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2024.07.04
ゴリラに学ぶ「共感」を育むリーダーシップ

経済、社会、技術、そして自然環境が激変している今日、組織の設計や運営はいよいよ難しくなっている。 この変化の激しい時代に、組織を率いるリーダーに求められる要件とはどのようなものなのだろうか。
ゴリラの生態を実地で研究し、京都大学総長を6年にわたって務められた山極壽一氏に、ゴリラと人間に共通するリーダーシップの本質と、これからの時代の組織のあり方や人の生き方について語っていただいた。

人間とゴリラに共通する 「リーダーの4つの条件」

松下電器産業(現パナソニックホールディングス)の創業者である松下幸之助氏は生前、リーダーになる素質がある若手社員の条件を3つ挙げていました。「愛嬌があること」「運がよさそうに見えること」、そして「背中で語ること」です。これらはすべて、ゴリラの群れのリーダーにも当てはまります。

ゴリラのリーダーには、群れの子どもたちや雌ゴリラから慕われる愛嬌がなければいけません。また、「ついていけばいいことがある」と思わせる雰囲気も必要です。一緒に行動すれば、おいしいものを食べられるかもしれない。安らげる場所が見つかるかもしれない。外敵から自分たちを守ってくれるかもしれない──。これらを総じていえば、「いいことを招き寄せる運がありそう」ということです。そんな雰囲気が挙措からにじみ出ていること が、ゴリラのリーダーの必須の条件となります。

さらに重要なのが「うしろを振り向かない」ことです。ゴリラがうしろを振り向くのは、不安のあらわれです。自信のあるゴリラは決して振り返らず、背中で群れの仲間たちに安心感を伝えます。

松下幸之助氏が挙げた3つのリーダーの素質に加えて、僕はもう1つ必要な要素があると思っています。それは「上手にボケられる」ことです。仲間たちからの要求にすべて生真面目に応じるのではなく、うまくはぐらかしたり、とぼけてみせたりする。ゴリラのリーダーはそういうことをよくやります。その余裕のある鷹揚な態度が仲間に安心感を与えるわけです。これはまさしく、人間のリーダーにも必要とされる能力だと僕は思います。

共感は言葉ではなく 身体から生まれる

以上の4つの条件には、ある共通する要素があります。それは「共感」です。愛嬌、強運への信頼、態度からにじみ出る安心感、そして余裕のある立ち居振る舞い──。そのすべてが仲間からの共感につながります。強いだけのリーダーには、人もゴリラも共感するこ とはできません。リーダーは、仲間たちに自分の弱さを見せる必要があります。自分の弱さをさらけ出し、ときに意識的にボケてみせることで、「自分が支えてあげなければならない」と仲間たちに思わせる。そこから共感が生まれるのです。

経済、社会、自然環境が大きく変化している現代において、リーダーに求められるのは、変化に適応できる瞬発力を持ち、多様性に富んだ組織をつくることです。カリスマ的な強いリーダーが率いる一枚岩の硬直した組織は、変化に対応することができません。変化の激しい時代には、柔軟性と多様性こそがサステナブルな組織の条件となります。その適応力と多様性のベースとなるのが、リーダーと仲間の間で、あるいは仲間同士の間で育まれる共感なのです。

ゴリラは言葉を話しません。しかし、リーダーと仲間たちの間には共感に基づいた確かな信頼関係があります。それは人同士の関係にも通ずることです。私たちは論理的な世界で生きていると思われますが、言葉を発明する以前からある「音楽的コミュニケーション」という身体表現によってつながり、共感し合ってきました。ですからゴリラの世界と同様に、社員は、リーダーの「言葉」ではなく「態度」や「行動」に信頼を寄せます。それから、言葉はときに噓をつきます。相手の言葉だけで自分の感情が左右されないように、その人の心を探ることが重要です。

人間にあって AIにないものとは何か

最近、生成AIが社会に急速に浸透しつつあります。僕は、AIのようなテクノロジーは上手に利用すればいいと思っています。単純で面白みのない仕事はどんどんAIに任せればいい。そのうえで、AIにはできない真の人間的活動は何かということをしっかり考えればいい。

人間にあってAIにないもの。それは身体と意識です。僕たちは情報を獲得したら、それをいったん脳すなわち身体に着地させ、解釈し、意味付けたのちに、行為に反映させます。つまり、身体と意識を媒介として情報を処理しているわけです。それに対して、AIを駆動させているのは情報だけです。AIは情報と情報を組み合わせることで答えを出します。しかも、その情報はすべて過去のものです。

人間は、身体と意識によって情報に価値付けをするだけでなく、過去に起こっていないことを想像し、そこから新しいものを創造することができます。これはAIにはない能力です。

同様に、AIに共感力はありません。AIが属しているのは言葉の世界です。言葉は視覚と聴覚によって感知されます。一方、味覚、嗅覚、触覚で感知された感覚を正確に言語化することはできません。つまり、AIはおいしさや匂いや肌触りを本当に理解することはできないということです。

人間は、味や香りや手触りを感じることができます。しかし、自分が感じているままに他人と共有することはできません。共有できないからこそ、共有したいと考える。それが人間です。AIとAIは情報だけで結びつくことができます。しかし人間はそうではありません。人間は「言葉にならないもの」を相手と分かち合いたい、情報以外のもので他人と結びつきたいと願うのです。そして、その結びつきから共感が生まれるのです。

この人間的な特性を、ぜひ会社や団体の組織づくりに生かすべきだと僕は思います。音楽会、スポーツイベント、食事会、ワイン会、ボランティア活動──。身体感覚が重視されるそういった催しのなかで仲間たちが交わり合うことで、確かな共感が生まれ、それが組織の基盤となる。これからの時代は、そんな組織づくりが求められると思います。

未知の領域への好奇心から生まれる共感を増やしていく

僕は2014年から20年まで京都大学の総長を務めました。大変な仕事でしたが、6年間の任期をまがりなりにも全うできたのは、理事や副学長を信頼し、それぞれが管轄する仕事を全面的に任せることができたからです。1人で何から何までやろうとしないこと。それもまたリーダーの条件だと僕は思います。

もう1つ、僕が意識していたのは「自分の知らないことを面白がる」ことでした。僕はゴリラの研究しかしてこなかったので、法学、医学、経済学といったほかの学問分野については無知に等しかった。しかし、自分が知らないことへの好奇心は大いにありました。いろいろな分野の人たちと対話をし、知らないものは知らないと正直に伝えながら、自分にはない知識やものの見方を心から面白がること。未知の領域から逃げるのではなく、積極的に関わ っていくこと。そんな行為の積み重ねから生まれたのも、やはり共感だったと思います。そう思えば、僕もまた共感を基盤とした組織運営をしていたということです。

現在僕は、総合地球環境学研究所の所長という立場にあります。今もその立場を生かして、いろいろな分野の人たちと交流を続けています。研究者だけではなく、ダンサーやアーティストなどと対話をし、自分が知らないことを聞いて面白がっています。大学総長時代とやっていることは同じです。自分が面白いと思える領域をどんどん広げ、自分が共感できるものをどんどん増やしていくこと。変化の激しい時代には、組織だけでなく、一人ひとりの生き方にもそのような柔軟性が求められると僕は考えています。

Profile

山極 壽一氏

山極 壽一氏
総合地球環境学研究所 所長

1952年東京都生まれ。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。専攻は人類進化論。アフリカ各地で野生ゴリラの社会生態学的研究に従事する。
京都大学大学院理学研究科助教授、同教授、同研究科長・理学部長などを経て、2014年から20年まで第26代京都大学総長を務める。日本霊長類学会会長、国際霊長類学会会長、日本学術会議会長、総合科学技術・イノベーション会議議員を歴任。2021年4月より現職。
近著に『共感革命 社交する人類の進化と未来』(河出新書)、『森の声、ゴリラの目 人類の本質を未来へつなぐ』(小学館新書)などがある。