VOL.25 特集:アジアでの事業展開に必要な「組織作り」

アジアにおける人材の獲得と育成

取材協力 鈴木康司氏(コンサルタント)

アジアの地域特性を踏まえ「世界標準」で考えることが成功のカギ

アジアで成功する人材採用法とは

それでは、アジアにおいて優れた人材を採用する方法とは、どのようなものでしょう。鈴木氏は3つのポイントを指摘します。

成功する採用法の1つ目は、「出戻り可」の仕組みの設定です。
「最近は少数派になりましたが、日本企業には、退職した人が再び入社することを好ましく思わない雰囲気が少なからずあります。しかし、多様な環境で経験とスキルを高め、なおかつ、その企業を熟知している人材は、企業にとって非常に有益です。組織全体のパフォーマンスを向上させる起爆剤になりえるかもしれないという意味で、人材のフレキシブルな移動・出戻りが可能な環境を作っていく必要があります」 

2つ目は、人的ネットワークを活用することです。アジアでは、日本以上に縁故や階級組織のネットワークが社会のあらゆる階級で力を有しており、同レベルの仲間同士で連携する傾向が強いようです。特にこれは優秀な人材に顕著であると鈴木氏は言います。つまり、優秀な社員を組織に迎え入れることで、その人が属するネットワークにもアプローチできる可能性があるということです。

3つ目は、企業が何を目指していて、入社することによって求職者にどのようなメリットがあるかを明確なメッセージとして伝えることです。欧米企業の多くは、「Employee Value Proposition(EVP/エンプロイー・バリュー・プロポジション)」(表4)と呼ばれる書類を用意して、事業会社としての理念やビジョン、社員の待遇などを採用者に伝えています。今後は日本企業も、EVP などを用いて、企業の価値を言語化して発することが求められると鈴木氏は話します。

表4

企業という船でともに航海するために

しかし、採用の仕組みの構築にこだわりすぎるのは得策ではありません。採用時のミスを最小限に抑えようと、コストをかけて採用システムを構築する一方で、採用後の人材育成施策が欠落する、というケースに陥ることもあります。「どれほど優れたシステムを構築したとしても、採用におけるミスは常に一定の割合で発生します。大切なのはむしろ、採用後に、その人材と会社とのマッチング(相性)を判断できるシステムを作ることです」

その方法の一つが、「試用期間」の有効活用です。試用期間は、日本でも多くの企業で取り入れられていますが、ここで言うのは「その人の能力や特徴、強みは、一緒に働いてみなければ分からない」というリアルな認識の方法論に基づいたシステムです。日本がこの点で見直さなければならないのは、形骸化したシステムからの脱却です。「欧米の企業で採用時に用いられる『On-Boarding(オン・ボーディング)』は、『企業という船にともに乗り込む』といったニュアンスの言葉で、新しいメンバーが迅速に組織に馴染み、パフォーマンスを発揮できるようにするための施策を意味します。コミュニケーション、能力開発支援、ビジョンの共有などを念入りに行いながら、ともに『航海』していく体制を構築するのです」(P7「人育成育のステップ」参照)

グローバルな採用方法を基盤とする一方で、アジア地域の特性を踏まえ、人的ネットワークを活用すること。また、採用のみならず、採用後の育成やマッチングに注力し、その人材が会社の一員として十全な力を発揮できる環境を整備すること。そういった施策の実行を積み重ねることで、アジアひいては世界の中で、日本企業の存在は、再び見直されるに違いありません。

人材育成のステップ ~負のスパイラルからの脱却~

鈴木康司(すずき・こうじ)

profile
コンサルタント。東京大学法学部卒。住友商事の人事部を経て、ワトソンワイアット(現タワーズワトソン)に入社。成果主義をベースとした人材マネジメントシステムの設計や導入支援のコンサルティングを行う。著書に『中国・アジア進出企業のための人材マネジメント』(日本経済新聞社)がある。