鵜澤 慎一郎氏
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員
profile
専門はHR Transformation とデジタル人事。大規模なグローバル人事部門改革およびクラウドHRソリューションの日本における第一人者として豊富な実務経験を持つ。『ワークスタイル変革』(共著/ 労務行政)、『AS ONE 目標に向かってひとつになる』(共訳/プレジデント社)他、人事専門雑誌への執筆多数。
変化の激しい現代において、5年先、10年先を見据えた人財を育成するために、経営者や人事部門は何をすべきなのだろうか。タレントマネジメントを実際に導入・運用するうえでのポイントや留意点は何か。グローバル企業における人事部門改革について多くの実績を持つデロイト トーマツ コンサルティングの鵜澤慎一郎氏に聞いた。
「現代はデジタル革命や社会問題、グローバル経済発展の影響が複雑に絡み合い、将来を予測することがかつてないほど難しい時代です。5年先、10年先の自社のビジネスモデルがどうなるかわからないなか、採用・育成・評価・配置を通じて時間と手間のかかるタレントマネジメントを行う難易度が格段に高まっていることは間違いありません。しかし、変化に対してあえて積極的にタレントマネジメントの高度化を進めている企業もあります」と鵜澤氏は話す。
ここでは「組立加工産業から電子工学産業に変貌しつつある日系グローバル製造業人事」の変革事例をもとに、ひもといてみよう。ビジネスモデルの急激な変化が起こった業界で、人事部門はどのような付加価値を生むべきか、何に注力すべきか。それを議論し、新たな方向性を明確化することをグローバルCHRO(最高人事責任者)は望んでいた。また、数年来、サクセッションプランのために膨大な情報収集やタレントレビューを人事部門が行っているにも関わらず、経営リーダー層を計画的に生み出せていないという悩みもあった。そこで、全世界の主要な人事責任者を一カ所に集めて、3日間の集中討議を通じて、中期人事戦略、タレント戦略を立てる人事変革ラボを行った(図表1)。
「このラボの特色を一言でいうと"ビジネスドリブン" と"デザイン・シンキング" です。これまで人事戦略を考えるときには、人事目線からの顕在化している人事課題抽出と解決の方向性策定、というボトムアップアプローチでしたが、このラボで最初に徹底して行ったのはビジネス環境と将来のビジネスモデルの理解。つまり、自分たちのビジネスは将来どこに向かうのか、そのときに人事の役割はどう変わるのかを話し合いました。事前インプットとしてビジネスリーダーへのインタビューや、人事コンサルタントではなく戦略コンサルタントからの事業環境整理などを行いました。もう一つの工夫は、ブレインストーミングルームや各種の最新デジタルツールを使って、右脳的に直感的かつイノベーティブな議論ができる環境をつくり、今の延長線でタレント戦略の将来像を考えない工夫を行いました。不確定な未来だからこそ、あえて長期的な視野で考える、また人事起点でなく、ビジネス起点でタレントマネジメントを考えるために、このような戦略討議の場を持つことも人事変革の起点として有効だと思います」
次に、具体的な人財の確保・育成の留意点について鵜澤氏に聞いた。
「将来の経営者候補となるハイポテンシャル人財のタレントマネジメントは、人事部門だけに任せず、経営者の積極的な参加が必要です。経営者になり得る人財は、経営者にしか育成も評価もできないからです。最近では、いわゆる王道や花形ではない部門の方が経営者に抜擢されるケースが増えています。リーダーに求められる資質や経験が明確に変化していることの一例です。失敗しないように本社のエリートコースをたどらせるのではなく、新規事業開発や海外事業の立ち上げ、不採算事業の立て直しなど“修羅場体験”を積ませて成長させ、今後の経営をリードする人財を見極めるのです」
一方、一般社員を対象に能力向上と適材適所の人員配置を目指す全社的なタレントマネジメントでは、各事業部門のマネジャーの役割が重要になる。人事に関する権限と責任をどれだけ現場に移譲できるかがカギになると鵜澤氏は強調する。
「ビジネスの変化、新しい人財要件、その採用や育成方法を、もっとも理解しているのは現場のマネジャーです。すでに日本でも、採用や異動、評価、報酬決定など、今まで人事部門が担っていた仕事を移譲して、現場主導の人財マネジメントを取り入れる例が出てきています。全社的なタレントマネジメントの主体もビジネス側に移していくべきです。マネジャーが個々の社員の能力を常に把握し、それを伸ばす仕事を適切に与えるためにも、面談の機会を増やすことが必要です。欧米企業では、年に1~2 回の評価面談ではなく、上司と部下が週1回~隔週ぐらいの頻度で短時間の面談をして、パフォーマンスへのアドバイスや振り返りを行う『チェックイン』を導入する例が増えています。これは日本でもぜひ行うべきです」
今後、人事部門は、各部門のマネジャーとの綿密な連携が求められる。それぞれの現場に適した人財アセスメントの手段や育成プログラムのアドバイス、組織横断的な人員配置など、長期的視野の人事マネジメントを行っていかなくてはならない。
「日本のタレントマネジメントは海外に比べ遅れていると言われますが、それは人事制度の見直しや人財データベースの構築などについてです。全社的な社員の能力底上げについては、海外企業もまだ大きな成果を出せていません。もともと日本には、人財育成に熱心で、長期雇用の中で時間をかけて育成し戦力化していく企業文化があります。その文化をタレントマネジメントに結びつけ、全社的な社員の能力向上と精度の高い人員配置につなげていければ、それが『日本型タレントマネジメント』になるのだと思います」
profile
専門はHR Transformation とデジタル人事。大規模なグローバル人事部門改革およびクラウドHRソリューションの日本における第一人者として豊富な実務経験を持つ。『ワークスタイル変革』(共著/ 労務行政)、『AS ONE 目標に向かってひとつになる』(共訳/プレジデント社)他、人事専門雑誌への執筆多数。