ビジネス・ブレークスルー大学 大学院教授
川上真史 氏
profile
産業能率大学総合研究所研究員、ヘイコンサルティンググループコンサルタント、タワーズワトソン ディレクターを経て現職。コンサルティング活動にとどまらず、心理学的な見地から新しい人財論についての研究、開発を行っている。
ビジネス環境に、予測の付かない変化が生じている現代。人事コンサルタントとして30年以上企業の人財育成に携わってきた、ビジネス・ブレークスルー大学大学院教授の川上真史氏に、これからの時代に求められる人事のスキルについて話を聞いた。「今後の人事に不可欠なスキルは科学的なデータ解析力です。自分の経験や思考などの主観的な判断材料を一切加えず、存在しているデータを収集して、結果を正しく分析する。それができれば、今起こっている現実と、何が必要なのかが客観的に見えてきます」
過去の事例や経験などに基づいて人物判断を行うと、思い込みによる誤解が生じて、正しい判断結果が得られない危険性がある。
いい例が「ゆとり世代の若者」というイメージだ。川上氏は実態調査として、2010年大学卒(ゆとり教育をフルコースで受けた世代)の社員の傾向を調べたところ、世の中のイメージと正反対の結果が導き出されたという。「ゆとり世代の若者は、指示待ちで自主性がないと言われがちです。しかし、アンケートや診断ツールなどで集積したデータを解析すると結果は大きく異なりました。『自分の考えで行動できる』『自己主張ができる』『お金よりも社会的な意義を求める』。こうした特性を持つ人物が全体の55%に達し、イメージ通りの傾向が見られる若者は過半数以下の45%でした」
キャリアについても「この人はこんなタイプだから、このようなキャリアが合うはずだ」という先入観を持つ人事は多いが、有効なキャリア自律支援を行うには、まず社員が求めているキャリア像を把握する必要がある。その手がかりになるのが、「垂直キャリア」「水平キャリア」「外的キャリア」「内的キャリア」の4つからなる座標軸だ(図1参照)。
「最近は、水平かつ内的キャリアを求める人が増える傾向にあります。内的キャリアを望む人に、外的キャリア向けのアドバイスをしても響きません。そこで、データの収集と解析力が必要になります。『単独で行う仕事と複数のメンバーと一緒に行う仕事のどちらに興味があるか』『組織マネジメントを行うことと、自身で成果を生み出す仕事のどちらに興味があるか』などの5問程度の簡単なアンケートを実施したり、個別にインタビューをしたりすればいいでしょう。まずは、先入観のない事実だけを収集し、分析することです」
この時、結果を誘導するような質問や、表面的な因果関係や相関関係などをこじつける分析は避ける必要がある。恣意的な判断を含むと、せっかく収集したデータを活用できなくなるからだ。
データ分析の結果を根拠にすれば、人事のキャリア支援に対する提案の説得力が増す。経験や思考に基づく心情的な話より、客観的なデータに基づく提案のほうが受け入れてもらいやすいからだ。プロスポーツの世界では、すでにデータに基づいたコーチング手法が確立し、成果を上げている。データを継続的に収集し、経過を図やグラフで視覚化すれば、達成度を確認する安心材料にもつながる。「キャリア自律支援の成功の鍵は、トップや管理職の意識です。彼らが率先して取り組む姿勢は、組織全体に大きく影響します。また、社員の能力やキャリア像を把握し、それに応じた職務を与えれば、個人の能力開発と組織の利益にもつながります。人事にはトップや管理職の意識を変える提案力や、人財に適した職務を創造する能力が不可欠となるでしょう」 そのためにも、信頼性のあるデータを駆使して、トップと社員の双方に働きかけることが、これからの人事の目指す姿だといえよう。
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産業能率大学総合研究所研究員、ヘイコンサルティンググループコンサルタント、タワーズワトソン ディレクターを経て現職。コンサルティング活動にとどまらず、心理学的な見地から新しい人財論についての研究、開発を行っている。