小野隆氏
デロイトトーマツコンサルティング執行役員パートナーHRトランスフォーメーション領域事業責任者
人事領域の機能・組織・業務・人材の変革について、HRテクノロジー、デジタルHR、エンプロイーエクスペリエンス等の観点から支援している。著書に『最強組織を作る人事変革の教科書』(日本能率協会マネジメントセンター)がある。
2022年にAdecco Groupが世界25か国のオフィスワーカーと非オフィスワーカーを対象に行った調査では、世界にいる働き手の4人に1人以上(27%)が今後12カ月以内の離職を考えているということが明らかになった。
大退職(Great Resignation)時代に、企業はどのように人財をつなぎとめればよいのか。デロイトトーマツコンサルティングでHRT領域の事業責任者を務める小野隆氏に聞いた。
「世界の人事部門責任者、管理職などへのアンケートを基に、デロイトトーマツが2011年から発信している『グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド』のデータを見ると、2016年頃から企業と被雇用者の関係性に潮流の変化が起きていたと感じます」と、小野隆氏は言う。インターネットやSNSなどを介して誰もが平等に情報を得られるようになり、デジタル技術による生産性の向上などもあり、「企業に対して“個の力”が強まっています。昨今、人事を『Employee Experience(エンプロイーエクスペリエンス)』や『HumanExperience(ヒューマンエクスペリエンス)』と呼ぶのも、企業が組織ではなく、より個々の従業員にフォーカスするようになった傾向の表れでしょう」
2022年の「Z・ミレニアル世代年次調査」でも、変化が見てとれた(図1参照)。
出典:デロイトトーマツ「Z・ミレニアル世代年次調査2022」
「グローバルと日本の調査で、ともにZ世代とミレニアル世代の2年以内の離職意向が5割弱から6割超と高い数値を示しました。20年はコロナ禍で多少下がったものの、21年にはまた上昇しています。20~30代は、より活躍できる場、受け入れられる場を求める傾向にあります。“個の力”が強まり、若手を中心に転職意欲が高まったことが、欧米で話題になっている大退職時代といわれる潮流の背景にあると思われます」
このような背景のなか、何が大退職時代のきっかけとなったのか。小野氏は企業と個人の2つの側面から説明する。
「多くの企業はコロナ禍により、ビジネスモデルの転換を強いられました。ビジネスモデルが変われば、人財に求めるスキルや人財ポートフォリオも変化します。その結果としてリスキリングや採用が加速しています」
特に米国や欧州ではコロナ禍による不況からすでに景気が回復しつつあり、2020年から2021年にかけミドルの退職率が大幅に増加。その要因の一つとして、ミドルの採用ニーズの高まりがあると考えられている。これは企業が即戦力を求めており、リモートワークの増加により育成が難しくなったためだ。
「企業は必要な人財を獲得するため賃金を引き上げざるをえないというのが現況です」
一方で個人の観点からは、Z世代・ミレニアル世代はもともと転職意欲が強いこともあり、「コロナ禍によってリモート勤務が増加したことで、自分の仕事や人生について改めて見つめ直す時間ができた方も多かったようです。とりわけ米国では転職による年収増加を目指してリスキリングする傾向がみられます。これらの要因が重なり、人財の流動化が急速に進んだのが大退職時代という現象なのではないでしょうか」と、小野氏は分析する。
米国の大退職時代のデータをひも解いてみよう。米国労働統計局の21年8月から12月にかけてのデータ(図2参照)によると、離職者数や離職率で上位を占めるのは観光や貿易などのサービス業だ。
米国の労働統計局データによると、離職者数や離職率が高いのは「観光」や「貿易」などのサービス業が多いが、これに次いで「専門・ビジネスサービス」が上位に挙がる
出典:各国の国家統計局(Haver Analytics からのアクセスによる)
また、専門・ビジネスサービスが3番目に位置している点も注目だ。
「退職したら、次の仕事を見つけなければなりません。つまり大退職には“出口”と“入口”があるわけです。出口となりやすいのは、観光や貿易といったコロナ禍の影響で業績が悪化している業界で、一方のいわゆるホワイトカラーの仕事は入口も多い。
企業が必要とするスキル、求める人財ポートフォリオの変化によって新たな雇用が生まれやすく、人財の流動化が起きていると考えられます」
日本ではどうか。小野氏は「Z世代・ミレニアル世代の転職意欲が高いのは日本も同じで、コロナ禍のリモートワークで人生観や仕事観に変化が起こりました。個人の状況はグローバルと変わりません。ただリスキリングについては日本の状況は少し違います。経済産業省のデータでは、日本では自己啓発や社外で学習する人の割合が低いと指摘されており、海外よりも『自らスキルを磨き、より高い収入を得たい』という動きは弱いと思います」と述べる。
企業もコロナ禍をきっかけにビジネスモデルが大きく変化し、スキルギャップが発生していることは変わらない。しかし、「業績が大幅に回復し、報酬を引き上げて人財の積極的な獲得に乗り出すというケースは少ない」と小野氏は話す。総務省のデータによれば自発的な退職が多少は増加したが、結果として日本においては大退職が引き起こされるには至っていないという。小野氏は「グローバルでもすでに大きな人財の流動が起こった後であり、景気後退の傾向も見えています。採用を停止する企業もありますので、大退職は今後収束していく可能性があります」と解説する。
今後はパーパスと教育が人財を維持するカギになると小野氏は続ける。
「今いるタレントを惹きつけておくには、企業は自社の存在意義を打ち出し、従業員の共感を得る必要があります。言葉を掲げるだけではなく、パーパスに沿った企業行動をとらなければいけません。教育の機会を提供できるかどうかも人財に選ばれる企業の重要な要素です。今後の企業のあり方は、個が自律し、かつチームとして連携しながらアジャイルに仕事を進めていける組織へと進化していくと考えています。互いに学び合える文化、社内のリスペクトできるような人から刺激を受けられる環境は、大きな魅力となります」
米国ではジョブ型雇用が一般的といわれるが、「グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2019」という調査からは意外な側面が見てとれるという。
「ジョブ型雇用では、あるポジションに空きが出たら社内外からの応募によって補填するのが一般的です。しかし実際には、採用ではなく育成にコストをかけ、社内の人財でポジションを埋めていることが多いという結果が出ました。社内でのジョブローテーションや育成、リスキリングにコストをかけるというトレンドが生まれており、そういった点も社内外の人財を惹きつけるのだと感じます」と小野氏が解説する。
「デロイトトーマツではRe-architectWork(仕事の再構築)を提唱しています。ビジネスモデルや環境が変わっていくなかで、企業はビジネスをタスクに分解し、不要な業務をカットし、自社ですべき業務と外部に依頼できる業務に整理する。つまりBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)を推進し、AI(人工知能)やディープラーニングを利用して、人は“考える業務”にフォーカスする方向に進むべきです」
人財を維持するためには、企業としての方向性を定め、教育に力を入れると同時に、仕事を再構築することを迫られているといえそうだ。
小野隆氏
デロイトトーマツコンサルティング執行役員パートナーHRトランスフォーメーション領域事業責任者
人事領域の機能・組織・業務・人材の変革について、HRテクノロジー、デジタルHR、エンプロイーエクスペリエンス等の観点から支援している。著書に『最強組織を作る人事変革の教科書』(日本能率協会マネジメントセンター)がある。