企業の変革期に求められる最先端のマネジメント
国内市場の成熟化とグローバル化に伴う企業間競争の激化や、ビジネスサイクルの短縮による迅速な意思決定。さらには、「働き方改革」の名の下で求められる長時間労働の是正から、深刻化する人手不足に対応するための生産性の向上などと、経営環境が激変するなか、日本企業はさまざまな変革を求められています。
これらの変革を進めていく上で最も重要なカギになると考えられるのが、「マネジメント」=管理職です。
経営層だけでなく、管理職層までを含めたマネジメントのあり方をどこまで変革できるかが、企業の持続的成長を左右するといえます。
3人の識者への取材をもとに、マネジメントの最新事情と管理職が目指すべきリーダー像を探る全2回にわたる特集の後編では、「マネジメント」が見直すべき三つの方向性を示すともに、「マネジメント」に向けた今後の提言について語っていただきました。
前編では、早稲田大学大学院経営管理研究科准教授の入山章栄氏、シンクタンク・ソフィアバンク代表の藤沢久美氏、NPO 法人日本サーバント・リーダーシップ協会理事長の真田茂人氏により「ビジョン」の重要性が語られた。
では具体的に、管理職はマネジメントをどのように見直せばよいのか。3人の識者は共通して次の三つを挙げる。
未来が予見できない時代では、管理職の過去の蓄積だけでは間に合わない。社員たちの自律性を高め、彼らの多様な才能を発揮させることを目指すべきだ。管理職ではなく、部下たちが正解を導く時代になったといえるだろう。
「できるだけ部下に権限委譲し、彼らが自分で判断し、最適と考える行動をとらせる。それを支えるのが管理職の役割と考えるべきです。管理職が『自分だけでは正解を導けない』ことを受け入れ、自分は完璧である必要はないのだと考えてほしい」(真田氏)
併せて、上司・部下の関係性を見直し、これまでのような上下関係ではなく、対等なチームメンバーとしての意識を育むべきだと藤沢氏は指摘する。
「管理職だけがチームを支えるのではなく、メンバーが互いに助け合える雰囲気を作れるかがカギ。今の若い世代はオンとオフを区別しない傾向があります。オフの関係性を深めれば、良好な雰囲気が醸成され、結果的にビジネスの成果にもつながります」(藤沢氏)
入山氏は、関係性の強化には、最近注目されているシェアード・リーダーシップという考え方が有効だと語る(図2参照)。
「管理職だけでなく全員がリーダーだという考え方です。それぞれがリーダーシップを発揮し、自律的に動くチームは強い。今後はこうした関係性を目指していくべきです」(入山氏)
また、入山氏は自律性を高めるのに有効な考え方として、トランザクティブ・メモリー解説を紹介している。
トランザクティブ・メモリーは最近の組織学習研究で重視されている考え方で、「対人交流記憶」などと訳される。情報共有のあり方を考えるうえでも示唆的な概念だ。
重要な経営情報を管理職だけが握っているような状態が好ましくないのは当然だが、文字通り「全員が同じ情報を持っている」という意味での情報共有は効率的とは言えない。あるべきなのは、例えば社員Aは技術、社員Bはマーケティング、社員Cは法務というようにそれぞれが専門知識を持ち、「技術のことだからAさんに聞けばいい」と、誰が何を知っているのか(Who knows what)をメンバー全員が把握・共有している状態である。それこそが組織内の知識や情報が最も生かされ、パフォーマンスを高めるという考え方である。
トランザクティブ・メモリーを高めるには、フェイストゥフェイスの直接対話が重要であることが明らかになっている。最近のオフィスはパーテーションで区切られ、同じ部屋でもメールで連絡するなど、直面した会話の機会が減っている。チーム内の直接的な交流を促すような仕掛けを積極的に取り入れていくことが必要になっている。
部下の自律性が高まると、従来の一律の育成・評価の枠組みでは対応できない。一人ひとりの資質や能力にフォーカスした育成・評価が求められる。
「これまでは一律の基準に到達しているか否かで評価しがちでした。今後の人財育成では、欠点ではなく長所や潜在的能力に着目し、それを伸ばしていく発想が重要になります」(真田氏)
また、部下のキャリアプラン構築にも注力すべきだと入山氏は語る。
「彼らに『どんな仕事がしたいか』『将来どうなりたいか』と積極的に問いかけるべき。自社内に留まらず、市場全体でどんな価値を生み出せるのか、そのためにどんな経験を積むべきか、広い視点でのキャリアマップをつくってあげることが大切です。それが日常のやりがいや働きがいにもつながるからです」(入山氏)
今後、管理職にとって最も重要なスキルとなるのは、経営トップが示す経営ビジョンを咀嚼し、自分の言葉で語る力だ。
「自社のコアバリューを改めて定義し、それをどう活用して、10年後・20年後の社会にどんな価値を提供していくべきか。みんなが納得できる自社の未来のイメージを経営トップが提示する。正解が見えない状態で、行動に意味づけをして納得させ、組織を動かしていくことを『センスメイキング』(解説)といい、最新の経営学研究でも重要なキーワードになっています」(入山氏)
「センスメイキング」は組織心理学の分野で発展してきた理論だ。「意味づけ」「納得」などを意味する言葉で、リーダーが部下を納得させ、行動を促していくプロセスを指す。
不確実性が高く、過去の情報を積み重ねても未来を見通しづらいなかで、部下に行動を促すのに必要なのは、客観的なデータではなく、リーダーの主観的な強いメッセージだ。魅力的で納得できるようなストーリーで語り、行動に意味づけを与え、人々を巻き込んでいく。そのリーダーのストーリーを信じて部下が進むことで、客観的には困難に見える目標でも成し遂げてしまう、というのがセンスメイキング理論の要点である。
主観的なメッセージで多くの人々を巻き込むようなリーダーシップは、日本人がこれまで苦手としてきたものだ。しかし、閉塞感の強い経営環境を乗り越え、新たなイノベーションを生み出していくためには不可欠な要素といえる。
まずは経営トップが魅力的な経営ビジョンによってセンスメイキングを実践。それを管理職層が、トップのビジョンや方向性を自分たちなりにセンスメイキングし、現場に近い言葉で伝えていくことが重要になる。
しかし日本企業の場合、経営者のビジョンが全社的に浸透していないケースが多い。経営トップと社員をつなぐべく管理職がビジョンを理解し、それを自分の言葉で部下に伝えられていない。必要なのは、管理職が自身の価値観を理解し、トップのビジョンのどこに共感できるかをまずは明らかにすることだ。
「ビジョンの考え方がわからないという声は少なくありません。自分の仕事やキャリア、自社の未来がどうあってほしいのか、自身に問いかけましょう。逆に『自分は何が嫌なのか』を考えるのも良い方法。その裏返しで自分のやりたいことが整理できます。そして自分のビジョンと、会社全体のビジョンの関係性を探っていくのです」(真田氏)
管理職自身がこれらの変革を成し遂げていくためには、人事評価制度の見直しが不可欠だと藤沢氏は繰り返す。
「部下に適切に仕事を任せているか、どのように部下の育成に取り組み、どれだけ優秀な人財を輩出したか、権限委譲によりチーム力をどれだけ高めたか……。これらで管理職が評価されて然るべきです。ビジョンが大事だというなら、その浸透度も評価軸に入れるべきです」(藤沢氏)
しかし、こうした要素を評価軸に取り入れている企業はまだ少ない。評価につながらなければ、管理職も部下の育成に時間や労力をかけるようにはならない。
「『部下に任せるより自分が動いた方が早いし、成果も上がる』という状態では、仕事を抱え込むプレイングマネージャーを増やすだけです。管理職層の変革を目指すなら、評価軸から変える必要があります」(藤沢氏)
企業の人事評価制度を変えるのは摩擦も負担も大きく、決して容易なことではない。本格的に見直すには多くの時間もかかる。だからこそ、できるだけ早く着手しなければならない。
管理職本人たちのマインドやスキルの向上とともに、管理職を成長させるための環境も不可欠な要素といえる。
企業の変革期に求められる最先端のマネジメント
入山章栄氏
早稲田大学大学院経営管理研究科准教授
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所を経て、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年から現職。著書に『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』(日経BP社)など。
藤沢久美氏
シンクタンク・ソフィアバンク代表
国内外の投資運用会社勤務を経て、1996年に日本初の投資信託評価会社を起業。2000年にソフィアバンクの設立に参画。2013年より現職。静岡銀行や豊田通商の社外取締役も務める。「リーダー観察」がライフワークで、1000人を超えるトップリーダーを取材。著書に『最高のリーダーは何もしない』(ダイヤモンド社)など。
真田茂人氏
NPO 法人日本サーバント・リーダーシップ協会 理事長
株式会社リクルートなどを経て、株式会社レアリゼ設立。個人の意識変革を起点とした組織開発を強みとし、企業、行政法人、官公庁などで多数の研修導入、講演実績がある。サーバントリーダーシップの普及を通じ、グローバルに通用するリーダーの育成に注力。著書に『サーバントリーダシップ実践講座』(中央経済社)、『「自律」と「モチベーション」の教科書』(CEOBOOKS)など。