Adecco Groupは2024年10月、急速に変化する仕事の世界において、組織の意思決定者を支援するためのトレンドを示した年次調査「Global Workforce of the Future(未来のグローバルワークフォース)」を発表した。今年で5年目となる今回のテーマは「Working Through Change(変化を乗り越える働き方)」。本格的なAI時代に向けて個人の働き方や組織のあり方、人財マネジメントはどう変わるのか。人的資源管理や能力開発の分野で、AIはどのように活用され得るのか。調査報告の内容を踏まえて、人的資源管理に関する研究者であり、AI開発スタートアップ企業の経営者でもある立命館大学大学院経営管理研究科教授 永田稔氏に聞いた。
AIはビジネスの現場に着実に浸透。求められる企業の人財開発
今回、Adecco Groupが世界27カ国の35,000人を対象に行った調査でまず明らかになったのは、職場や仕事へのAIの浸透が着実に進んでいることだ。AIを活用している働き手は1日当たり平均1時間を節約できており、さらに時間を節約した人の76%がより創造的な仕事にその時間を使っていることがわかった。
図1働き手はAIがもたらす環境変化を前向きに捉えている
働き手は、雇用主のニーズに柔軟に対応しながら継続的に働くことを望んでおり、AIを自らの未来の一部であるととらえている。
出典:Adecco Group 年次調査「Global Workforce of the Future」
また図1に示したように、「変化する環境に適応するために柔軟性と適応性を持つことを厭わない」との回答が全体の71%、「AIスキルが仕事の幅を広げてくれる」との回答が51%を占めた。AIがもたらす環境変化を前向きに捉える意識が広がっていることがうかがえる。
このように働き手に変化が見られる一方で、企業側には課題もある。図2に示したように、働き手の76%が、企業は外部から人財を採用する前に社内の人財をトレーニングすべきだと考えている。前回調査では64%であり、働き手のニーズの高まりがうかがえる結果となった。
図2働き手が求めるスキルアップへの要望に応えることが課題
環境の変化に対し、働き手は能力開発や成長促進のための施策を期待しており、ビジネスリーダーには戦略立案をはじめとした対応が求められている。
出典:Adecco Group 年次調査「Global Workforce of the Future」
これに対し、社内の人財流動性を促すような人事戦略を実施しているビジネスリーダーは、全体の52%に過ぎなかった。つまり、働き手は環境変化に合わせたスキルアップを望んでいるが、企業側はその期待に十分応えていないということだ。
近年は日本でも雇用の流動性が高まりつつあり、それと同時に働き手は今まで以上に自身のキャリア形成や成長を重視し、「自分がどれだけ成長できるか」「適切な成長機会を与えてくれるか」を判断基準に企業を選ぶようになっている。そして雇用が流動化することで、職場において人財の多様化も進んでいる。
「企業としては、長期雇用を前提とする横並びの人財開発を改め、従業員一人ひとりの資質や能力、キャリアビジョンに寄り添って成長を促すような人財開発に取り組むことがますます重要になっています。このことを日本の経営者は強く認識すべきです」と永田稔氏は話す。
生成AIの進化が人財開発にもたらす変化とAI時代に求められる能力とは
では企業は今後、どのような人財開発を目指すべきだろうか。本格的なAI時代に求められる能力として、永田氏はまず「問いかける力」を挙げる。生成AIの登場により、物理的作業だけでなく、人間の知的作業の多くが代替可能となった。定型的な業務はもちろん、商品企画や課題解決策の立案など創造性が求められる業務まで生成AIがサポートすることが可能だ。
とはいえ、生成AIはあくまで“受け身”であり、その機能を最大限に引き出すには、人間側が自ら課題を見つけて言語化し、生成AIに投げかけていく必要がある。人間の「問いかける力」、すなわち課題発見力や主体性、言語化能力などが欠かせないということだ。
もう一つ重要なのが、「非認知能力」である。非認知能力とは、共感力や協調性、忍耐力、回復力(レジリエンス)など、学力やIQのような数値では測りにくい人間的な能力を指す。現代は経済・社会全体の不確実性が高まり、確立された知識やスキルだけでは対応できない場面が増えている。変化に柔軟に適応し、価値観の異なる人々と協力しながら未知の課題に取り組んだり、新しい価値を生み出したりしていくために、非認知能力は欠かせない。生成AIと対話しながら創造的な機能を引き出すためにも、有効な能力である。
ここで興味深いのは、われわれ人間がこうした「問いかける力」や「非認知能力」を習得することを、生成AIが強力にサポートしてくれるようになっていることだ。どちらも従来型の研修では身につけるのが難しい能力だが、最近では生成AIを活用して非認知能力を可視化したり、習得をサポートしたりするツールが開発されている。
永田氏が率いるヒトラボジェイピーが開発した評価ツール「マシンアセスメント」も、その一例だ。社員が自分の業務成果を記述したテキストを自然言語処理技術を用いて分析するもので、特徴は「行動」に着目している点だという。デイビッド・マクレランド教授が1970年代に提唱したコンピテンシー理論でも、能力や知識だけでなく具体的な行動や態度が重要とされている。
そこで、事前にハイパフォーマーの行動特性をAIに学習させ、それを基に約30の項目からなるビジネスコンピテンシーを可視化する。非認知能力を高めるには、自身の能力や価値観を内省することが欠かせないが、このAIツールはそのための有効な材料を提供してくれるものでもある。
「最近では、本人の資質や育成すべき要素に応じてAIが最適なケースメソッドを策定・提供するツールも開発しています。われわれだけでなく、人財開発の分野でこうしたAI活用が広がれば、働き手にとって能力開発のための有効な機会が増えることになります。一人ひとりにフォーカスした『個別化教育』も十分実現が可能で、今後の企業の人財開発はこの方向で進化していくはずです」(永田氏)
「個に着目した人事」の重要性は以前から指摘されてきたが、長期雇用が前提だった日本ではなかなか進まなかったのが実情だ。ジョブ型雇用が定着している米国の先進企業との人財獲得競争にも出遅れてしまっている。
しかし前述の通り、今や生成AIを活用した人財開発のツールが次々と登場している。これらを適切に取り入れることで、社員一人ひとりに適切な成長機会を与えるような魅力的な育成環境を整えることができるだろう。これまで出遅れていた日本企業もキャッチアップできるかもしれない、と永田氏は指摘する。
双方向性や創発性を軸とするマネジメントが重要に
人財開発だけでなく、それぞれが能力を存分に発揮できるよう、組織やマネジメントのあり方を見直していくことも重要だ。非連続的な変化が常態化するVUCA時代においては、トップダウン型の指示命令は機能しづらい。社員一人ひとりの主体性を引き出し、双方向のコミュニケーションを通じて現場とともに創発するようなマネジメントが求められる。
そこでカギとなるのは、やはり経営者の意識改革だと永田氏は話す。
「かつての企業経営者は、組織の中で最も優秀で、あらゆる課題もその解決方法も熟知しているものだと捉えられていました。しかし私自身が経営者でもあり実感しているのですが、今の時代は決してそうではない。これからの経営者に必要なのは、自分よりも優れた人財を巻き込み、共に成長していく意識です。自尊心だけでなく、相手を尊重できる他尊心を育むなど、経営者自身が自らの非認知能力を磨いていくことも必要だと考えます」(永田氏)
Profile
永田稔氏
立命館大学大学院経営管理研究科 教授
株式会社ヒトラボジェイピー 代表取締役社長
WWF ジャパン 理事
一橋大学社会学部卒業、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にてMBAを取得。メーカー、コンサルティング企業勤務を経て、人事・人材開発のデジタル化を掲げるヒトラボジェイピーを創業。人材可視化エンジン「マシンアセスメント」など日本初のサービス開発を行う。
大学では「リーダーシップ」「人的資源管理」「異文化マネジメント」について教鞭を執り、主に統計手法を用いた人事のデジタル化についての指導を行う。
著書に『不機嫌な職場』(共著/講談社)、『リーダーシップの名著を読む』(共著/日本経済新聞出版社)など。