長谷佳明氏
野村総合研究所 未来創発センター
未来社会・経済研究室 チーフストラテジスト
2014年よりITアナリストとして従事。先進的なIT技術や萌芽事例の調査、コンサルティングを中心に活動中。専門は人工知能、ロボティクス、社会課題の分析など。共著に『AIまるわかり』(日本経済新聞出版社)などがある。
生成AIの進化はビジネスのあり方を根底から変えると言われる一方で、日本企業のAI活用はなかなか進んでいないのが実情だ。その最大の要因と考えられるのは「人財」の課題だ。
これからのAI進化の進路と求められる人財像や日本企業が目指すべき組織像などについて、野村総合研究所の長谷佳明氏に聞いた。
米OpenAI社がChatGPTをリリースしてすでに2年が経過した。この生成AIの登場を契機に、定型業務はもちろん、複雑な思考・判断を要するような非定型業務まで代替できることが明らかになり、これまで以上にビジネスのさまざまな領域でAIが活用されるようになった。
しかし日本の産業界を見渡すと、企業の基幹業務をAIが大規模に代替したり、AIを起点に新しいビジネスを創出したりといった本格的な活用事例はまだまだ少ないのが実情だ。帝国データバンクが2024年8月に公表した「生成AIの活用状況調査」結果によれば、「すでに活用している」という企業は17.3%にとどまった。その用途も、情報収集や文章の要約・校正、アイデア出しが中心で、AIが企業にとって不可欠な存在となるまでには至っていない。
企業でのAI活用が進みにくい大きな要因と考えられるのが、「人財」の課題である。情報処理推進機構(IPA)のアンケート調査によると、AI活用の課題として「生成AIの効果やリスクに関する理解が不足している」「誤った回答を信じて業務に利用してしまう」などが上位に挙げられている(「DX動向2024」IPA)。生成AIの効果やリスクに関する基本的な知識を備えた人財が不足していることがわかる。また同調査では、「生成AIを活用できそうな業務がない」という声も目立った。自社のどの業務にAIを導入すべきか、使いどころを判断できる人財がいないことも現状の課題と言える。
Adecco Groupが世界27カ国の35,000人を対象に行った調査でも、「AIを職場でどのように適用するかについてのトレーニングを完了している」と回答したのは全体の25%にとどまった。また「自社のリーダーが職場でのAI導入のリスクを理解するのに十分なAIスキルと知識を持っていると確信している人」も46%と、半数未満となっている。AI活用によって節約された時間が、必ずしも生産的に使われているわけではないという傾向も見られた。「取り組んでいる仕事のボリュームは変わっていない」を選択した回答者は23%、「個人的な活動にその多くの時間を費やしている」を選択した回答者も21%いた。
「AIは間違いなく、パソコンやインターネットに続く次世代の『汎用技術』です。AIを活用する能力が、すべての人に当たり前に求められる時代となり、使いこなせない人は圧倒的に不利になります。企業としてもAIを効果的に活用できなければ競争力を失い、いずれ社会から消え去ることになる。それぐらい強い危機感を持って、企業はAI活用とそのための人財育成やマネジメントに真剣に取り組むべきです」と長谷佳明氏は話す。
本格的なAI時代に求められる人財像やマネジメントについて考えるために、今後のAIの技術進化の方向性について見ておこう。この点について長谷氏は、「知識」と「スキル」という2つの要素を軸に整理・分析している(図1参照)。
「知識」は「スキル」獲得の前提条件であり、効果を高める役割を担う。今後の生成AIは、「知識」を支える情報(データ)分野と、「スキル」を支えるシステム分野を分離する形で開発が進むと予測される。
出典:長谷佳明氏の資料を基に作成
知識とは、例えば「文学」や「工学」「数学」「英語」のように学習によって獲得される概念である。一方、スキルとは「プログラミング」や「読解力」「ロジカルシンキング」などのように、開発・訓練された能力だ。人間にとって、知識とスキルは非常に密接な関係にあるわけだが、これは生成AIにとっても同様だという。図1に示したように、生成AIにとって知識は、スキルを獲得するうえでの前提条件であり、同時にスキルの効果を高める役割を担っているのである。
長谷氏によれば、現在の生成AIの「スキル」は実用レベルにあり、分野によっては人間を超えるほどの能力を備えているが、「知識」についてはまだ発展途上で、得意な分野と不得意な分野が混在している状態にある。
「これまでの生成AIは、『スキル』と『知識』を明確に分けず、渾然一体のものとして学習してきました。しかしこの学習方法では、『知識』の更新に伴って、完成度の高い言語処理などの『スキル』の性能が低下するなど、負の影響を受ける恐れがあります。そのため今後の生成AIは、『知識』を支える情報(データ)分野と、『スキル』を支えるシステム分野を分離する形で開発が進むと予測されます」(長谷氏)
実際、すでにOpenAI社の新しいAIモデル「o1(オーワン)」などは、このような考え方に基づいて開発が進んでいるという。こうした新たな開発ステージを経て、やがて生成AIはこれまで以上に優れた思考力を備え、必要に応じて自律的に知識を学ぶようになると考えられる。しかも複数の生成AIがネットワーク化され、あたかも人間同士と同じように互いのスキルや知識を持ち寄り、協力し合いながら目的を達成するようになるという。
この結果、生成AIは単なる道具ではなく、われわれ人間にとって、共に働く仲間のような存在になっていくと予想される。これは決して遠い未来の話ではなく、こうした自律的なAIは「AIエージェント」などと呼ばれ、世界各国のAI開発者によって研究が進められている。例えば、複数のソースから情報を収集して自社の課題を分析し、顧客への提案資料を自律的に作成してくれるAIエージェントなど、すでに実用化している例もある。業務ごとに「点」としてバラバラに利用されてきたAIが、互いに連携して「面」として機能することで、ビジネスで活躍するシーンも格段に広がっていくと考えられる。
今後、AIが人間にとって協働・共創のパートナーになっていくことは、これから求められる人財像を考えるうえでも非常に重要だ。現時点では、生成AIに的確な指示を行うための「プロンプトエンジニアリング」が新たなビジネススキルとして重視されているが、今後はさらに進んで、複数のAIを管理し、適切な指示を与えて連携させ、その結果を判断するといった意味でのマネジメント能力が必要になると考えられる(図2参照)。
人だけの組織では、個人のスキルが重視された。AIの進化に伴い、人にはAIと協働するための「AIを使いこなす力」が求められ、将来的には1人の労働者が複数のAIを使いこなし、組織を管理する能力が必要になると予想される。
出典:長谷佳明氏の資料を基に作成
ここで留意したいのは、このようなマネジメント能力は、企業内の管理職層だけでなく、すべてのビジネスパーソンに求められるということだ。誰もが、AIを自分のチームメンバーとしてマネジメントするようになる。それにより、従来は1人では不可能だった業務やプロジェクトも遂行できるようになる。このような能力を、業種・職種にかかわらず誰もが身につける時代になると長谷氏は言う。
「複数の部署を経験し、幅広い知識と経験を備えた人財はジェネラリストと呼ばれてきました。これからは、複数のAIと協働するための幅広い知識とマネジメント力を備えた人財が重要になります。私はそのような人財を、従来のジェネラリストと区別する意味で『シン・ジェネラリスト』と呼んでいます」(長谷氏)
シン・ジェネラリストには、これまでのマネジメント層と同様、目標設定や進捗管理といった基本的なマネジメントスキルや、倫理観、信頼性、透明性といった人間的資質が最低限必要となる。これらに加えて重要なのは、AIをマネジメントするプロセスで得られた経験や気づきを生かして、独自の専門性を磨いていく姿勢(図3参照)だと長谷氏は強調する。例えばシステム開発に興味のある人が、AIとの協働を通じてビジネスアーキテクチャの知識を深めていく、あるいはマーケティングに興味のある人がデータ解析や市場トレンドの予測スキルを身につけていくといったイメージだ。
幅広い知識と経験を持つ人財はジェネラリストと呼ばれる。AIとの協働が進むと、AIを使いこなすためにさらなる知識の幅広さと、活用分野を判断するための専門性の高さが必要になる。
出典:長谷佳明氏の資料を基に作成
「AIを仕事でうまく活用できないという人がいますが、その原因はAIリテラシー不足のためではない場合も多くあります。業務に対する専門知識やスキルが十分でないと、使いどころの判断も簡単にはできません。その意味でも、専門性を磨くことは重要です」(長谷氏)
またAIが普及すればするほど、人間の内面から湧き上がってくる探究心や創造性が大事になってくる。なぜならAIは汎用技術、つまり誰もが当たり前に使うようになるため、AIスキルがあるだけでは差別化要因にならないからだ。
「静岡県のある製茶メーカーが、生成AIを活用して新製品を開発したという興味深い事例があります。若い消費者をどのように取り込むべきか、AIと対話しながら検討し、実際に魅力的な製品を生み出すことに成功したのです。この話には、同社社長が元々アイデアマンで、過去にもユニークな製品を生み出してきたという背景がありました。つまり、製品開発につながるアイデアの原型はすでに社長の内面にあり、AIとの対話がそれを引き出す役割を果たしたと考えられます。企業にとっては人間こそが最大の差別化要因であり、AIを効果的に活用するためにも、人間側の内面的な資質や専門性が重要であることを示していると思います」(長谷氏)
企業としても、社員たちが自らの専門性を磨き、個々の内発的な探究心や成長意欲を発揮できるような環境を整えていくべきだろう。
組織のあり方や働き方も見直す必要がありそうだ。例えば、多くの日本企業に根づく「部門主義」は、社内の知識やデータを横断的に活用しようとする際に大きな障壁となる。部門間の壁をできるだけなくし、柔軟なプロジェクトベースの働き方を取り入れて、社員たちがAIとの協働によって業務を達成できるような仕組みが求められる。
「企業としては『多様性』の観点もぜひ大切にしていただきたいです。価値観だけでなく、独自の専門性を持つ人財を社内に多様に揃え、それぞれの強みをうまく発揮させていく。本格的にAIが普及するこれからの時代、そのことが企業の競争力を大きく左右していくと思います」(長谷氏)
長谷佳明氏
野村総合研究所 未来創発センター
未来社会・経済研究室 チーフストラテジスト
2014年よりITアナリストとして従事。先進的なIT技術や萌芽事例の調査、コンサルティングを中心に活動中。専門は人工知能、ロボティクス、社会課題の分析など。共著に『AIまるわかり』(日本経済新聞出版社)などがある。