日本における人事評価制度の変遷と現在の問題点 【後半】

企業の人事評価制度について考える

90年代以降、導入が相次いだ成果主義。しかし日本の企業においては、成果主義の評価制度が機能しないケースが少なくない。
成果主義はなぜうまくいかないのか。成果主義にはどのような特徴があるのか。
さらに今後、企業の人事評価制度が向かうべき方向は──。
東京大学教授の大湾秀雄氏と、タワーズワトソンの片桐一郎氏に、これら一連の話をうかがった。

1.日本における評価制度の変遷と現在の問題点 (2/2)

なぜ日本企業には成果主義が根づかないのか

日本特有の年功的な職能級制度の仕組みが機能しなくなったのは、バブル経済が崩壊し、日本経済が低成長期に入ってからである。ポスト数が減少し、人件費の削減が経営課題となり、一律の昇格・昇給を支える基盤が崩れた。そこで着目されるようになったのが、業績によって報酬を決める『成果主義』の評価システムだった。

しかし現在に至るまで、日本企業において成果主義での従業員評価の仕組みが成功している例は決して多くはない。その理由を、大湾氏は次のように説明する。
「最大の問題点は、生産量やスピードなど客観的指標がない職種で成果給の導入が図られたことです。目標管理制度の導入をもって成果主義と見なすケースが日本では非常に多いのですが、目標管理制度における目標達成度は客観的指標ではありません。設定される目標が人によって異なる以上、それは客観的ではありえないでしょう」

一方、評価を個人にフォーカスしすぎることを避けようとする文化的土壌が日本にはあると指摘するのは、人事コンサルティングを幅広く手がけるタワーズワトソンの片桐一郎氏である。
「日本の企業組織の強みの一つは、チームワークです。完全な個人評価を導入してしまうと、チームワークがうまく機能しなくなり、企業としてのパフォーマンスが落ちるという危惧があるのではないでしょうか。また、どこまでが個人の力で、どこまでがチーム力による達成なのかが見えにくいという事情もあるでしょう」

片桐氏は、「成果主義とは、本来極めて厳しいもの」と話す。
「成果主義を導入している欧米企業において、成果を決めるさまざまな指標はもちろんありますが、その指標を踏まえながら、個々の社員の成果が何であるかを最終的に決定するのはリーダーです。社員はそのリーダーの決定に従わなければなりません。つまり強権的なオペレーションがないと成立しないのが成果主義なのです」

成果主義の原理的な問題点

もっとも、成果主義にはそもそも原理的ないくつかの問題点があると大湾氏は指摘する。成果主義の最大の難点は「マルチタスク問題」と呼ばれるものだ。
「一人の社員が従事している職務は、必ずしも一種類のみではありません。多くの社員は複数の職務をこなしており、しかもそれぞれの職務の評価基準を一律には設定できないケースがほとんどです」

たとえば営業部員の場合、商品販売は定量的に成果を計ることができるが、他メンバーのサポートや新人教育、顧客ニーズのヒアリングといった活動を量として把握することは困難である。
「成果主義のもとでは、タスク(職務)が複数ある場合、評価されやすいタスクのみをこなし、それ以外のことには注力しないという傾向が、往々にして生じてしまいます」

二つ目の問題点は、評価指標の操作、いわゆる「ゲーミング」を行う社員が出てくること。たとえば営業成績が月単位で集計される場合、現在の成績を上げすぎると、次の月の目標値が高く設定されてしまう可能性がある。そこで営業部員は、今月販売した製品の納期を翌月にずらし、成績を平準化することで目標値が上がることを防ぐようになる。それがゲーミングだ。

さらに三つ目の問題として、評価制度の設計にかかわる点が挙げられる。評価の基準を「インプット」にするか「アウトプット」にするか十分に検討がなされていない。 「インプットとは、労働時間やプロセスにおける行動などで、アウトプットとは、成果そのものです。成果主義の指標となるアウトプットは、景気の動向など外的要因によって大きく左右されるので、成果主義の導入は社員に所得変動リスクを負わせることになり、好ましくありません。仮に、経営陣や上司がインプットとアウトプットの関係を理解しているのなら、インプットである行動プロセスそのものを管理した方が望ましい場合も少なくありません」

このように成果主義の評価制度にも、いくつか問題と思われる点があるのは確かだ。しかしグローバル化が進み、世界中で多様な人材を雇用しなくてはならない現代においては、年功的な職能資格制度に後戻りするわけにはいかない。企業により、その形態は違うものの、成果主義の問題点を理解しつつ、その賢い運用法を模索する必要がある。

次ページでは、海外における成果主義評価制度の運用を見ながら、成果主義の具体的なあり方を検討してみたい。

VOL.31特集:今、求められる評価制度

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