働き方 仕事の未来 人財 組織 「真のWant to」から生まれる主体性とは リーダーこそ心の底から望むゴールが重要

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2024.09.10
「真のWant to」から生まれる主体性とは リーダーこそ心の底から望むゴールが重要

リモートワークの浸透などによる職場環境の変化や生成AIをはじめとしたテクノロジーの進化により、ビジネス環境の変化はますます激しくなっている。これまでの常識が一瞬で覆される可能性がある時代に、リーダーはどのように組織の進化を図り、部下をマネジメントしていけばよいのだろうか。
認知科学に基づいたアプローチで、スタートアップから大企業まで、多くの組織開発をサポートし、経営人財をはじめとしたリーダー育成も手掛けるマインドセット代表取締役の李 英俊氏に詳しく聞いた。

「内部モデル」が変われば
人の行動が変わる

テクノロジーの進化により、ビジネスの現場は日々大きく変化し、働き方にもディスラプション(創造的破壊)をもたらしつつある。李 英俊氏は「今後、人が担う仕事として残るのは、相手の立場に立ち、思いやる感情『Compassion(コンパッション)』が必要な業務、かつクリエイティブな業務」と指摘する。裏を返せば、コンパッションやクリエイティブ性が必要ないルーティンワークはAIに代替されていくことになる。リーダーにも、時代に合った組織マネジメントが求められる。

コロナ禍以降、リモートワークが定着したことやコミュニケーションの減少によって組織のエンゲージメントの低下に課題を感じている企業も少なくない。

「これまで“空間的な近接”によるマネジメントに頼っていたリーダーほど、『部下が主体的に動いてくれない』『部下のやる気が足りない』と悩んでいます。会社の方針や業種によって程度の違いはあるものの、今後もリモートでできる仕事はリモートで、という方向に進むことは間違いないでしょう。そのため、会社空間にリーダーが不在でも、成果を出し続けるチームをつくっていくことが重要です」

ここで李氏が注目するのが、認知科学に基づいた情報処理のシステムである「内部モデル」という概念だ。内部モデルとは「ものの見方」のことであり、その人にとっての重要性(ビリーフ=信念、価値観)を決定する脳の仕組みを指す。「人の行動を変えるには、内部モデルを変える必要がある」と李氏は説明する。

例えば、それまでまったく子どもに興味がなかった人でも、自分に子どもが生まれた瞬間に、街で子どもが目に付くようになる。これはその人にとってのビリーフが変わった、つまり内部モデルが変化したからだ。

求められる「社会性」と
より重要度を増す「主体性」

では、どのように内部モデルを変えていけばいいのか。その方法は「真のWant to(やりたいこと)」に基づいたゴールを設定することだと李氏は指摘する。設定された目標が本当に心の奥底からやりたいと思うものでない限り、人はそこに没入することはできないからだ。つまり「主体性」がカギになる。

ここでリーダーが部下に求める「主体性」について理解を深めておきたい。人間が生きていくには「社会性」と「主体性」が存在する。「社会性」とは、例えば、経営者が株主の期待に応える、管理職は部下をマネジメントして成長に導く。そういった外からの評価や期待に応える行動のことだ(図1参照)。

図1人に求められる「社会性」と「主体性」

やるべきこと

社会性

社会や会社など外部からの
期待に応える行動

VUCAの時代では
不確実性が高まる

やりたいこと

主体性

自分の内部にある信念に
基づいて行う行動

イノベーションを
生み出す原動力に

かつては社会や会社からの期待に応える「社会性」が重要視されていたが、VUCAの時代では不確実なものに。これからは「主体性」の重要さが増していく。

一方で、主体性とは、自分の内部にある強い信念を基に、行動することをいう。例えばスポーツチームで、監督がいなくても決められたメニューの練習を選手が自律的に行うのは単なる「自主性」だが、「日本一になる」という強い信念を持ち、自分たちで目標実現のための練習メニューを考え、実行するとしたら、それは「主体性」だ。

社会で働くうえで、社会性と主体性、どちらも必要だ。しかし、「役職が上がるほど社会性にとらわれて、主体性を失っている人が多いのではないか」と李氏は指摘する。

定年まで同じ会社に勤務し、年次によって昇進・昇給してきた時代であれば、社会性だけでも生きていけただろう。しかし、先が見えず、変化の激しい「VUCA」の時代には、社会性だけでは生き残っていけない。「社会性がディスラプトされるのが今の時代であり、これまで社会から求められてきたことが、変わる可能性がある」からだと李氏は言う。

「新型コロナウイルス感染症によるパンデミックや生成AI の登場など、私たちは多くのゲームチェンジを経験しています。信じてきた社会性は、明日崩れるかもしれません。組織が生き残るためには、主体性を持つ社員が必要です。組織を成長に導くイノベーションは、主体性からしか生まれません」

「真のWant to」を掘り起こし
同時にエフィカシーを高める

主体性が大事であることは理解できても、社会性を完全に捨て去ることは難しい。多くの社会的な役割を背負ったなかで、リーダーはどのように部下の主体性を引き出していけばいいのか。

ここで重要になるのが前述した「真のWant to」に基づいたゴール設定だ。真のWant toとは、どれだけ周囲に反対されても、あるいは評価されなくても、無意識に起こしている行動だ。無意識なので、自身も気づいていないことが多い。リーダーから見て「やる気がない」と見える部下であっても、必ず「Want to」を持っている(図2参照)。

図2主体性を高めるために組織のリーダーが行うこと

部下の主体性を高めるために必要なこと

  1. ①部下の「Want to」を見つける
  2. ②組織が掲げるパーパスと、部下の「Want to」の共通項を見定め、ゴールを設定する
  3. ③目標に対する十分なエフィカシー(効力)を、確保する

まずは組織のリーダー自らが実践する

  • ・「Have to」を洗い出し、自分の「Want to」に気づくこと
  • ・「Have to」を捨てる決断をし、捨て方を考えることで実践

部下そして組織の主体性を高めるには、まずリーダー自身が主体性を高めるための行動をし、実践者となることが必要だ。

「会社やクライアントからの要請に応えるための何かではなく、その部下が心からやりたいと感じるWant toは何か、を見つけ出す。それができる人は優れたリーダーだと思います」部下のWant toをリーダーが探るには「事務仕事が上手」「企画が向いている」など、タスクレベルで考えるのではなく、行動ベースで考えることが重要だと李氏は説明する。

「とにかく、部下をしっかり観察することです。見ていれば、楽しそうにしているときと大変そうにしているときが分かるはずです。例えば『来週でいいよ』と伝えたのに、その日のうちにやってしまうような仕事であれば、それは好きなことなのだろうなと察しが付く、といった具合です」

部下のWant toがわかったら、組織が掲げるパーパスと部下のWant toの共通項を見定めていく。当然、組織が目指す未来と、個人が願う未来が完全に一致することはあり得ない。「何か1つだけでいいので、『ここに関しては部下の本音と会社の本音が重なっている』といえるものが見つかりさえすれば大丈夫です」

こうしてWant toに基づいた正しいゴール設定をしたら、もう1つ重要になるのが「目標に対する十分なエフィカシー(効力)を確保する」ことだ。エフィカシーとは、「自分にはそれが達成できる」と思い込めること。実際の能力と完全にひも付いている必要はない。Want toに基づいていれば、できる、できないは関係なく、自然と「やること自体が楽しい」「どうしてもやりたい」となるため、「やれる気しかしない」という“根拠のない自信”が生まれる。これがエフィカシーであり、本人が「できる」と認知することが大事なのだ。

必要なのは調整力とレジリエンス
リーダーは「Have to」を捨てよ

ここまでは部下のWant toの話をしてきたが、「リーダーこそ心の底から望むゴールを設定し、没入していく必要がある」と李氏は話す。多くの経営者や管理職は、「こうしたい」よりも「しなければならない(Have to)」で動いているからだ(図2参照)。

「うちの組織には熱量がないと嘆いているリーダーがいますが、それはリーダー自身にパッションがないからです。Have toにまみれて、自分自身の真の価値観が見えなくなっている。そんなリーダーのもとで働く部下が仕事にパッションを持てるわけがありません」

たとえやりたくない仕事でも、耐えてこなすことで実績を積んできた人は、部下にもそれを強いてしまう傾向がある。しかしこれからの時代、今まで同様に耐えれば成功するかと聞かれたら、それはわからない。今のリーダーに必要なのは忍耐力よりも調整能力、それと機敏に実行し失敗してもすぐに立ち上がるレジリエンスの高さだ。

「リーダーこそが、社会性という責務のなかでどう主体性を打ち出していくかが問われます。その挑戦をし続けてほしい」と李氏は話す。

リーダーがHave toを捨ててWant toに目覚めるにはどうすればいいのか。ステップは2つだ。

  • Have toを洗い出し、真のWant toに気づく
  • Have toを捨てることを決断し、その捨て方を考える

まずは自分がどれだけ「やらなければならない」に縛られているのか、顕在化する。ただ洗い出したあと、どのように捨てるかのプロセスにこだわっていると、いつまでもHave toを手放せない。よって「決断が先、プロセスはあと」というのがポイントだという。すぐにすべてのHave toを捨て去ることはできないにしても、自分のなかに隠れているHave toを発見し「それは自分が心から望んでいることではない」と意識するだけでも、内部モデルの部分的な修正が期待できる。

自分自身のWant toを探索するには、

  • ・得意なこと
  • ・夢中になれること
  • ・繰り返して行っていること

の3つのポイントに注目するとよいという。例えば子ども時代、親から褒められるといった見返りがなくてものめり込んだものを振り返ってみると、そこにヒントがあるかもしれない。まずはリーダー自身が没入できるものを見つけ没入する姿を見せることが、チーム全体の熱量増加につながっていく。

「リーダーは自分のなかの熱さを隠さなくていいのです。熱さを隠したら、主体性はなくなってしまいます」

これからの経営リーダーは新たな価値を創出する

Have toを捨て去るために今後大きな役割を果たしてくれるのが、AIだ。ルーティン作業など多くのHave toを代替してくれるAIは、この先のビジネスにおいてますます欠かせない存在になっていくだろう。しかし、Adecco Groupが世界9カ国2000人の経営層を対象にした調査によれば、日本の経営層の47%が「AIスキルに自信がない」と回答している。

この結果に対して李氏は「新しいものに不安を感じるのは当たり前。わからなければ、勉強するしかない。今の時代、AIを使わない選択肢はないので、とにかく使って慣れること。慣れれば、恐れはなくなるもの」と話す。

「AIを導入することで仕事の仕方は変わりますが、人間が何に怒り、何に喜ぶのかといった根本のところは変わりません。AI時代といっても、リーダーシップにおいて重要な要素は変わらないのです」

例えば、農業用のトラクターが発明されて田植えが手作業から機械化されたように、文明の進化はずっと前から繰り返されており、その都度人類は仕事をアップデートしてきた。AIとの向き合い方もそれと同じだ。

今後リーダーは、具体的にAIとどう向き合っていけばいいのか。部長や課長など、現場をまとめるリーダーと、会社経営に携わる経営リーダーとで、自ずとその内容は異なる(図3参照)。

図3AI時代に経営のリーダーに求められるもの

AI時代に経営のリーダーに求められるもの AI時代に経営のリーダーに求められるもの

組織のリーダーとは異なり、経営のリーダーには新しいビジネスを生み出すことが求められる。AIは必須であり、とにかく慣れるまで使い続け、恐れや不安をなくすことが大事だ。

まず現場リーダーはAIを導入し生産性アップに取り組んでいかなくてはならない。既存のバリューチェーンにテクノロジーを導入することで、どれだけ生産性が上がるのかを本気で考えるのが現場リーダーの仕事だ。

さらに、成果を出すために「組織の成長を創造できるリーダー」になることが求められる。

「自分が部長であれば業績は上がるしメンバーの離職率も低い。しかし、自分がいなくなったら継続できない。そんなリーダーはリーダーとしての役割を果たしているとはいえません。自分が抜けても組織がさらに成長できる組織をつくることが、これからのリーダーの重要なミッションです」

一方、経営リーダーはAIを取り込み、新しいビジネスを生み出していくことが大きな役割となる。既存のビジネスを拡大しながら、新規事業を生み出す、いわゆる「両利きの経営」が求められる。そのため、AIによって事業機会を創造していくことが必要となる。

「既存の業務を“楽”にするのが現場リーダーの役割。そして、そもそも“楽”とは何か、新しい“楽”は何かといった、『新たな価値』に向き合うのが経営リーダーの役割なのです」

Profile

李 英俊氏

李 英俊氏
マインドセット株式会社 代表取締役/コンサルタント/エグゼクティブコーチ

2003年、新卒で外資コンサルティングファームに参画し官公庁・民間企業向けの事業再生・組織変革に従事。インキュベーター企業や事業再生企業などの役員を経て2016年にマインドセットを創業。次世代経営リーダーの育成、自己変革に取り組む発達志向型組織へのサポートのためのコンサルティングを行うほか、プロフェッショナルコーチ養成機関を主宰。堀田創氏との共著『チームが自然に生まれ変わる』(ダイヤモンド社)がある。