人を育てるには、仕事を任せて、実際にやらせてみることが一番だ。
しかし、「もしも失敗してしまったら…」、「任せることで重荷になるのでは…」と及び腰になりがちだ。
“仕事を任せる”ことの意義と、そのテクニックについて専門家に聞いた。
そして、上司の実力が最も問われるのが④「ギリギリまで力を発揮させる」と⑤「口出しをガマンする」ことだ。
そもそも仕事を任せるのは、部下を成長させるため。実力以上の目標を与えてストレッチを強いるからこそ、成長につながる。にもかかわらず、上司が横から手出し、口出しをしていては本末転倒。任せた上司も、本来自分が取り組むべき業務に集中できない。
この際の上司としてのスタンスを小倉氏は「マラソンランナーに伴走するコーチ」に例える。
「ひとたび任せたのなら、指示、命令、支配はもってのほか。ただし、放任してもいけません。部下が直面する問題に対する答えを、おそらく上司は経験則から持っているでしょう。でも、彼らが自分で答えを見つけるまで待つことが肝要です。介入するとしても、ヒントを与えるにとどめる。部下の話を聞いた上で、『こういう観点から考えてみたかな?』とか『果たしてお客さまはこれで満足するだろうか?』と疑問を投げかける。上司は手を貸さず、助言だけをするのです」
「任せる」ことのゴールを“部下が自分の力で問題・課題を解決する自立的、自律的人財になること”と定義するならば、上司がやるべきことは近年注目されているアドラー心理学でいう"勇気づけ"だという。勇気づけとは、相互尊敬・相互信頼の気持ちを持って、「君ならできる」と声をかけることだ。
同じことを的場氏も指摘する。奇しくも同じ「君ならできる」という言葉だ。ただしアドラーではなく、パナソニックの創業者、松下幸之助である。
「1927年に松下電器がアイロンを発売して大ヒットしたことがあるんです。当時のアイロンは輸入品で、非常に高価でした。一般の家庭でも買いやすく、品質のよいものを普及させたいと考えた松下は、新入社員の中尾哲二郎に半年で開発するように命じたそうです。そのときに言ったのが『君ならできる!』」
すると、中尾はなんと3カ月で完成させたという。
「後に中尾は『本気で任せてくれていると感じ、自分の潜在能力が出たのだと思う』と話しています。その人になぜ任せるのか、きちんと具体的な理由を伝えた上で『君ならできるんだ』と声をかければ、部下は自信を持つことができるんです」
仕事を任せてからは、⑥「定期的なコミュニケーション」、⑦「仕組みを作って支援する」ことが重要だ。仕事がスタートしたら、定期的な報告やコミュニケーションの機会を設け、適切なタイミングで声をかける。報告の頻度は仕事の難易度に応じて、1週間に一度など、あらかじめルール化しておく。そうすれば、「余計な口出し」あるいは「監視」という色合いは薄くなる。
「仕事がうまくいった場合は、そのことを正当に評価する。うまくいかなかった場合は、『もう一度やるとしたらどうする?』と振り返ることが大事です。実は、失敗したときのほうが、フォローの仕方次第で本人にとってストレッチが大きくなるんです」(的場氏)
このときに気をつけたいのは、“上から目線”にならないことだ。
「部下が『自分のために、楽しいからやる』というモチベーションを高めることが大事です。上の立場から『よくやったな』とほめると、部下にとっては一つの“アメ”となって、次はアメ欲しさに働くようになる。でも、“アメとムチ”は長続きしません。自発的、内発的なモチベーションを持たせることが肝心です」(小倉氏)
部下が頑張って仕事をやり遂げたときに、声をかけるなら「ありがとう」や「君が成功したことが嬉しい」といった“横から目線”の言葉がいい。喜ぶ対象は成果ではなく、部下が頑張ったというプロセスなのだ。
「任せる」ということは抽象的なイメージではなく、習熟が必要な“テクニック”だ。何の準備もなく、明日から急に任せられるようになるわけではない。任せていくことで上司自身も「任せる技術」が上がっていくのである。
ちなみに、上司自身がくじけそうなときの“勇気づけ”はいったい誰がしてくれるのだろうか。
「自分で自分を勇気づけることです。それもマネージャーとして必要な素養の一つです。部下に対するのと同じ視点で自己評価し、仮に70点しかできてなくても、足りない30点ではなく、できている70点に注目する。そして、“この部分を改善すれば100点になるじゃないか”と自分自身に声をかけてやる。不完全な部分を自分で認めることも一つの勇気づけです」(小倉氏)