仕事の未来 インタビュー・対談 テクノロジー 働き方 AI(人工知能)は人間の働き方をどのように変えるのか【前編】

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人口減少時代を迎え、AI(人工知能)による生産性の向上に大きな期待が集まっている。実際にこれまで人間が担ってきた業務をAIに肩代わりさせる事例は枚挙にいとまがなく、その範囲は単純作業から判断業務にまで及びつつある。しかし、AIの進化は私たち人間の「サポート」にとどまらず、雇用を奪い、わずかに残った人間の仕事における主導権すら奪ってしまうのではと懸念を示す向きもある。
AIによって私たち人間の働き方はどのように変わるのか、また本当に人間の仕事は奪われてしまうのか。「悲観論」が広まるきっかけとなった論文「雇用の未来」を著したマイケル・オズボーン氏と共に考える。

人工知能が失業者数を増大させるという誤解

川崎

私たち人材サービス業界でも「雇用の未来」で示された「今後20年で消える仕事・残る仕事」は大きな話題となっています。生産年齢人口の減少を解決する糸口としてポジティブに捉える向きがある一方で、自分の仕事がAIやロボットに取って代わられるのではないかという不安が広がっています。このような反響は予想されていましたか。

オズボーン

正直予想していませんでした。研究を始めてから論文を発表するまでは、世間の関心の薄い分野だと思っていましたから。
ただ、発表当時、多くの人々は論文の内容をサイエンスフィクション的に捉えていました。自分たちの雇用の問題として、本気で捉えていた人は少なかったと思います。ところがこの数年でAIやIoT(モノのインターネット)、ロボティクスといったテクノロジーが、人々の記憶に残るような圧倒的な進化を遂げ、ビジネスの話題としても一般化しました。それに伴って、論文で示した予測が遠い未来のことではないと考えられるようになり、世界各国の政策立案者や企業経営者からも注目を集める結果となりました。
英国政府もテクノロジーによって影響されやすいのはどういった産業分野なのか、新たな雇用は創出されるのかといった点に大きな関心を持っていて、私はそれに対して具体的なアドバイスをしています。

川崎

では、論文で描かれた未来はどれくらいの確度で起こると予測されていますか。私たちが抱く「雇用が奪われるのではないか」という不安は正しいものなのでしょうか。

オズボーン

将来を予測することは大変難しく、どのような視点から見ても確実な未来として示されるものは、むしろ間違った予測といえるでしょう。ご質問について私が答えられることは、あの論文で示した内容は、分析結果を可能な限り控えめに提示しているという点と、雇用の増減は現在の700余りの職業リストを前提にしているという点です。
テクノロジーによってどれだけの仕事が自動化され、失われるかを考えることは重要です。しかし同時に、テクノロジーがどのように需要を掘り起こし、どのような仕事を創造するのかという視点も同じく重要だと思っています。

川崎

米マサチューセッツ工科大学のエリック・ブリニョルフソン氏らが『機械との競争』の中で、ITやロボットによって失業者が増えると主張したことに対し、ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン氏は、テクノロジーによって生産性が高まっても、それがすなわち失業者数の増大につながるわけではないと指摘しています。

オズボーン

需要の量が固定だという間違った認識によるものでしょう。生産性が向上することによって、企業活動は間違いなく活性化します。そこで生まれたマネーが市場につぎ込まれ、経済がより循環する。そして、これが新たな仕事を創り出すことへとつながる。いわゆる「Multiplier effect(乗数効果)」が生まれるわけです。

テクノロジーの進化によって新たに生まれた仕事

オズボーン

雇用の乗数効果について具体的な例を示しましょう。米国シリコンバレーで働くIT関係のスタッフは生産性を高めるための圧倒的なテクノロジーを生み出して高給を得ています。そのテクノロジーによって、ある産業では人間の雇用は失われているかもしれません。しかし、そのスタッフの周りには別の仕事が生まれています。ドライクリーニングをピックアップしたり、食事をデリバリーしたり、飼っている犬をきれいにシャンプーしたりするといった仕事です。テクノロジーが生み出すものは効率化だけではないのです。
この乗数効果は、先進国よりも開発途上国の方が顕著です。シリコンバレーでは5つ、インドのIT関係のスタッフの周りでは20の新たな仕事が生まれたといわれています。

川崎

マイクロソフト社のエクセルが普及したら、会計士が要らなくなるといわれた時代もありましたが、私たちの業界ではむしろ、エクセルが浸透したおかげで新しい雇用が生まれました。AIやロボットでも同様のことが当てはまり、現在の私たちの仕事を担ってくれる代わりに、それを支えるためのビッグデータを扱えるエンジニアやデータサイエンティストなどの新しい職業が生まれています。

オズボーン

その通りですね。2000年代、欧州では1000万の仕事が失われました。多くは自動化による影響です。しかし、自動化によって商品やサービスの価格が下がり、消費者のニーズを刺激した結果、900万の仕事が生まれています。さらに先ほどの乗数効果によって、600万の仕事が創られました。新しい未来が開かれると、新たな職業が創り出されることは歴史が証明しています。そんなに「たくさん」の職業を創出するわけではありませんが、新しい職業が実際に生まれてきたことは事実です。

川崎

しかしながら、変化そのものが避けられないとすれば、産業分野や職種によっては仕事を喪失するという厳しい見通しを立てざるを得ないのではないでしょうか。

オズボーン

会計士や弁護士、特に若手弁護士が担っている仕事は、アルゴリズムとの競争に直面しています。ジャーナリストの仕事の中でも、過去の膨大なデータから証拠を見つけたり、裏付けを取ったりという仕事はコンピュータによって代替えされ、そのポジションにいた人たちは、一般的に魅力的でない仕事への転職を余儀なくされています。自動化の負担は、ミドルからボトムの仕事において本格的になりつつあります。
確かに新しい仕事が創出されたとしても、必ずしも人々が望む仕事が増えるとは限らず、社会の新たな不都合と巡り合うこともあるわけです。

AIにクリエイティブな仕事ができるか

川崎

これからも生き残るのは、相手と交流し、理解し、意思疎通を図るといったスキルを要する仕事だとおっしゃっています。しかし、ロボットのコミュニケーションスキルも圧倒的な進化を遂げています。いつかはこうした「人間の領域」も置き換わってしまいませんか。

オズボーン

いずれそうなるとは思いますが……。20年先なのか100年先なのか、広範囲の分析が必要になり、いつ頃という予測は困難です。人間のコミュニケーションでも一般的なものは、アルゴリズムもそこまで複雑になりませんから、現在のテクノロジーでも多少のインタラクション(相互作用)は実現可能となっています。しかし、くだけた会話や曖昧な表現などは、高度なアルゴリズムが求められますので、現在のAIのテクノロジーではまだまだ「コミュニケーションができる」というレベルではありません。また、交渉や説得、文化に対する理解、解釈、説明など、人間でもかなりのスキルが要求される領域は、アルゴリズムでタッチすることはなかなか難しいでしょう。

川崎

クリエイティブな仕事も残る・発展する仕事とされていますね。しかし、最近では音楽プロデューサーの仕事をAIが肩代わりし、実際にヒット曲を生み出したといった話が聞かれます。

オズボーン

先ほどのジャーナリストの話でもそうですが、クリエイティブと位置付けられる職種も、部分的にはAIに置き換わることもあるでしょう。ただ、絵画や歌といったものを評価するには文化的な価値観を背景に、「終わりのない答え」を探しているということをAIが理解しなければいけません。

川崎

そもそも「評価すること=クリエイティブ」ではありませんからね。ヒットするかどうかの判断の確率は高められても、新しい何かを生み出すのは難しいかもしれません。

オズボーン

私もそう思います。アルゴリズムが歌を作ろうとしても、狭い領域で定義されたものでしかありません。誰も出合ったことのないような新しい歌を作るといったことはAIには難しいと思います。仮にできたとしても、それはアルゴリズムのデザイナーがその才能を持っていて、AIにその通りに作るように教えたからでしょう(笑)。

川崎

今後、AIが進化を遂げると、人間が教えなくてもアルゴリズムが自ら次のアルゴリズムを生み出すという連鎖が生まれると言うことも考えられるのでしょうか。

オズボーン

私たち人間が何かを生み出すとき、あらゆる「エリア」からアイデアを掛け合わせます。しかし、それは生み出した人間すら意識していない影響であって、その因果関係をアルゴリズムが自ら学び、処理するためには、デザイナーが意図的に作るアルゴリズムから大きく対象を外に広げ、あらゆるデータセットとのリンクを見つけなければなりません。それは今後を見通しても極めて困難だと思います。

(後編に続く)

AI(人工知能)は人間の働き方をどのように変えるのか【前編】

Profile

マイケル・オズボーン
Michael A. Osborne
英オックスフォード大学工学部 准教授

工学博士、英オックスフォード大学工学部准教授。2012年より現職。専門分野は機械学習。15年から同大学・技術と雇用研究プログラム共同代表。共著論文に「The Future of Employment(雇用の未来): How Susceptible are Jobs to Computerisation?』。人工知能が日本の労働力人口に与える影響の研究を野村総合研究所と実施し発表、注目を集めた。

川崎健一郎
Kenichiro Kawasaki

1976年生まれ、東京都出身。99年青山学院大学理工学部を卒業後、ベンチャーセーフネット(現VSN)入社。2003年事業部長としてIT事業部を立ち上げる。常務取締役、専務取締役を経て、10年に代表取締役社長&CEOに就任。12年、VSNのアデコグループ入りに伴い、日本法人の取締役に就任。14年から現職、VSN社長兼務。