そして三つ目。「評価と人材開発とのリンク」だ。これは評価をコーチングの場ととらえ、その社員個人に必要な技能を上司との間で明確にすることで、自らキャリアアップを目指して努力する社員を育成するという考え方だ。
「評価と昇進・昇格とのリンク」「評価と人材開発とのリンク」とも、評価を報酬ではなくキャリアと結びつけるという点に特徴があると言っていいだろう。
90年代以降、導入が相次いだ成果主義。しかし日本の企業においては、成果主義の評価制度が機能しないケースが少なくない。
成果主義はなぜうまくいかないのか。成果主義にはどのような特徴があるのか。
さらに今後、企業の人事評価制度が向かうべき方向は──。
東京大学教授の大湾秀雄氏と、タワーズワトソンの片桐一郎氏に、これら一連の話をうかがった。
今までの話を踏まえ、ここでは今後、日本企業の経営層や人事担当部門が評価制度を今一度整理するために必要なポイントについて説明したい。
「人事評価制度には一つの最適なモデルがあるわけではありません。自社の市場特性、事業モデル、社員に求める技能などを踏まえたうえで、企業ごとに設計していくことが必要です」
大湾氏はそう指摘しながら、いくつかの方向性を提示してみせる。
一つが「人事制度の分権化」だ。人事制度を人事部門で一括運用するのではなく、部門ごと、あるいは職能ごとに評価基準を定め、その運用の権限を現場の責任者に委譲する方法である。これは、米国の企業も導入しているやり方で、その部門・職能に最適な指標をもって従業員を評価できるというメリットがある。
二つ目は、「評価と昇進・昇格とのリンク」である。日本企業では、人事評価と昇進・昇格が切り離される傾向がある。より評価の高い人がより重要なポジションに登用されるという因果関係が明確になれば、評価制度の公平性が高まり、社員のモチベーション向上にもつながるだろう。
そして三つ目。「評価と人材開発とのリンク」だ。これは評価をコーチングの場ととらえ、その社員個人に必要な技能を上司との間で明確にすることで、自らキャリアアップを目指して努力する社員を育成するという考え方だ。
「評価と昇進・昇格とのリンク」「評価と人材開発とのリンク」とも、評価を報酬ではなくキャリアと結びつけるという点に特徴があると言っていいだろう。
片桐氏の提言も興味深い。次の五つのアドバイスは、いずれも人事担当者に向けたものである。
一つ目が、「時間的、空間的なビジョンをもつこと」である。「時間的ビジョン」とは、日本の評価制度の変遷を知り、何が現在問題になっているのかを理解すること、「空間的ビジョン」とは、諸外国において評価制度はどのようなトレンドにあるのかを知ることを意味する。
二つ目が「戦略的に考えること」だ。「戦略」とは企業戦略のことで、企業が向かう先を明確に把握し、それに資する評価制度を構築することが求められるということだ。
三つ目は「制度の運用を重視すること」である。日本企業の傾向として、緻密な制度作りには熱心でも、制度の運用にはあまり関心が払われない場合が少なくない。「必要なのは、その制度の意義を現場の従業員に明確に伝え、現場の納得感を引き出すコミュニケーション力です」(片桐氏)
四つ目は、「制度を検証すること」。評価制度がうまく機能するかどうかは、実際に運用してみないとわからない。運用のフェーズに入った後で、制度を検証し、改善を施して制度をブラッシュアップする、いわゆる「PDCAサイクル」を回していくことが重要である。
そして五つ目は「人間力を鍛えること」だ。今後、日本企業が米国型の成果主義の仕組みを導入していくことになれば、厳しい評価の対象となるのはリーダー層ということになる。そのリーダー層に評価の内容を適確に伝えるのは、人事部門の役割となる。そこで求められるのが「人間力」というわけだ。
「米国企業の人事担当者は、コミュニケーションスキルを駆使しながら、エグゼクティブ層を上手にハンドリングしてみせます。今後は日本企業の人事担当者にも、そのようなスキルが求められることになるのではないでしょうか」(片桐氏)
profile
東京大学理学部卒業後、野村総合研究所勤務を経てスタンフォード大学経営大学院修了。ワシントン大学オーリン経営大学院助教授、青山学院大学国際マネジメント研究科教授、一橋大学イノベーション研究センター非常勤研究員などを経て2010年から現職。専門は組織と人事制度の経済学および産業組織論。
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東京大学工学部卒業後、スタンフォード大学大学院修了。コマツ、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経てワトソンワイアット(現・タワーズワトソン)入社、現在に至る。トップマネジメントアセスメント、組織・人事制度の統合、新役員体制の構築、コンピテンシーを基にした評価、組織開発などを手がけ、国内外のクライアントに提供している。