)

――日本の状況によく似ていますね。日本ではテレワークが可能になって都心から郊外や地方に移住する人が多くいました。

日本と同じように、スイスでもロックダウンが始まった2020年3月から地方に移住する人が増えて、地方の住宅の価格が上昇しました。

スイスの場合は、山間部に別荘として山小屋を持っている人が多く、コロナ禍で山小屋に籠る人も多かったですね。オンラインでミーティングをすると背景に真っ白の雪山が映っていて、「昼休みにスキーして来る」と(笑)。みんなわりとホームオフィスの働き方を楽しんでいたと思います。

――日本では、新卒一括採用が基本となるメンバーシップ型雇用から、規定した職務内容に基づいて、必要とするスキルや経験のある人財を雇用する欧米型のジョブ型雇用へと移行する動きがみられます。スイスの雇用制度の特徴について教えてください。

スイスには日本の総合職のようなジョブローテーションの制度はありません。ほとんどがポジション別採用です。セールスマネジャーとして雇用されたら、ずっとセールスマネジャーとして働きます。本人が強く希望すれば例外はあるのかもしれませんが、大幅な配置転換はあまり聞きませんね。

スイスも欧米と同じで、自分のスキルや、やりたい仕事ができるかに重点を置いて仕事を選びます。終身雇用制ではないので、2~3年で転職してキャリアアップしていくのが当たり前です。

また、スイスではパートタイムで働く人が多いんです。週5日のフルタイムで働くか労働時間の少ないパートタイムで働くかという意味で、どちらも正社員です。通常、募集広告の時点で企業が提示します。例えば、私の場合は正社員で勤務量70%の契約です。そのため、毎週水曜日と隔週月曜日がお休みです。雇用主の許可が要りますが、別の仕事を掛け持ちしながら働いている人も珍しくないですよ。私も以前は別の会社のニュース翻訳の仕事をしていました。出産や家族の介護などの理由で、勤務量を変更して再契約することは可能です。

――常に自分のスキルを磨き続ける必要がありますね。どのようにリスキリングしているのでしょうか。

デジタルスキルを身につけるために大学に入り直すこともありますし、資格習得など社会人向けの再教育プログラムも整備されています。教育システムはかなり充実していると感じます。
2023年の第二四半期の外国人労働者の統計では、スイスの人口860万人に対して外国人が177万人。労働力人口のうち外国人労働者は約33%を占めます。主にEU諸国から優秀な人がスイスに集まって来るので、スキルアップをしていかなければ職を奪われてしまう危機感は常に持っていると思います。

――仕事におけるスイスの評価基準について教えていただけますか。

日本と似ているのですが、スイスにも和を尊び、チームワークを大事にする文化があります。そのため、業績や生産性だけでなく、チームワークも評価基準になります。意見がぶつかり合う場面でも、自分の意見をただ押し通すだけでなく、相手の意見を尊重しながら打開策を見つけていけるような、調整力や協調性が求められていると感じます。

労働市場の安定と高賃金によって、優秀な人財が海外から集まってくる

――日本は労働生産性の低さが課題になっていますが、スイスは生産性が高いと言われます。日本とスイスの違いをどのように見られていますか?

1つ言えるのは、スイスは失業率が低く(2022年、約2.2%)、さらに豊富な人財が集まってくる環境があります。つまり、労働市場が非常に安定していて、物価が高いので賃金も高い。今、税込みの給与総額の中央値が、男性が8万5300フラン(日本円で約1460万円※2024年1月現在、1スイスフラン171円で換算)、女性が7万3800フラン(約1260万円)くらいです。欧州のなかでも飛び抜けて給与が高く生活水準が高いために、先ほども言ったように世界中から優秀な人がスイスに職を求めて集まってくるんですね。そしてスイスでは労使関係のストライキもほとんどありません。雇用主側にも働く側にも魅力的な労働市場があるために、おのずと生産性が高くなるのではないかと考えられます。

さらにスイスにはドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つの公用語があります。社内の全体的なお知らせのメールも、ドイツ語、フランス語、イタリア語の併記で来ます。スイス人は自分の言語のほかに少なくとももう1つの公用語が話せ、それに加えてたいていの人が英語を話します。私が働いているSWI swissinfo.chでは会議中に英語、フランス語、ドイツ語が同時に飛び交うことが珍しくありません。そういったコミュニケーション能力の高さも生産性に影響しているのではないかと思います。

――生産性向上にITの活用は欠かせないと思いますが、働く環境におけるデジタル化についてはいかがでしょうか?

スイスの1000人ほどを対象にしたデロイトの調査によると、PCを使って働いている人の約6割が日常業務で生成AIを使用しているという結果が出ています。私自身も、記事を書く際のリサーチなどで生成AIを使うことがあります。ただ、生成AIを業務で使う際のガイドラインは定まっていないところが多く、今後の課題になると思います。

生成AI以外にもさまざまなツールを駆使して作業効率化を図っており、デジタル化はかなり進んでいると思います。スイスはスタートアップも多く、国をあげてイノベーション創出をバックアップしているので、新しい技術にはオープンな姿勢があります。

――Adecco Groupの調査によると、「燃え尽き症候群を感じた」人の割合が世界1位でした。この結果を見ての感想をお聞かせいただけますか。

意外な結果ではありましたが、確かにバーンアウト(燃え尽き症候群)になってしまった知人が何人かいます。2022年のジョブストレス指数の調査でも、働いている人の約30%が情緒的な消耗を感じていると答えています。しかも消耗を感じている人の大半が管理職ではなく一般社員でした。

スイスは日本のような残業文化がありません。所定の労働時間できっちり仕事を終わらせて、その後はスポーツをしたり友達や家族と過ごします。公私の区切りがハッキリしているんです。人より長く働くことが評価されるわけではないので、上司より先に帰宅しても何も言われません。その代わりに所定時間で仕事を終わらせなければならないために、みんな集中力高く働いていると言えると思います。昼休みとは別にコーヒー休憩の時間がありますが、仕事中にSNSを見て暇をつぶしている人はいません。

さらに、これも日本人と似ていて、スイスの人はまじめな気質なので約束の時間も納期もきっちり守ります。限られた時間で求められた成果を上げなければならないことにストレスを感じている人が多いのかもしれません。賃金が高い分、自分の代わりになる優秀な人財はいくらでも集まってきます。そのため自分で自分にプレッシャーをかけてしまうことがあるのかなと推測します。

15歳で進路を決める必要がある一方で、充実した教育制度が整備されている

――スイスのキャリア観やキャリア教育について、日本と違う面を教えていただけますか?

大きく違うのが、スイスはキャリアを考える時期が日本よりかなり早いことです。小学生の時から自分のキャリアを考える機会が与えられます。義務教育後(小・中学校)の進路は、総合大学に進学するための普通高校か、職業訓練の2つに分かれます。普通高校に進む人は全体の3分の1しかいません。残りの3分の2は職業訓練の道に進み、金属加工や金融など専門スキルを身につけていきます。職業訓練校で理論を学び、週に3~4日は研修先の企業で働き給与も支払われます。座学・実技を並行する「デュアルシステム(二元制)」と呼ばれています。

普通高校に進んだ人は、卒業後に総合大学に進学します。その後は修士・博士課程まで進む人が多いですね。そのまま研究者として大学に残る人もいますし、一般企業に就職する人もいます。教育にかかる費用は非常に安く、例えば国立のチューリッヒ工科大学の授業料は年間約1500フラン(約25万円)です。

普通高校に進んで学業を極めるか、それとも職業訓練の道に進むか、14歳~15歳の時点で選択を迫られます。普通高校に進むために、小学校の時点で選抜が始まる州もあります。そういう意味では日本より出発点が早いんですね。ただ、一度決めた道でも、途中でコース変更が容易にできます。その点では柔軟性の高いシステムと言えます。20代、30代になってから、高等教育を受けるために大学に入ったりする人もいます。

――15歳で進路を決めるのは大変ですね。小・中学校ではどんなキャリア教育が組み込まれているのですか?

小学校では、年に1回親が働いている職場などを見学する「フューチャーデー」と呼ばれるイベントがあります。またジョブフェアといって、いろいろな企業がブースを出展して会社紹介をするようなイベントも定期的に開催されているので、仕事に関する情報提供の場はかなりきめ細かに設定されている印象があります。

制度が整っていなくても男性は育児に協力的。育休取得率は70%

――宇田さんはスイスの男性育休についても記事を書かれています。日本では2022年から「産後パパ育休」制度が創設されました。スイスの男性育休の状況はいかがですか?

現在スイスの場合、母親は産後14週間の産休を取得でき、父親は2週間の育児休暇を取得できます。2021年以前は、男性育休は実質わずか1日でした。ほかに法定の有給が4週間ほどあるので、育休と合わせて会社に申請して休む男性が多いですね。女性が社会で活躍するための法整備はフランスやドイツなどほかの欧米諸国に比べるとまだ追いついていません。

チューリッヒなど都市部はジェンダー平等の考え方が広がってきていますが、郊外や農村部になるとやはりまだ男性が働き女性が家庭を守るという昔ながらの価値観が強く残っているところがあります。スイスでは幼稚園からが義務教育で、公立であれば費用がかからなくなりますが、保育園料はすごく高いんですよ。子どもが3人以上になると、保育園に預けず仕事を辞めたほうが支出が減るというジレンマに陥ることも……。

ただ、男性は育児に協力的です。子どもが産まれた後、フルタイムから90%の勤務量に減らして週に1回休んで子どもと過ごすという男性も多くいます。

2022年の父親の育休取得率は70%。日本に比べると圧倒的に高いですよね。日本人は「周囲に迷惑をかけてはいけない」という考え方があるのに対し、スイスでは有給は労働者の当然の権利と考えます。その違いが休暇の取りやすさに影響しているのではないかと思います。

Profile

宇田 薫氏

宇田 薫氏

2017年にSWI swissinfo.ch入社。以前は日本の地方紙に10年間勤務し、記者として警察、後に政治を担当。趣味はテニスとバレーボール。専門分野は、政治、司法制度、社会保障、家族政策、高齢化社会。https://www.swissinfo.ch/jpn