今から30年前の1985年、男女雇用機会均等法が成立しました。日本の雇用と労働の歴史を振り返ると、まさにエポックメイキングな年だったと思います。それから30年がたち、女性の働き方や男性の意識はどう変わったのでしょうか。
1985年、Adeccoの日本法人が創業した年に男女雇用機会均等法は成立した。それ以降、女性の社会進出が進むと同時に、介護や育児の分担など多くの問題が顕在化してきた30年だったと言える。
これから日本のビジネスパーソンの働き方にはどんな変化が起きるのか。労働経済学の大家である川口大司・一橋大学教授と、フリーアナウンサーで、ご自身も“働くママ”である八塩圭子氏に語り合っていただいた。
今から30年前の1985年、男女雇用機会均等法が成立しました。日本の雇用と労働の歴史を振り返ると、まさにエポックメイキングな年だったと思います。それから30年がたち、女性の働き方や男性の意識はどう変わったのでしょうか。
雇用機会均等法ができたことで、女性の総合職が誕生し、幹部候補生として昇進する道も開かれました。しかし、結婚や子育てと、キャリアウーマンとしての働き方を両立させる難しさもあって、実際にはあの頃、就業を継続できた人はあまり多くありませんでした。
私は93年入社ですが、会社に入った当時、先輩女性は80年代に入社したいわゆる"均等法世代"でした。本当にバリバリやっているスーパーウーマンだけが残り、多くの方は出産などで辞められていましたね。
今、日本では役員や管理職の女性比率が低いことが課題になっていますが、急に管理職になれるわけではありません。当時、両立をあきらめて多くの優秀な人財が辞めていってしまったことが問題の根底にあります。
90年代になると、女性の総合職入社は当たり前になりました。会社の中でのロールモデルも見ながら、プライベートとバランスをとって働こうとする人も増えてきたように思います。
大学進学率が上がり、女性の学歴が高くなってきたことも後押しして、女性がだんだん活躍できるようになってきましたね。また少子高齢化で若い働き手の数が減り、男性・女性を問わずに働き続けることが必要な社会環境となり、女性の就業が継続されるようになってきました。その中で、子育てとフルタイム就業の両立の難しさが顕在化した30年だったと思います。
雇用機会均等法も改正を重ね、より女性が働きやすくなってきているのでしょうか。
社会の規範として、女性と男性を明確に分けて雇用管理することはよくないと確認されたという意味では意義がありますね。ただ、人事の方は女性の幹部登用が重要だという意識を持っていても、実際に次世代の幹部を育成している現場の管理職の方の意識はどうでしょうか。人事の方と同じようには変わっていないんじゃないかという懸念があります。
今、新入社員や学生を見ていると、女性も働くことは普通になったと同時に、男性も女性も自分や家族が幸せに暮らすことへの意識が高くなっている気がします。男が家族を養わなければいけないんだという固定観念にも、縛られなくなってきました。
女性の社会進出の過程では、多くの国で3つの段階がみられます。最初はまだ男女が分業している段階。次にワークとライフが競合し両立できない状態で、未婚化などが進みます。最後の段階が、社会の規範が変わってきて、男性も育児をするなど、男性と女性の役割分業観が薄れ、子育てと就労の継続が両立できる社会になる。結果として出生率が上がってきます。
今の日本は第2段階の後半ぐらいでしょうか。今後はもっと"イクメン"が普通になっていくとしたら、女性には朗報です。段階が進むとともに、働き方も多様化してきました。
平均勤続年数をみても、徐々に短くなってきています。かつてのような「生涯1社」ではなく、転職する人が増えていることと、正社員以外の働き方をする人が増えているためです。
有期雇用の人が増えていることは、働く側、企業側にとってどんな影響があるでしょうか。
企業からみると、長期の雇用にコミットしなくていい、その時々に必要な人に働いてもらえる利点があります。半面、人財育成の点では、長期的な展望を与えて、技能を磨いてもらうという部分が弱くなる。働く人にしてみると、家庭生活との両立など、今の自分に合った働き方が選べますが、雇用の安定性が低くなってしまいます。
やはり、働き方も景気に左右されてきたのでしょうか。
学校を卒業したときの景気が悪いと、収入が高い職種に就きづらいなど、その影響は10~15年後まで持続することがわかっています。特に日本は今まで雇用が流動化してこなかったので、卒業時の運が生涯年収を左右してしまう傾向があります。ただ、長期的にみると、正社員であることを重視する傾向は低下してきています。
この30年の変化としては、IT化も大きいですね。コンピュータや通信の進化で、仕事の仕方も内容も変わり、新しい仕事も生まれています。
例えば大学の事務職の仕事を考えますと、かつては成績や履修の管理とか、卒業判定に関わる膨大な事務作業がありました。でも今は成績管理をすべてコンピュータで行っていますので、そういった仕事は大幅に減っています。その代わりに、大学のやっていることを効果的に広報するとか、海外の大学と交換留学の協定を結ぶとか、求められるスキルが高度化しています。
ITの進化によって仕事が奪われているという側面もあるわけですね。
しかし、ITは生産性も向上してくれます。例えばCADを入れ、電子制御の旋盤を入れた工場では、今までは一つの部品を大量に作って在庫を抱えていたけれども、注文に応じてカスタムメイドできるようになった。在庫がなくなり、その分、生産性が上がったという研究報告があります。
そうしたシステムが導入されると、現場の方に求められる技能も、働き方も変わっていきますね。IT化で便利になった分、休みの日も、外出先でも連絡がとれてしまうなど、技術の進歩が生活の豊かさにつながっていない部分もあります。
自分でコントロールしないと、すき間時間もどんどん仕事ができるような環境になってしまっています。「この時間帯は仕事を入れない」など、自分で考えて時間管理することが必要ですね。
夜はメールチェックしないとか自分で決めないと、オフの時間がとれず、気を休めることができませんよね。
ただ在宅勤務はITのおかげで可能になりました。
でも私の場合は、実際に子どもの面倒を見ながら自宅で仕事をすると、泣きわめくわ、パソコンをいじられるわで、大変です。在宅勤務は会社への往復時間が省けるだけと考えたほうがいいですね。子どもを誰かに見てもらわないと、仕事をするのは難しいです。
IT化によって30年後なくなる仕事、残る仕事というのが、しばらく前にネット上で話題になりました。
残る仕事にしても、先ほどの大学の事務のように、中身は激変している可能性があります。変化から遮断されてやっていける仕事はあまりないでしょう。常に適応していかないと、あっという間に時代に取り残されます。
私が就活していた頃に、大学の同期がある通信会社に入ったのですが、当時はできたばかり。みんなに「何の会社なの?」と言われていましたが、今や携帯電話の大手です。先見の明があったんだねと言い合っています。
「今の若い人は」などと言っていると、優秀な人がとれない時代になりました。ワークライフバランスを重視する人が増えると、職場の環境も整備せざるを得ない。
バブル世代のように、いつかブランド物のバッグを持ちたい、なんて言う学生は、もういませんね。彼らはモノを買うことが幸せになるとは思っていない。心の豊かさをすごく追求する世代で、働き方もさらに変わっていくのではないかと思います。
モノを買わないことをネガティブにとらえず、価値観の変化を企業はキャッチしていく必要がありますね。それに対応していかないと、採用もうまくいかないのではないかと思います。
休みも欲しい世代ですし、労働時間も短くなってきていますね。
長期的に見ても労働時間は短縮化の傾向です。時間当たりの生産性が上がって、結果として短い時間の労働でも十分な所得を得られるようになりました。消費を増やすより、時間を使って余暇を楽しもうという流れは、今後も進んでいくでしょう。
勤務時間を3段階で設けたり、育児時短期間中でも昇進できたり、ワークライフバランスを考えた環境づくりに取り組んでいる企業もあります。バランスをとる働き方がもっと厚みを増して、市民権を得ていくのかなと思います。
それが長期的なトレンドです。今までの労働政策は、正社員という望ましい働き方があって、なるべく正社員に転換するための政策がとられてきたのですが、みんながそれを望んでいるわけではありません。いろいろな働き方を認めたうえで、その中でいかに雇用を安定させたらいいかを考える必要があります。
オランダでは、育児環境や子どもの年齢に合わせて、契約社員や週3日だけ、1日数時間など、働き方の選択肢が充実しており注目されています。
労働時間の長短にかかわらず同一価値労働同一賃金で、フルタイムとパートタイムの均等処遇などが定められているので、自分に合う働き方を選択することが、不利にならないのです。ただオランダでその仕組みができるのは、天然ガスが発見され、本質的に国が豊かになったことへの対応だという評価もあります。
国としての余裕があるからできるのですね。
経済学者をやっていると、「経済成長至上主義」みたいな批判をよく受けるのですが、豊かな生活の根本には、生産性の高さ、国としての豊かさがあると思うのです。その実現した豊かさを余暇の時間に使うというのは一つの資源の使い方。そういうことも含め、経済成長は必要だと考えています。
日本の場合、少子高齢化が進行して労働の担い手も減っていきます。
寿命が伸びることは基本的にいいことですが、変化に合わせて制度も変えていかなくてはなりません。年金の支給年齢も引き上げざるを得ませんし、それに呼応して、就労期間を延長していくことも不可避です。
就労期間が伸びると、どんな変化が予測されますか。
何歳になっても、新しいことに対応していかなくてはいけませんから、年齢の高い方も職業訓練をするようになったり、再訓練が今よりずっと増えたりする可能性があります。40歳ぐらいで一度休職して、アップデートのための学びの期間を設けるなど、仕事と学びが両立できる形が求められます。
私も32歳で社会人大学院に入学して、勉強し直しました。気合も体力も必要で大変でしたが、人生も変わりましたし、そこから再スタートできます。仕事で人生をまっとうしたいという人も、自分の生活を充実させたいという人も、それぞれが自分に合った働き方や学び方を選べるようになるといいですね。
profile
1994年早稲田大学政治経済学部卒業。一橋大学大学院修士課程修了後、2002年ミシガン州立大学で博士号を取得。大阪大学、筑波大学で講師を務めたのち、一橋大学准教授を経て、13年より現職。専門は労働経済学。
profile
1993年上智大学法学部卒業。テレビ東京に入社し、経済部記者を務めたのち、アナウンサーとして活躍。2003年に退職しフリーアナウンサーに。04年法政大学大学院修士課程修了。関西学院大学商学部准教授を経て現職。