「ただしリモートワークの普及が、仕事と私生活の境界を曖昧にし、むしろ長時間労働を助長してしまう傾向があることには注意が必要です。リモートワーク時代に相応しいワークライフバランスのあり方や長時間労働の防止策、マネジメントのあり方も含めて検討していくことが必要です」(鶴氏)
2015年秋にファーストリテイリングが地域正社員を対象に導入して話題となった限定正社員の一形態である週休3日制。ヤフーも全従業員を対象に導入することを検討中と公表している。
長時間労働の是正やワークライフバランスの推進など、働き方に関するさまざまな課題が改めて浮き彫りとなった2016年。雇用と労働を巡って、2017年はどのような変化が起きるのか。「働き方改革」「ダイバーシティ&インクルージョン」「テクノロジー」の3つの要素に注目し、今年の見通しと注目のキーワードを2人の識者に聞いた。
2016年は「働き方改革」と合わせて「ダイバーシティ(多様性)」に対する意識が高まった年でもあった。少子高齢化・人口減少が続く日本では今後、深刻な労働力不足が経済成長の足枷になることが懸念される。2010年には22.8%だった65歳以上の人口が、2060年には39.9%になると予測されているが、これは世界のどの国もかつて経験したことがない水準だ。また、15~64歳の生産年齢人口は2013年時点で32年ぶりに8,000万人を下回り、2060年には4,418万人まで大幅に減少すると考えられる(図3)。
ますます加速する人手不足に対応するためには、就業に関してさまざまな制約がある人にも活躍してもらう必要がある。育児や介護をしている女性や定年を迎えた高齢者、また障がい者の方々など、従来は企業に勤めるのが難しかった人たちがその能力を発揮できるようにしていく、「働き方の多様性」という意味でのダイバーシティの実現が欠かせない。そのための有効な雇用施策について、両氏に語ってもらった。
「被雇用者に占める女性や障がい者の比率を高めることがダイバーシティだと捉えられがちですが、重要なのは数合わせではありません。『多様な能力をいかに発揮できるか』というインクルージョンです。時間や場所を選ばない多様な働き方を実現する具体的な環境整備に、企業も国も一層注力する必要があります」(山田氏)
ライフスタイル・ライフステージに合わせた多様な勤務形態が可能になるという意味で、場所を選ばない働き方であるリモートワーク(テレワーク)の導入は引き続き有効な手段の一つだ。かつては情報共有の問題や同じ職場で共に働くことによるシナジーを発揮しにくいことが弊害といわれたが、ITの発達により解消しつつある。
「ただしリモートワークの普及が、仕事と私生活の境界を曖昧にし、むしろ長時間労働を助長してしまう傾向があることには注意が必要です。リモートワーク時代に相応しいワークライフバランスのあり方や長時間労働の防止策、マネジメントのあり方も含めて検討していくことが必要です」(鶴氏)
2015年秋にファーストリテイリングが地域正社員を対象に導入して話題となった限定正社員の一形態である週休3日制。ヤフーも全従業員を対象に導入することを検討中と公表している。
「週に3日休むことで心身がリフレッシュできれば、むしろ生産性が上がり、イノベーティブな発想が生まれやすくなる可能性もあります。もちろん休みが増えた結果、平日の労働時間が大幅に増えてしまっては意味がありません。ここでも時間当たりの生産性を評価するような制度を取り入れる必要があるでしょう。導入を機に、より効率的に働こうという意識が醸成されることを期待したいところです」(鶴氏)
2016年に一部の企業で実施されて話題となった「副業解禁」は今後進むのだろうか。
「ベストセラーになった『ワーク・シフト』の著者で、経営組織論の権威であるロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授が『連続スペシャリスト』という興味深い概念を提言しています。長寿化により人間が働き続ける期間が長くなる一方で、社会の変化はますます激しくなっています。同じ仕事を一生涯続けるのはほぼ不可能となるため、人生の節目節目でキャリアの見直しが必要になります。同時に、仕事に対しより深い専門性が求められる時代でもあります。そこで、特定分野の専門性を身に付けつつ、生涯において何回かそれを変えていくべきというのが連続スペシャリストの考え方です」(山田氏)
これを実現するには、現時点での本業を続けながら、次の仕事につながるようなキャリアを積むための準備が必要となる。単に"二足のわらじを履く"という意味ではなく、将来のキャリアチェンジの準備としての副業は、今後ますます注目される可能性がある。
鶴氏は、ダイバーシティによって企業の人事の役割がますます重くなると強調する。
「ダイバーシティを特に意識していない企業でも、すでに職場にはプロパー社員、中途社員、派遣社員、雇用延長したシニア社員などさまざまな人々がいるはずです。働く人も、それぞれの働き方もますます多様化が進むでしょう。多様な個性や能力をどう把握し、それを適材適所の人財配置によっていかに発揮させていくのか。ダイバーシティが進むなかで、新しい人財マネジメントの枠組みが求められていくことを、企業の人事部門は認識しておく必要があるでしょう」
profile
東京大学理学部数学科卒業。オックスフォード大学 D.Phil.(経済学博士)。1984年に経済企画庁(現内閣府)入庁。OECD経済局エコノミスト、日本銀行金融研究所研究員、経済産業研究所上席研究員などを経て、2012年より現職。
profile
京都大学経済学部卒業後、1987年に住友銀行(現三井住友銀行)入行。経済調査部、日本経済研究センター出向を経て、93年に日本総合研究所入所。2003年、調査部経済研究センター所長。15年、京都大博士(経済学)。11年より現職。
キーワードで探る2017年の日本
鶴 光太郎氏(慶應義塾大学大学院 商学研究科 教授)
山田 久氏(日本総合研究所 調査部長/チーフエコノミスト)