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2024.07.12
デジタルディスラプション時代に求められる組織改革とリーダーシップ

AIの進化により、私たちの働き方にも大きなディスラプション(創造的破壊)をもたらす時代に突入しようとしている。生成AIをはじめとするデジタルテクノロジーの進展にとどまらず、複雑化する国際情勢と地政学的リスクの高まり、気候変動に伴う世界的な脱炭素化に向けた要請など、企業を取り巻く経営環境は大きく変化を続けており、企業のリーダーもこれに対応するための資質・能力が求められている。これからのリーダーが果たすべき役割とは何か。どのようなリーダーシップが求められるのか。
リーダーシップとチームワーク研究の第一人者である早稲田大学商学部准教授の村瀬俊朗氏に聞いた。

リーダーシップは組織変革の原動力

変化が激しく先行き不透明な「VUCAの時代」が到来した、と言われて久しい。近年はデジタルテクノロジーの普及に伴い、既存の業界構造やビジネスモデルを破壊するデジタルディスラプションが次々と発生し、企業の競争環境はますます複雑化した。今後は生成AIの普及が構造変化をさらに加速させていくと予測される。

Adecco Groupが2023年10月から12月にかけて9カ国の経営幹部を対象に実施した調査では、57%が「経営陣のAIスキルや知識に自信がない」と回答する一方、「AIは自社の属する業界のゲームチェンジャーである」との回答が世界平均で60%を超える結果となった(図1参照)。

図1AIに対する現状と期待

AIに対する現状と期待 AIに対する現状と期待

AIに対するリーダーの準備が伴っていない一方、「ゲームチェンジャー」としてAIはあらゆる業界で期待が高まっている。

出典:Adecco Group「Leading through the great disruption」(2024年4月)

「端的に言えば、企業は従来のやり方を続けるだけでは稼げない時代になったということです。以前から海外のコンサルティングファームは『稼げる業界が次々と違う業界にシフトしている』『稼げる企業がごく少数に限られてきた』などと繰り返し指摘していました。企業は戦い方を変えなければならない。新たな組織論、リーダーシップ論が求められているのもそのためです」と村瀬俊朗氏は説明する。

では、環境変化に対応してビジネスモデルを変えたり、新規事業を創造したりしていくために、企業組織はどう変わるべきか。しばしば指摘されるように、上意下達のピラミッド型の組織形態では、意思決定が遅くなりがちで、環境変化に対し柔軟に対応しにくくイノベーションも生まれにくい。そこで組織をフラット化して、チームの各メンバーの多様な知をできるだけ吸い上げて、柔軟かつ迅速に意思決定できるような組織形態が望ましい。

ただ、ここで留意しておきたいのは、外形的な仕組みを見直すだけでこうした理想的な組織が機能するわけではないということだ。多くの日本企業が、組織のフラット化や権限委譲などの組織変革に取り組んでいるが、大きな成果を出せている例はまだ少ないという。

組織変革を成功させるには、組織風土や行動規範を変えることが不可欠となる。その原動力となるのがリーダーシップであると村瀬氏は強調する。

「リーダーシップにはさまざまな要素がありますが、これからの時代は失敗を恐れない組織風土を醸成し、メンバーの挑戦する気持ちを鼓舞して前向きな行動を促すようなリーダーシップが重要なのです」(村瀬氏)

メンバーが持つ多様な意見を集約しながら、不確実な課題の解決に向けて組織をまとめあげていくリーダーシップは、近年注目されている「適応型リーダーシップ(アダプティブ・リーダーシップ)」の考え方にも通じるものだ。前述のAdecco Groupの調査でも、59%が「リーダーシップ開発を強化している」と回答している(図2参照)。

図2自社のリーダーシップ開発を強化しているか

自社のリーダーシップ開発を強化しているか 自社のリーダーシップ開発を強化しているか

解決策が確立されていない課題への対応のため、適応力のあるリーダーが求められている。

出典:Adecco Group「Business Leaders Research」(2024年4月)

ストーリー性を持ったゴール提示とリーダーの行動が組織風土をつくる

組織変革に向けてリーダーシップを発揮するためのポイントとして、村瀬氏は3つの要素を挙げる。

1つ目は、目指すべきゴールと組織の方向性を、ストーリー性をもって繰り返し示すことだ。先行きが見えない中で、組織として何を達成することを目指すのか、そのために組織はどう変わるべきなのか、そのゴールは各メンバーの業務とどう紐付いているのかなどを、リーダーが日々の業務の中で繰り返し伝え、メンバーの納得感や共感を醸成していくことが重要になる。

興味深い研究報告として村瀬氏が紹介するのが、DX(デジタルトランスフォーメーション)の改革に取り組む200社以上の企業を対象に行ったアンケート調査だ。この調査では、経営層や管理職が社員に対し、「変化の必要性を語っている企業」のDXの成功率が、そうでない企業より3.1倍も高いことがわかった。同様に「変化の必要性に対する危機意識を高めるような発言や行動を行った企業」は、そうでない企業より成功率が1.9倍高かったという。それだけ、リーダーによるゴール設定や方向性の発信は組織のあり方やパフォーマンスを大きく左右する。

「ゴールの明確化が求められるのは、『心理的安全性』も同様です。『仲良くするために心理的安全性が必要』という表面的な理解にとどまらないためにも、心理的安全性を担保することでどんなゴールに到達できるのか、またゴールに到達するために多様な意見を交わすことが不可欠で、だからこそ心理的安全性を確保する必要がある、とリーダーがストーリーラインを明確に示すことが大切。不確実性の高い環境下こそリーダーの発信力、ストーリーテリングの重要性は増してくるはずです」(村瀬氏)

2つ目は、リーダー自ら行動して組織風土を醸成することだ。特に、失敗を前向きに捉え、新しいことを学ぶ組織風土は、リーダーが中心となってつくり上げるべきものだ。メンバーは、リーダーの行動を見てどんな行動が期待され、どの行為が妥当でないかを解釈する。リーダーが率先してメンバーを鼓舞したり、意欲的な発言を評価したり、さらにリーダー自身も新しいことに前向きに挑戦することが重要だ。

「メンバーに挑戦を促すには、リーダーが、気軽にさまざまな議論ができる“壁打ち相手”になることも有効です。部下にとって身近な存在となれるようぜひ対話の機会を意識的につくっていただきたいです」(村瀬氏)

生成AI時代には「インクルーシブ」がますます重要に

3つ目は、多様な価値観を包摂する「インクルーシブ」な姿勢を大切にすることだ。性別や世代、価値観の違いなどに配慮するのは当然だが、その他にも例えば、先端テクノロジーに詳しい社員が「発言が少ないから」「少数派だから」といった要因で彼ら彼女らの意見が排除されることのないように留意する必要がある。議論に参加しやすい雰囲気を整え、発言機会の少ないメンバーの意見もリーダーが拾い上げて共有していくことが大切だ。

「そう遠くない将来、生成AIなどのテクノロジーは単なるツールではなく、チームメンバーの一人と捉えられるような存在になり、人間同士と同じように、AIと人間のチームワークでパフォーマンスを生み出す時代になるはずです。その意味でも、リーダーがインクルーシブな観点を持つことは、未来の組織づくりにおいても重要になってくるのではないでしょうか」(村瀬氏)

Profile

村瀬 俊朗氏

村瀬 俊朗氏
早稲田大学商学学術院商学部 准教授

専門はリーダーシップとチームワーク研究。2011年にUniversity of Central Floridaから産業組織心理学の博士号を取得。Northwestern UniversityおよびGeorgia Institute of Technologyで博士研究員やRoosevelt大学での就労後に、2017年に現職に就く。学外では、様々な企業との数々の共同研究やアドバイザリィ活動を通じて、リーダーシップ、チームワーク、組織開発に関する組織の課題に対して助言や伴走を行っている。