組織 仕事の未来 人生100年時代に求められるライフキャリアデザイン

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2020.11.20
人生100年時代に求められるライフキャリアデザイン

私たちはなぜ働くのか。自分にとって本当に大切なことは何か。どのようなキャリアや人生を歩みたいのか。
コロナ禍はキャリア観を見つめ直す大きな契機となった。
経済・社会環境の不確実性が高まっているうえに、人生100年時代といわれる今、「ライフキャリア」の視点に立ち、長期的なキャリアデザインに取り組んでいくことが欠かせない。
臨床心理士でキャリア心理学研究所代表の宮城まり子氏に、ライフキャリアの考え方や行動のポイント、自律性・主体性の高め方、それを支える企業のあり方などについて語っていただいた。

「ニューノーマル」はキャリア観を本格的に見直す好機

新型コロナウイルス感染症拡大は、われわれのキャリア観に大きなインパクトを与えることとなった。慣れないテレワーク環境下で、自分の労働観や人生観をあらためて見つめ直したビジネスパーソンは少なくないだろう。

実際、内閣府が2020年6月に発表した『新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査』によれば、仕事への向き合い方などの意識が変化した」との回答は5割超、「(仕事と比べて)生活を重視するように変化した」との回答は約5割にのぼったという(図1参照)。

図1コロナ禍を経て、仕事への向き合い方やワークライフバランスに対する意識に変化があった就業者が半数を占めた

今回の感染症拡大前に比べて、
仕事への向き合い方などの意識に変化はありましたか。

はい(57%) いいえ(32%) わからない(11%) はい(57%) いいえ(32%) わからない(11%)

今回の感染症拡大前に比べて、
ご自身の「仕事と生活のどちらを重視したいか」という意識に変化はありませんか。

生活を重視するようになった(50%) 変化はない(40%) 仕事を重視するように変化(5%) わからない(4%) 生活を重視するようになった(50%) 変化はない(40%) 仕事を重視するように変化(5%) わからない(4%)

出所:内閣府「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」
(2020年6月21日)

感染症拡大前に比べて「社会とのつながり」の重要性をより意識するようになったという回答も約4割だった。

「今までの日本のビジネスパーソンは、キャリアについて会社任せで他律的な傾向が強く、キャリアを自ら切り拓く発想が乏しかった。しかし今回のコロナ禍で、あらゆる業界が想定外の打撃を受け、日常生活も一変しました。

この会社にいれば一生安泰なんてことはありません。危機的状況で頼りになるのは自分だけ。どう生き、どう働くのか。誰もが本気で考えたと思うのです。『ピンチはチャンス』と言うように、今回の危機は自分のキャリアを問い直す好機と捉えるべきです」

従来は、どの会社に入社し、どのような部署・役職に就いたかといった職務経歴でキャリアを捉えがちだったが、1人の人間としてどのように成長し、どのように自分を生かし、世の中にどう貢献するのかということがキャリア形成だと捉えるべき転換点に来ているのだ。

今の勤務先で自分の強みや専門性をいかに磨いていくか。仕事以外の領域の自分の生き甲斐や、ライフワークとして成し遂げたいことを、作り出せるか。生き方・働き方の設計図を作り、その解像度を日頃から高め、達成のために努力を重ねていく。このような「ライフキャリアデザイン」の発想を持つことが重要だといえる。

「人生100年時代ですから、仮に定年が70歳に延びても、100歳までは30年。20歳の人が50 歳になるのと同じ長さの時間を過ごさなければならない。『会社内でどう出世するか』といった価値観で生きるには、人生は長すぎます。目の前の仕事だけでなく、5年後10年後に自分はどうありたいか、絶えず中長期的なキャリアビジョンを描いて行動することが大切です」

もちろん今の時代、5年後10年後に自分の会社が存続しているかどうも不確かで、正確には予見できない。

「キャリアビジョンは常に『仮定法』で考えていいのです。仮に、50歳で会社を辞めて新しいことにチャレンジするとしたら、自分は何がしたいのかを日頃から考えること自体が大切です。60歳になってからでは、生き甲斐なんてすぐには見つからない。スポーツに準備運動や助走が必要なのと同じで、ライフキャリアにも準備や助走の期間が欠かせないのです」

考えるだけでなく「行動」が重要一歩でも踏み出す努力を

中長期のキャリアビジョンを考える1つのヒントとして、宮城氏は「タイムカプセル」と呼ばれる心理療法を挙げる。

「私がよく紹介するのは、40代の方に、自分の80歳の誕生日をイメージしてもらう方法です。誕生会にお友達を呼び、あなたの80年の人生がどんなものだったかをスピーチしてくださいと伝えます。そこで語られるのは、どんな人生を送りたいかという自分の夢や希望であるはずです。すると、そんな人生を送るには今から何をすべきかが、逆算して見えてくるはずです。

今のような不確実で不安な時代だからこそ、私は皆さんに明確な夢や希望を持ち、それを見える化してほしい。10年後の自分がどんな姿でいたいのか、漠然と考えるのではなく、具体的に書き出して言語化する。そして、できればそれを誰かに話してみる。話してみて初めて、自分の心に気づきます。心のなかでただ考えているだけではなく、行動してみることです」

もう1つ重要なのが、『仕事以外の人的なネットワークを持つこと』だと宮城氏は強調する。人間関係が仕事中心となり、会社の価値観だけに埋没していると、自分のライフテーマを客観的に捉えることができないからだ。

「異業種の人であったり、大学時代の友人であったり、あるいは趣味や地域活動で出会った人々であったり、さまざまな人と交流することで、自分を客観的に見る力や、社会の変化を察知する力が養われます。同窓会でも異業種勉強会でも、人と交わるものなら何でもいいのです。

『そんなの簡単』と思うかもしれませんが、大切なのは自ら行動すること。実際、『私たちの大学は同窓会なんてやってません』『勉強会ってどこでやっているんですか』と、私に質問してくる人は実に多い。そんなとき、『あなたが自分で主催すればいいんじゃないかしら』と答えます。

大学時代の仲間に声をかけて、それぞれが数人ずつ連れてきて集まり、何か課題を決めてみんなで意見交換すれば、それだけで異業種交流会が始まります。リモート環境で閉塞感の強い今こそ、自分の殻に閉じこもらず、積極的に人と交わるべきです」

個人と企業のキャリアニーズはマッチングが重要に

個人のキャリア意識が変われば、企業のキャリア開発・キャリア支援の考え方も変わらざるを得ない。企業側には、社員1人ひとりが自らのキャリアについて主体的に考えるチャンスと時間を与えてほしいと宮城氏は話す。

「お仕着せの研修プログラムだけでは社員の主体性は引き出せません。例えば、将来やりたい仕事が社内にあった場合、どういう職務を経験し、どんな資質・能力を身につけたらその仕事に就けるのか。

また社内の各部署の仕事内容を見える化したキャリアマップを作り社内で共有するといいでしょう。キャリアに関するそうした情報を積極的にオープンにしていくと、それを指針として主体的に学ぶようになるはずです」

併せて検討すべきなのが、キャリアカウンセリングの導入だ。

「キャリアを真剣に考えると、さまざまな悩みや迷いが出てくるものです。転職することが本人のキャリアにとって正解という場合もありますから、人事や上司にはなかなか相談しにくい。主体的にキャリアについて考えてもらい、並行してキャリアカウンセリングが受けられる仕組みを作ってほしいのです。

よく人事の方が『本格的なキャリア支援を始めると、優秀な人財が流出してしまうから困る』とおっしゃるのですが、そんな了見からはぜひ脱却すべきです。自身の人生においてキャリアをどう築きたいのかを明確にしたうえで、個人のニーズと企業側のニーズをマッチングして、従業員が活躍できる場を提供していく。つまり優秀な従業員たちがとどまりたくなるような魅力的な会社を目指していくということです。それをどこまで本気でやれるかが企業側に問われていくと思います。

仮に優秀な社員が転職したとしても、『他流試合を重ねて力をつけたら、もう一度うちの会社に戻ってきなさい』と言えるぐらいの度量を、これからの日本企業に持っていただきたいですね」

Profile

宮城まり子氏

宮城まり子氏
臨床心理士
キャリア心理学研究所 代表

慶應義塾大学文学部心理学科卒業。早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻修士課程修了。精神科、小児科、心療内科などで臨床活動後、大学教員になる。
専門は臨床心理学、キャリア心理学、生涯発達心理学。日本産業カウンセリング学会名誉会長。