大塚泰正氏
筑波大学 人間系 生涯発達専攻 カウンセリングコース 准教授
profile
早稲田大学大学院心理学専攻修了、同大助手、産業医学総合研究所研究員、労働安全衛生総合研究所研究員、広島大学大学院教育学研究科准教授を経て現職。職場のメンタルヘルス、産業カウンセリングをテーマに研究。共著書に『職場のポジティブメンタルヘルス』(誠信書房)など。
日本よりも早く近代工業化社会の到来を迎えた欧米では、1980年代頃から職場のメンタルヘルス問題が経済成長を阻害する要因として国家レベルで認識され、多くの対策が取られている。
しかし欧州とアメリカでは、対策の方向性に違いがある。「欧州ではストレスの原因となる働き方を改善し、働きやすい職場環境を作っていくことに重点が置かれています。一方、アメリカでは障がいなどを抱えながら働く個人への支援が中心となっています」と筑波大学人間系(心理学域)准教授の大塚泰正氏は説明する。各国の取り組みから日本が学ぶべきことは。
欧州では1989年、「EUの労働安全衛生の改善を促進するための施策の導入に関する指令」の中に職場のメンタルヘルスへの対応が含まれた。これを機に、EU各国での労使間の対話を経て、職場ストレスのリスクマネジメント方法の統一したガイドラインが示された(PRIMA‐EF)。EU各国によって、その運用方法は異なっているが、イギリスおよび、デンマークをはじめとする北欧諸国では、「ストレスリスクを取り除くための職場改善活動」を行うことが法律で義務とされている。
特にデンマークでは従業員1人以上のすべての企業に適用され、徹底して行われている。
「その内容は、職場の安全面でのリスクアセスメントをメンタルヘルスに適用し、うつ症状や欠勤を未然に予防するものです。具体的には、メンタルヘルスを阻害する職場の心理・社会的リスク要因を、実地観察やアンケートで洗い出します。次にメンタルを悪化させる点があったら、改善する行動計画を立て、実行します(図1)。さらに、その結果を評価して、改善を繰り返すというPDCA(計画→実行→点検→見直しのサイクル)を回すのです」
イギリスでは、メンタルヘルスを損なうリスクを回避するマネジメント法として「過重な仕事や責任がない」、「ペースややり方に意見が言える」、「上司・同僚からの支援が受けられる」、「仕事上の指示や目標が明確である」、「変化に関する相談がある」など7つの標準項目が設定されている(図2)。
またEU版のガイドラインでは、職場の主なストレス要因として、「個人の才能や能力を効果的に発揮できる機会がない」「好業績に対する正当な評価や報奨がない」ことなども挙げられている。これら職場のストレス要因に関する標準項目は、日本企業にもだいたい当てはまると大塚氏は言う。
「このようなアセスメントおよび職場改善活動を実効力があるものにするためには、メンタルヘルスを損なう職場のリスク要因を標準項目だけでなく、自社の社員の価値観や実態もよく見極めてから設定すること。欧州では、標準項目とは別のところに問題があり、効果が出ないといったケースもよくあるからです。またPDCAのサイクルを継続的に回していくことも大切です」
デンマークでは、このアセスメントを3年に1度以上行うことが決められており、その改善状況を労働環境監督署が査察する。問題があれば同署から改善命令が出され、出された企業はアクションプランを策定し遂行することが義務となり、その達成状況も公開されるという。
一方、アメリカのメンタルヘルス対策は、EAP制度(従業員支援プログラム)が普及しており、また個人への対策に力点が置かれているのが特徴となっている。今回、個人へのストレスチェックが義務化される日本と状況が似ているが、アメリカは人権問題や差別問題に対する意識が高い文化だけに、日本とは違う面があるという。
「アメリカが発祥のEAP制度は、もともとはアルコール依存症の人を支援するためのものでした。現在は、産業保健心理学の専門家がデスクのレイアウトをはじめ職場の物理的環境を改善する計画を作成するなど、日本と比べると、その活動領域は非常に幅広くなっています。また、昨今では、特定領域で高い能力を持ちながら、職場ではうまく働けない発達障がい者への対策も注目されています」
発達障がい者への支援の一例として、周囲に人がいると効率が落ちる場合は、個室を用意する。また時間に縛られるのが不得手の人の場合は、自由に社内のカフェテリアへ行けるようにするなどの事例があるという。
「日本では個人が組織に合わせられるよう支援しますが、個人に合わせるよう働き方や職場環境を変えるのがアメリカ的な発想といえます。もともと国籍、言語、文化が異なる人たちが集まっているため、排除するのではなく、いかに一緒にやっていくかという考えを経営トップも持っているのだと思います」
海外の対策法を欧州、米国と見てきたが、これらから日本の企業が学べることとは何か?
「従業員個人への支援と職場全体の改善は、車にたとえると両輪であり、両方を同時に進めることで、企業業績においても本当に効果のあるメンタルヘルス対策となります。今年12月に施行される日本のストレスチェックでは、集団分析および職場環境の改善は"努力義務"となりましたが、欠勤者が増えるなど問題が発生する前に、先手を打って職場の改善活動を積極的に行ってほしいと思います」
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早稲田大学大学院心理学専攻修了、同大助手、産業医学総合研究所研究員、労働安全衛生総合研究所研究員、広島大学大学院教育学研究科准教授を経て現職。職場のメンタルヘルス、産業カウンセリングをテーマに研究。共著書に『職場のポジティブメンタルヘルス』(誠信書房)など。