竹田 ダニエル氏
1997年生まれ、米カリフォルニア出身・在住。
カリフォルニア大学バークレー校大学院在学中。研究分野はAI倫理教育とデータジャーナリズム。エージェントとして日本と海外のアーティストをつなげ、音楽と社会を結ぶ活動を続ける傍ら、ライターとして執筆。文芸誌「群像」の連載をまとめた初の著書『世界と私のA to Z』に続き、2023年秋に『#Z世代的価値観』(いずれも講談社)を刊行。
レイオフや企業の倒産など、アメリカでは労働環境の厳しさが増している。憧れを抱いて入社した会社に理想と現実のギャップを感じて、希望を失う若者も多いという。いま、アメリカのZ世代は、仕事に対してどんな意識を持っているのか。また、日本の若者との違いは何なのか、竹田ダニエル氏に話を聞いた。
――竹田さんはアメリカで「音楽と社会」を結び付ける活動をしながら、執筆活動などでZ世代の価値観について発信しています。いわゆる「Z世代」とはどんな世代なのか、教えていただけますか。
Z世代とは、欧米で「Gen Z」と呼ばれる、だいたい1990年代中頃から2000年代に生まれた世代を指します。ただ、世代論はあくまでも時代背景によって形成される価値観の傾向なので、全員がそれに当てはまるわけではありません。
例えば、私はいま26歳でZ世代のなかでも上の世代なので、その上のミレニアル世代にも近い感覚を持っています。同じZ世代でも、私の世代と、10代後半から20代前半の人とはまた価値観が異なります。
日本では「ゆとり世代」や「氷河期世代」と呼ばれる世代がありましたが、当然ですが同じ事象を経験した人が全員、同じ価値観を持つわけではありません。
ただ、この10~15年でいうと、アメリカでは初の黒人大統領の就任や同性婚の合法化、学校銃撃事件、新型コロナウイルスによるロックダウンなど、社会全体の価値観が大きく揺るがされるような事件がありました。それを10代までに経験したZ世代と、大人になって経験した世代とでは、やはり違う価値観が形成されやすいといえます。
他にも、生まれた時から温暖化をはじめとした環境問題が「事実」として社会に浸透していて、異常気象などを日々経験していれば、自然な流れでサステナビリティへの関心が高くなるでしょう。スマートフォンやSNSの使い方も、大人になって触れた人と10代から触れているZ世代とでは当然変わってきます。全員が同じ価値観ではないけれども、時代背景を受けて生まれる価値観の系譜だと考えていただければと思います。
――そのうえで、アメリカのZ世代の特徴について、教えてください。
一つ挙げるとすると、Z世代より前の時代には、自分自身が努力すれば、親世代よりも裕福になれるという「アメリカンドリーム」がありました。しかし、今はどれだけ頑張って働いても、同じ分の頑張りと労働をしたからといって、平等に対価をもらえるわけでもありません。アメリカの資本主義社会の限界が、大きく取り沙汰されるようになりました。そのため、Z世代はその上の世代よりも、社会の理不尽な構造に対して批判的だったり、その資本主義の仕組みの根幹にある差別や不平等に対して敏感だという特徴があると思います。
――そういったアメリカのZ世代と、日本のZ世代とではどんな違いがありますか?
アメリカと日本の大きな違いは何かというと、一番は生活するうえでの厳しさでしょう。アメリカの場合、若者に限らず、治安の面でも労働環境の面でも常に緊迫感があります。現代の社会情勢ではなかなか将来への希望を持ちづらく、人々の不安が大きくなっています。日本でも最近は物価高といわれていますが、アメリカの、特に若者に人気の都市部の物価高、家賃高や賃金の停滞は日本の比ではありません。
労働環境に関しては、例えばこれまでは大学のコンピューターサイエンス学科を出てコーディングのスキルがあれば将来は安泰だといわれていました。でも今は大手のテック系企業でさえレイオフ(再雇用を前提とした一時解雇)が頻繁にあり、就職や転職でも壮絶な競争があります。テック業界以外でも、大学さえ出ていればいい仕事に就ける、というこれまでの常識は崩れています。
今は、単純作業のアルバイトでさえ雇ってもらうことが難しいという嘆きが出るような状況です。300社にエントリーして、10社面接まで進みそれぞれ8回面接しても、1社も受からないというようなことが、決して大げさではなく普通に起こっています。賃金も、一部の仕事を除いてなかなか上がっていません。労働者によるストライキなどの状況を見ていると、緊迫感が伝わるかと思います。
――その社会環境が、社会に対して声を上げることにもつながっているのでしょうか。
アメリカの場合、例えば給食費が上がった、学校の水道から鉛が検出された、警察官の暴力が絶えないなど、あらゆる側面において自分の生活に直結する不平等については、声を上げなければ生活していけません。
声を上げた結果、制度が変わる経験もしているので、当然異議を唱えるべきだという意識になります。逆に言えば、声を上げて自己主張をしなければ、泣き寝入りをさせられるだけで誰も助けてくれません。
また、アメリカはZ世代の人数が多く、文化的にも年功序列ではないので、年長者の言うことが絶対という価値観も日本と比べて少ない。これまでも若い世代が社会を変えてきた歴史があり、若い世代が政治に関心を持ったり、声を上げたりすることが当たり前の環境があるといえます。
一方で、日本は基本的には治安が良いですし、多少気を緩めていても生活していけますよね。
変わってきていると感じるのは、インターネットによってさまざまな情報が入手できるために、マイノリティの人たちが声を上げ、連帯しやすくなったことです。アメリカと違うのは、日本の場合、それが必ずしもZ世代から発信されているわけではないということ。日本のZ世代は少子化で人数も少なく、団結すれば社会を変えられるという実感も持ちにくいですよね。
――アメリカのZ世代の仕事に対する価値観や、働くうえで大事にしていることを教えていただけますか。
業界やその人が持つスペシャリティによっても変わってくると思いますが、多くのZ世代は今、仕事に忠誠心を持ってもメリットが少ないという感覚を持っています。雇用状況の悪化により、いつ解雇されるかわからない、いつ自分の働く会社が倒産するかわからないという状況のなかで、1社で長く働くという考え方はほとんどなくなってきています。
福利厚生がしっかりしているために、フリーランスではなく会社に雇用されて働きたいと考える人はもちろんいます。ただ、会社で働くにしても、フレキシブルな時間で働ける、リモートワークができる、休みがとりやすいなど、私生活を守るための労働条件を確保し、あとは自分にとっての幸福度や満足度を重視するといった人も増えていると言われています。
また、上の世代と比べて仕事とプライベートを区切りたいと考える人も多く、現実的で、「飲み会に参加しなくても、やるべき仕事さえやっていればいいでしょ」という感覚はあると思います。これは日本でも話題になっていることですよね。給料以上の仕事はしない。いつ解雇されるかわからず、自分を大切に扱ってくれないと思う会社に対して、献身的に働いても仕方がないと考えているのでしょう。
その根底には、やはり頑張ったからといって給料が上がる確約がなかったり、安定した雇用を約束されたりすることがなかなかないという労働環境があると思います。
――では、仕事に夢ややりがいを持つ人は少ないのでしょうか?
特にコロナ禍以降、仕事に対して夢を持つという感覚が急激に失われたと感じています。
やりがいを持って頑張ってきたけれども、それに見合う対価が得られない、解雇されたといった経験が積み重なると、仕事にやりがいを感じても意味がない、その代わりに不安や恐怖が募りやすい感覚に自然となってしまうのです。
アメリカという資本主義社会において、仕事では代替可能な存在であり、1人の人間として大切に扱ってもらえないのであれば、自分の時間や精神を守るためにも、仕事がすべてだという価値観にはなりづらい。仕事とはあくまでお金を稼ぐための手段であり、必ずしも仕事を通して人生の充実感を得る必要はない。そうした考えを持つようになることは、自然な流れだと思います。
――日本では、Z世代のマネジメントに悩む管理職も多くいます。
日本では、世代によるコミュニケーションの在り方の変化と、会社の倫理的なカルチャーを混同している面があると思います。若手社員にどう話しかけたらいいかわからないというコミュニケーションの側面と、例えばハラスメントになるような発言が許されないから何をどこまで話題にしていいかわからないというような倫理的な側面は分けて考えるべきです。
そういった発言を気にしないといけないから若者とは上手く話せない、という理由づけは間違っていますよね。倫理面を学び、理解できるようになるために努力することは当たり前のことなのに、これまではそういった発言が許されてしまっていただけだと思います。
――上の世代がZ世代と接する際のポイントはありますか。
アメリカの多くの大学や企業では、毎年ハラスメントに関するトレーニングが行われています。社会の倫理は時代とともに変化するため、社内カルチャーもアップデートしていく必要がありますよね。その方法に決まった方程式や正解があるわけではないので、社会全体で模索して、進んでは後退して、を繰り返している状況です。
冒頭でもお話しした通り、一括りにZ世代といっても、いろいろなタイプの人がいます。過剰に属性を意識せず、若者でもシニアでも、その個人と対峙して適切なコミュニケーションをしていくことが大事なのではないでしょうか。
これまでのように、全員を同じようにマネジメントしようとしても上手くいく時代ではありません。褒められてうまくいく人もいれば、厳しくされることで成長する人もいます。それぞれの特性を見極めマネジメントしていくということは、上司として当たり前に持つ必要のある能力だと思います。
また、一緒に仕事をする上で大事なのは、ゴールを共有することだと思います。「あなたと私は同じゴールを目指している。厳しく言うのは、ゴールを達成したいからだ」ときちんと伝えられれば、Z世代ともうまく仕事を進めていきやすいと思います。
――Z世代の次にあたるα世代(2010年代前半から2020年代中盤生まれ)の特徴についても、教えていただけますか。
α世代はまだ社会人になっておらず、働き方や社会に対する価値観はわからない部分が多いです。
そのうえで、今指摘されている1つの側面は、子育ての方法についての課題です。α世代の親はミレニアル世代が多く、子どもたちは早くからデジタルツールに慣れ親しんでいます。「iPad Kids」が社会現象になりましたが、子どもが泣いたらiPadを渡して、親はコミュニケーションをとらない。刺激の強いインターネットコンテンツを見せて泣き止ませる。それによって子どもがデジタルコンテンツの中毒になってしまったり、「泣いたら欲しいものがもらえる」環境に慣れてしまって、人の言うことを聞かなかったりする子どもが増えていることが指摘されています。
α世代は、生まれた時からスマートフォンをはじめとした発展したテクノロジーが当たり前に身近にある世代です。幼少期からその画面をずっと見て育ったらどうなるのか、また、幼少期にコロナ禍を過ごした子どもの発達への影響はどうなのか。まだ完全には検証されていません。
――最後に、竹田さんご自身の仕事に対する価値観についても教えてください。
私は研究、執筆、教える仕事、コンサルティング、音楽関係など、さまざまな仕事に携わっています。こうして複合的にいろいろな仕事に携わってきたことを、無駄ではないと思えるようにしたいと考えています。なので、新しい仕事の機会をいただいたときに、それがたとえ専門外の分野だったとしても、次の何かにつながるかもしれないと思い、できるだけ経験するようにしてきました。
アメリカの労働環境の厳しさについてお伝えしてきましたが、国に関係なく、子どもの頃から思い描いていた憧れの職業に実際に就けたとしても、それが自分の想像通りとは限りません。むしろ、想像と違うことの方が多い。でも、それはどこに行っても同じで、完璧な場所なんてない、と考えた方がポジティブな思考にたどり着きやすいと思っています。ないものに注目してしまうとネガティブな思考に陥りやすくなりますよね。
今の仕事の評価が、必ずしも自分の実力とは限りません。同じスキルでも、他の職場では異なる評価を受けることもあります。一緒に働く同僚や上司など、自分ではコントロールできない部分も多いので、今うまくいかなくて悩んでいる人は、環境を変えてみるのもよいかもしれません。私自身も、1つの会社、1つの仕事に固執せず、柔軟に考えて仕事をしていくことを大事にしています。
竹田 ダニエル氏
1997年生まれ、米カリフォルニア出身・在住。
カリフォルニア大学バークレー校大学院在学中。研究分野はAI倫理教育とデータジャーナリズム。エージェントとして日本と海外のアーティストをつなげ、音楽と社会を結ぶ活動を続ける傍ら、ライターとして執筆。文芸誌「群像」の連載をまとめた初の著書『世界と私のA to Z』に続き、2023年秋に『#Z世代的価値観』(いずれも講談社)を刊行。