安倍政権が掲げる「一億総活躍社会」が大きなキーワードになる2016年。
女性管理職の数値目標やシニア人財の活躍が、次のステージへとステップアップする1年になりそうだ。
安倍政権が掲げる「一億総活躍社会」が大きなキーワードになる2016年。
女性管理職の数値目標やシニア人財の活躍が、次のステージへとステップアップする1年になりそうだ。
2015年は、働き方の多様化や女性の活躍推進などが焦点となった1年だった。2016年も、その大きな流れは変わらないが、東京五輪が開かれる2020年に向けて、転機となる1年になりそうだ。
女性のキャリア構築やワークライフバランス(WLB)などを研究している学習院大学経済学部教授の脇坂明氏はこう語る。「2015年末、政府は『第4次男女共同参画基本計画』を閣議決定しました。これまで民間企業の女性管理職比率の目標値は"2020年までに30%"とされてきましたが、今回の目標値は"民間企業の課長級で15%、係長級で25%"と変更されています。したがって、今年は各企業ともこの数値を目指して取り組みを進めることになるでしょう」
30%の目標をあきらめたのか、と一見トーンダウンしたようにも見えるが、2020年までに30%というのは2013年時点で11.2%に過ぎなかったことを考えると、かなり高い目標値だったと言える(右図)。企業にとってこれまでよりも目標が実現しやすくなることで、あきらめかけていた企業が再び女性管理職の育成に本腰を入れ直すことが考えられるという。
では新たな目標である「課長級15%、係長級25%」の目標はどうやって達成すればよいのだろうか。「入社から課長に昇進するまでの初期キャリアにおいて、条件や環境を男女差がない機会均等にできるかどうかがポイントです。全体的に見て、研修や配置転換経験などで男女差がある企業は依然として多い。日本は諸外国に比べ、管理職になるまでの初期キャリアが15~18年と長く、遅い昇進システムとなっています。女性にとっては出産期と昇進期が重なるため、どうしても辞めてしまう女性が出てきます。女性が育児休暇を取得したり、短時間勤務を選択したりしても、幹部候補から外さないことが大事です」
仮に育児休暇を1年半取って、そのぶんのキャリアが遅れたとしても、休業中における技能の低下を防ぐ学習など復職時の工夫がなされていることや、復帰後は従前の訓練や配置を継続することなどが必要になってくるという。
昇進システムを欧米並みに早くするというのも、一つの手段ではあるものの、弊害もある。「この場合、確かに女性管理職は増えますが、現場経験や能力の見極め、育成が不十分になり、管理職として適切でない人物が就いてしまうケースも考えられます。日本の遅い昇進システムは、有能な管理職を生むという点では優れています。ですが、完全に欧米型にしてしまうとそのメリットを失う可能性があります。他社で管理職を務めていた女性を採用して、いきなり管理職ポストに据えるというのもおすすめできません。やはりその会社の社風や文化を理解していないと、会社にとっても本人にとっても望ましくない結果になることが多いからです」
施策としては、15~18年の初期キャリアを12年程度にやや短縮して、妊娠・出産前に昇進できるチャンスをできる限り増やすのも一案だろう。優秀だと見定めた人財には、管理職候補としてのキャリアプランを会社がきちんと示すことが重要になってくる。
合わせて、評価制度も見直す必要がある、と脇坂氏は指摘する。業績だけを評価するシステムでは、物理的に働ける時間が少なくなることの多い女性を、上司としてはどうしても基幹業務から外したくなるからだ。「どんなに優秀な女性でも、会社にいられる時間が少ないと、対応できることとできないことが出てきます。それに対し不満を感じる古い体質の上司はまだ多いのが現実です。この意識を突破するためには、『女性を管理職に』と旗を振るだけでなく、具体的に評価の仕組みを変えなくてはいけません。例えば、女性社員が育児休業を取得したら、その分、課の業績目標を下げる。また、育児から復職して短時間勤務を希望する女性社員を受け入れた場合、管理職の評点を上げる、などです」
女性とともに、シニア人財の活躍も重要なテーマになってくる。2013年に65歳までの雇用が義務化されたが、2016年は「65歳以降の雇用」をどうするかが注目されるという。「大企業は、当面は雇用を65歳までとし、延長はしない方針をとるでしょう。65歳以上のシニアがいなくても企業活動に大きな支障はないからです」
一方、人手不足が続く中小企業では、シニア層のニーズがますます高まっていく。健康管理を徹底した上で、過去の経験を生かし、生き甲斐を持って働ける環境をつくることがポイントになってくる。「中堅企業でも、最近は海外にシニアの技術者を送り込む動きが増えています。メーカーの海外子会社の社長は、多くが経験豊富なシニア人財です。この動きは今後さらに加速するでしょう。また、これまではエンジニアなどの技術者が多かったのですが、文系のホワイトカラー層もどんどん海外に出ていくべきです。大企業の出世競争の中で、社長や役員にはなれなかったものの、能力のある優秀な人財はたくさんいます。そういった人たちは海外拠点のマネジメント人財として活躍できるはずです」
安倍政権が唱える「一億総活躍社会」の中には、「介護離職ゼロ」という方針もある。今後、介護離職に対してどう対応するかは企業にとって大きな課題となってくる。「WLBとひとくくりにしがちですが、育児休暇や短時間勤務と、介護休暇は性質が異なります。出産時期や子どもの成長が予想できる育児と異なり、介護はいつ終わるのか、介護者当人にもわかりません。だから離職者が多いのです。短時間勤務で対応することが多いですが、1週間連続で休む必要がある時期やデイセンターへの送迎だけの時期、家で介護する時間が長い時期と、その対応はさまざま。短時間勤務が認められても、介護を継続するのは難しい。介護対応しながら働くことは、海外でもこれといった成功例もなく、有効な対策が見出せていないのが現状です。この難題に対して、柔軟に対応できるかどうかは、企業または社会の成熟度合の試金石になるでしょう」
profile
1977年、京都大学経済学部卒業。岡山大学教授などを経て、1999年から学習院大学経済学部教授。2011年から経済学部長。研究分野は労働経済、女性労働、人事管理、多様な働き方など。著書に『労働経済学入門 新しい働き方の実現を目指して』(日本評論社)など。