八代尚宏(やしろなおひろ)
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- 国際基督教大学教養学部客員教授。専門は労働経済学、法と経済学、経済政策。大学卒業後、経済企画庁に入庁。在職中に米国メリーランド大学にて経済学博士号を取得、OECD日本政府代表部とOECD事務局に出向。上智大学国際関係研究所教授などを経て、現職。
去る3月28日、「改正労働者派遣法」が成立し、4月6日の公布後6カ月以内(10月まで)を目処に施行されます。
今回の改正について、国際基督教大学の八代尚宏教授にうかがいました。
改正労働者派遣法が成立し、「30日以内の労働者派遣の原則禁止」などの規定が盛り込まれました。そもそも短期派遣が問題視された背景には、2008年ごろから高まった「派遣バッシング」があります。しかし、「短期派遣を禁止すれば安定雇用機会が増え、低所得層問題の解決になる」という論理は、あまりにも希望的観測といえます。むしろ、派遣以外の有期雇用が増えるだけで、何ら根本的な解決にもなりません。派遣労働者の雇用機会が損なわれる法改正は何のための、誰のためのものなのか。その意味が今、問われています。
派遣労働者を保護するためにその働き方を禁止するというのは、それ自体が本末転倒です。派遣の仕事がなくなれば、派遣労働者を保護する必要もなくなるわけですから。では、派遣法はどうあるべきか。私は、派遣の仕事を認めた上で派遣労働者の待遇を改善するような改正が必要だと思っています。
具体的には、「派遣労働者の保護」という観点で、直接雇用の労働者と同様の(1)休業補償の適用、(2)派遣先の労働者との同一待遇の徹底などを強化するべきでしょう。さらには、社会全体でより良い雇用環境を作るという意味合いで、派遣先企業に、派遣事業者を対象とした規制・遵守事項を同様に広げていくことも、考えていく必要があるかもしれません。
今国会では、派遣を含めた有期雇用全体を規制する「改正労働契約法」も提出されました。これは、先に述べた「派遣を禁止しても他の有期雇用が増えるだけ」という批判への対抗措置です。ここでは、有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合、労働者が無期雇用への転換を請求できると定めています。しかし、仮にこれが成立すれば、業務の繁閑調整やコストなどの関係で、5年未満で雇用契約を打ち切るか、離職後6カ月以上経てば有期雇用が継続されたことにならない「クーリングオフ制度」を選択せざるを得ない企業も出てくることが想定され、雇用はさらに不安定になります。
こうした規制は、「長期雇用が保障される無期雇用の正社員のみが望ましい働き方である」という考え方に基づいています。しかし、高い経済成長期が終わった今、これまでの長期雇用、年功賃金などの雇用慣行をそのままの形で維持できないことは明白です。そうした中で派遣を含む有期雇用が規制されれば、新たに職を求める労働者の雇用機会が縮小し、格差の固定化が進みかねません。
本来、有期雇用の改革は、無期雇用と一体的でなければなりません。今後、企業が業績向上に向けて適時最適な人材を確保するには、有期・無期などの「期間」に限定されない多様な雇用形態や、流動的な労働市場が必要不可欠です。雇用形態での差をなくすと同時に、職種ごとの「同一労働同一賃金」を基本とし、さまざまな働き方の労働者間の壁を低くする。それが、労働者と企業双方にとって、真にメリットのある改革だと思います。