人を育てるには、仕事を任せて、実際にやらせてみることが一番だ。
しかし、「もしも失敗してしまったら…」、「任せることで重荷になるのでは…」と及び腰になりがちだ。
“仕事を任せる”ことの意義と、そのテクニックについて専門家に聞いた。
何事も「習うより慣れろ」と言われる。何かを習得するのなら、座学で教わるよりも、実践が早いということだ。
いわゆるOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)がまさにそれに当たるが、そこからさらに進んだ人財育成法はないのだろうか。
「『思い切って仕事を任せること』。これに尽きると思います」
こう語るのは、『任せる技術』などの著書を持つ経営コンサルタントの小倉広氏だ。
「任せるとは、単に仕事を与えるだけでなく、部下が自分で責任を持ち、自分で考え、行動・決断して一つのことを完遂させるまでを指します」
上司からすると、経験もなく未熟な若手社員に仕事を任せるより、経験豊富なベテランや自分がやったほうが手間もかからず、確実だ。しかし、それでは若手はいつまでたっても成長することはない。「短期的には、任せるよりも自分でやったほうが早い、は真実です。しかし長期的には、任せない限り組織に未来はありません」と小倉氏は語る。
小倉氏は、人財育成の考え方として、Attitude(姿勢・意欲)を土台として、その上にSkill(知識・技術)があるというイメージを持っている(下図参照)。
Skillとは仕事をする能力そのものだ。Attitudeは自主性や主体性、責任感、仕事への意欲などのことだ。
「Attitudeは、プロフェッショナル精神と言いかえてもいい。土台さえ確立できれば、部下は自発的に仕事に取り組み、必要なSkillは自ら勉強して身につけます。その仕事についての知識や技術だけを教え込んでも、土台となる仕事への姿勢や意欲が揺らいでいては、質の高い仕事はできません。前者は研修で教えることはできますが、後者は責任ある仕事を任せることでしか身につかないのです」(小倉氏)
「任せる」ことは、部下のみならず、上司の成長も促すことになるという。
「人に仕事を教えるメソッドが身につき、自分が取り組むべき仕事に集中できます。部下に任せられる仕事を任せないのは、上司としての怠慢とすら言えるでしょう。部下に任せた仕事で短期的な成果を出しつつ、自身は中長期的な視点で重要な方針の策定やチーム作りに取り組むのが、マネージャーのあるべき姿のはずです」(小倉氏)
では具体的にどのように任せるのか。小倉氏によると、“7つのステップ”があるという。最初のステップは「ムリを承知で任せる」ことだ。
「“仕事ができるようになってから任せよう”ではなく、“多少ムリでも思い切って任せる”からこそ、仕事ができるようになるんです。目安としては、成功率5~6割くらいという仕事を任せるべきです」
企業の人財教育研修を多数手がけているPHP研究所の経営理念研究本部、研修事業部部長の的場正晃氏は、「任せる」際には、まず部下の性格や適性を見極めることが大切だと話す。
「部下にあれこれ一方的に聞くだけでは本音は話してくれません。まずは上司から胸襟を開いて、自分のことを話すんです。自慢話などではなく、失敗話や苦労話、うまくいかなかったことなどを吐露する。その上で、自分がこの仕事にやりがいを感じている部分や、自身のビジョンなどを語る。伝えるのは、ランチに行ったり、取引先に同行するときだったり、何気ないタイミングでいいんです」
まず自分のことや考えていることを飾らずに伝えることで、部下との間に信頼関係を築くという。
これは、ステップ②「任せる仕事を見極める」上でも有効だ。小倉氏は、任せてよいのは「適度に」困難な仕事だという。上司と共にこなした経験があることをひとりでやらせることや定例反復的な仕事などが適する、という。
「ただこの際、注意すべきは『責任とセットで任せる』という点です。責任が伴わない仕事は、あくまでも“作業”。失敗しても何も問われない立場では、失敗を繰り返すだけで成長にはつながりません。責任には、自ら考え、決断し、遂行するという“自由”が伴います。だからこそ成長できる。逆にいうと、責任の大きさが“そこそこ”の仕事なら、自由度も“そこそこ”にとどめる。そのバランスをコントロールすることが上司の役割です」
ステップ③「“任せる”と伝える」は、部下がその仕事に取り組むことで、自分にどんなメリットがあり、どう成長できるのかをあらかじめ伝えるということだ。ただし、ここでも部下の適性はしっかり見極めなければならない。
「モチベーションの低い部下に任せると『面倒な仕事を投げられてしまった』とネガティブに捉えてしまうことがあります。そうなると、進んでその仕事に取り組む姿勢など望むべくもない。信頼関係を構築した部下ならば、意気に感じて仕事に取り組みます」(的場氏)
小倉氏もこの点は強く主張する。
「組織変革の常道ですが、1万人の社員がいる会社があったとして、最初は10~20人程度の小さな部署やチームから変えていく。そこで成功させてから、その事例を横展開していくんです。若手の育成も同様で、まず優秀な人財から大きな仕事を任せ、成功してもらう。そうして、チーム内に任されて成功することは素晴らしいという空気が醸成されると、それがピア・プレッシャー(同調圧力)となり、チーム全体で共有することになります」
profile
1965年生まれ。青山学院大学卒業後、リクルート入社。その後、コンサルティング会社代表取締役などを経て、現職。著書に『任せる技術』(日本経済新聞出版社)、『自分でやったほうが早い病』(星海社新書)など多数。
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1966年生まれ。1990年、PHP研究所に入社、研修局に配属される。以後、一貫してPHPゼミナールの普及、および研修プログラムの開発に取り組む。中小企業診断士、MBA(経営学修士)。