生成AIの普及は、リーダーシップのあり方にさまざまな形で影響を与えていくと考えられる。企業・組織が生成AIをより効果的に活用するために、どのようなリーダーシップを発揮すべきか。経営の意思決定の精度を高めるために、AIはどう活用できるのか。
今後リーダーが磨いていくべきヒューマンスキル・能力とは何なのか。
本格的なAI時代に向けてリーダーが知っておくべきことについて、『AI時代のキャリア生存戦略』の著者で、AI&DXコンサルタントとして活躍するFocus on代表取締役倉嶌洋輔氏に語っていただいた。
リーダーシップの欠如が障壁に
生成AI活用の現状と課題
日本でも多くの企業が、ChatGPTをはじめとする生成AIをビジネスに活用している。しかし、まだ初歩的な導入段階にとどまっている企業が多いのが実情だ。これはAI活用において、先見性を持った戦略的なリーダーシップが十分機能していないことが一因だと倉嶌洋輔氏は指摘する。
「練習をしなくては自転車に乗れるようにならないのと同じで、生成AIを自由に使える環境を整えるだけでは不十分です。その状態では、上手に活用できるようにはならないばかりか、怪我をして悪い印象すら与えかねません。各組織のリーダーが生成AIの基本的な機能や性質を理解した上で、自分たちの業務のどこに生成AIを使えるのか、またどの部分は人間が担うべきかを判断するなど、適切な導入設計をすることが不可欠です。AIの効果的な活用には、このような意味でのリーダーシップが重要であることを、まず認識しておく必要があります」(倉嶌氏)
管理職層はもちろん、経営幹部がAI活用を前向きに捉えることは重要だ。しかし、Adecco Groupが2023年10月から12月にかけて9カ国の経営幹部を対象に実施した調査では、特にCEOとCFOがAIのビジネス上のメリットについて確信を持てていないことが明らかになっている(図1参照)。
「残念ながら、特に日本の経営幹部はテクノロジーに疎いように感じます。まずは『AIを使わなくてもできる』という発想は通用しなくなりつつあることを、認識すべきでしょう。これも乗り物の喩えになりますが、今の時代にビジネスでAIを使わないのは、自転車があるのに10キロの道のりを歩こうとしているのと同じ。道具を使って10キロ先まで早く行き、他のことに使える時間を増やすべきです。例えばCFOなら、AIで効率化できる業務はAIに任せ、削減した時間で財務戦略や資本政策の見直し、買収リスクの対策強化など、AIでは難しい情報収集や関係部署との討議を行い、未来志向のクリエイティブな業務に注力していくべきです」(倉嶌氏)
AI導入のための管理職層への指針
プロンプトエンジニアリングの重要性
ここからは、主に管理職層に向けて、身につけるのが望ましいスキルや能力について具体的に見ていこう。
前述のように、適切なAI活用を進める上で、組織ごとのリーダーが果たすべき役割は大きい。AIの機能を理解した上で、具体的にどの業務が生成AIによる自動化・効率化に向いているかを見極めていく必要がある。その際、欠かせないスキルの一つが「プロンプトエンジニアリング」だ。これは、生成AIからできるだけ良いアウトプットを引き出すために、最適な指示・命令を作成するスキルを指す。
LLM(大規模言語モデル)は、膨大なテキストデータと高度なディープラーニング技術を用いて構築された自然言語処理モデルで、生成AIによるテキスト生成の重要な役割を担う。その仕組みは、「AといえばB」のように、Aという質問文や依頼文に対して最も適切なBの文章を確率的に判断して提示するというものだ。そこで重要になるのはプロンプト(質問文・依頼文)となるAの文章の精度・深さである。“Garbage In, Garbage Out”という言葉があるように、浅いプロンプトからは浅いアウトプットしか生まれない。それを理解して自分の意図や前提を細かく条件付けをしたプロンプトを書くことで、精度が高く実務で使えるレベルのアウトプットが期待できるのだ。
「従来は自動化が難しいと考えられていた業務までを担えるので、生成AIは『ルーティンワーク』の概念を大幅に拡大してくれる可能性を秘めています。しかしプロンプトを書くコツや知識、スキルがないと、そこに気づくことができない可能性がある。『AIの使いどころがわからない』と感じている管理職の方は、プロンプトのスキル習得に注力してみると良いと思います」(倉嶌氏)
AIは、従来のパソコンソフトや業務システムなどに比べ技術進化のスピードが桁違いに速いため、常に最新の情報をキャッチすることも重要になる。数カ月単位で新機能が加わったり、有料だった機能が無料化されたりすることも多い。また、生成AIはさまざまな企業から提供されており、文章生成系AIの代表的なツールだけでも、OpenAIの「ChatGPT」、Googleの「Gemini」、Anthropicの「Claude」、Perplexityの「Perplexity」などがある(2024年6月時点)。複数のツールを利用し、違いや得意不得意といった特徴、シーン別の使い勝手を把握しておくことが望ましい。
実践的なAI研修が有効
キャリアアップ支援にも活用可能
部下が最適なAI活用をできるよう、リスキリング支援や環境整備などを行うのもリーダーの役割といえる。生成AIの場合、専門的なプログラミングスキルなどが必要になるわけではないので、外部の有識者の実践的な研修を社内で提供したり、リーダーが自分の活用事例を紹介したり、社員同士が知識やノウハウを共有したりする機会を設ける方法が有効だ。活用法がわかることで、部門内・チーム内でAI活用に対するモチベーションを高めることにもつながるだろう。
また生成AIは、単に目の前の業務を効率化するだけのテクノロジーではない。あらゆる分野の知識・知見がAIに備わっているため、自分の専門分野以外のスキル習得をサポートし、キャリアアップにも貢献してくれるのだ。
倉嶌氏は、自分の仕事がAIに代替されないためにも、複数のスキルを身につけてマルチスキル人財になることを推奨している。一般にホワイトカラーのビジネスパーソンは、営業やマーケティング、商品企画などの領域に特化してスキルを習得している人が多い。これらに加えて、プログラマーやエンジニアのようなテクノロジー系スキル、あるいはデザイナーのようなクリエイティブ系スキルを身につけることができれば、異分野間や複数部署間のブリッジ人財としての価値が生まれ、その人の人財力は飛躍的に高まる。しかも生成AIが登場したおかげで、他の領域のスキルを身につけるのも、以前に比べれば格段に容易になる。
「自分が持つスキルをどのようなスキルと掛け算すると最も効果的なキャリアアップにつながるか、という問いを生成AIに投げ掛けてヒントをもらうこともできます。人間と違って先入観がないので、自分が思いも寄らなかった分野のスキル習得を提案してくれるかもしれません。このように生成AIはキャリア形成にも活用できますし、リーダーが部下に対し、そのような利用法を推奨するのも良いと思います」(倉嶌氏)
人間性に裏打ちされた
リーダーシップが重要に
経営者がリーダーシップを発揮するためにも、AIは活用できる。例えば、経営の意思決定は引き続き人間が担うことが必要な役割だが、自社と競合他社の強み/弱み、海外での市場シェア比較、各国での法規制、これらを踏まえたシェア拡大の戦略などを多角的にAIに分析させることで、意思決定の精度を高めることは可能だ。同様に、経営者が考えたビジョンを社内外により浸透させるために、より魅力的な表現をAIに提案させることもできる。このほか、経営戦略や事業計画を構想する段階でのブレスト相手として、AIを利用する方法もある。
経営者がAIを活用する上で参考になる考え方として、倉嶌氏は米国のITアドバイザリー企業であるガートナー社が提唱する「AIの成熟度モデル」を挙げる。図2のように、AIの成熟度を4段階に整理したものだ。AIが成熟してレベル4に近づくにつれて、AIはわれわれ人間に対し、より未来志向の課題解決をもたらすようになることを示している。
図2ガートナー社が提唱するAIの成熟度モデル
AIの4つの成熟度モデルを意識したリーダーシップが重要となる。
出典:倉嶌氏講演資料を基に作成
経営者もこのモデルに照らして、自分がどのレベルでAIを活用しているのか認識しておくとよい。例えば、過去の売上高や顧客の購買履歴などを自動的に記録するためにAIを使うなら、レベル1(記述的)に該当する。一方、「売上高を上げるためには何をすべきか?」「顧客満足度を高めるために有効な施策は何か?」といった具体的なアクション案を提示させる活用法であればレベル4(処方的)になる。今後は、経営の意思決定に貢献する「レベル4」でのAI活用がより重要になっていくと考えられる。
一方で、AIには代替できない想像力や感受性、情熱など人間性に裏打ちされたリーダーシップの重要性もますます高まっていく。どれだけAIが進化を遂げても、AI自体が「社会をより良くしたい」「人々を幸せにしたい」といった欲求や願望を持つことはないからだ。だからこそ以下に示したように、説得力のあるビジョンを示し、人々をまとめあげ、ビジョン実現に向けた主体的行動を引き出すようなリーダーシップが今まで以上に求められていく。
リーダーシップの重要な3要素
2
そのビジョンに向かわせるために人々を1つにまとめること
3
人々がビジョン実現に向けた行動を起こすための動機付けを行うこと
ハーバードビジネススクールのジョン・コッター教授が提唱するフレームワークがますます重要な時代になる。
出典:倉嶌氏講演資料を基に作成
一方で、気を付ける点もある。「生成AIを皆が一定程度以上のレベルで使えるようになったとき、AIが『ベスト』と考える生み出す戦略やキャッチコピーが似たり寄ったりになる可能性があります。『ベスト』には幅がないため、AIのアウトプットが『漏斗化』するとの予測もあります。つまり情報の“ハイレベルな均質化”が起きてしまう恐れがあるのです。企業がオリジナリティや独創性を失わないためにも、経営者が自分の欲求や願望、感受性や情熱に基づいたビジョンを明確に打ち出し、部下がそれをプロンプトに反映させ、細かい条件を設定することで独自性の高いアウトプットをAIに出させる、といったことが必要です。こうした姿勢が、今後大切になっていくと考えています」(倉嶌氏)
オリジナリティや独創性を保ちながらAIと付き合うには、AIに指示を与える際に、できるだけユニークでエッジの効いたプロンプトを用いるように工夫するとよい。また、AIが生成したアウトプットの中から良いものを見抜けるよう、感性や審美眼を磨いておく努力も必要になる(図3参照)。
図3AIとの関係の「IN」と「OUT」を抑えることが重要
出典:倉嶌氏講演資料を基に作成
本格的なAI時代は、リーダーの人間性がますます問われる時代でもあるという点を認識しておくことが重要だろう。
Profile
倉嶌 洋輔氏
株式会社Focus on代表取締役、AIコンサルタント/生成AI研修講師
WorksApplicationsを始め、エンジニアやSEとしてIT周りの実務経験を積み、MBA取得をきっかけに、2017年にTech×Business領域のコンサルタントとして独立。現在は、AIコンサルとしてメガベンチャーへの支援を行う傍ら、大企業を中心に保険・IT企業・メーカー・戦略コンサル企業など、多領域の約20社3万人に生成AIの研修や講演を提供している。個人向けには、Tech×Business領域のUdemy講師として約1.5万人に講座を提供。著書『AI時代のキャリア生存戦略』(2022年、中央経済社)を始め、AI・Web3など最先端領域のコンサルと情報発信を行う。2024年の夏に日経ビジネススクールにて、生成AIの2講座を提供予定。