濱口桂一郎氏
独立行政法人労働政策研究・研修機構労働政策研究所長
東京大学法学部卒業。労働省(現厚生労働省)入省。
東京大学大学院法学政治学研究科附属比較法政国際センター客員教授、政策研究大学院大学教授などを経て現職。専門は労働法政策。近著に『働き方改革の世界史』(筑摩書房)。
新たな変異ウイルス「オミクロン型」の感染が急増するなど、コロナ禍の先行きはまだ予断を許さないものの、2022年の世界経済は本格的な回復軌道に向かうと見られる。
デジタル化とグローバル化に加え、カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現に向けた世界的な潮流が産業構造を大きく変えつつあり、企業には引き続きビジネスモデルの転換やイノベーション創出が求められていく。
DX(デジタル・トランスフォーメーション)やGX(グリーン・トランスフォーメーション)を支えるような人財の獲得・育成もますます重要になるだろう。
テレワークをはじめ、コロナ禍での働き方の変化を、生産性向上につなげる発想も欠かせない。個人にとっては、ビジネス環境が大きく変わるなかで、ライフキャリアを自律的に形成していく姿勢がますます求められる。
こうした状況を踏まえ、企業と個人が2022年を生き抜くうえでヒントになるような雇用・労働のキーワードについて、専門家に語っていただいた。
ジョブ型雇用とは、職務(ジョブ)をあらかじめ規定し、それに最適な人財と雇用契約を結ぶ雇用形態である。2020年以降、大手企業を中心に日本でもジョブ型の雇用制度を取り入れる企業が増えている。
20年7月からグループ内の主要各社の一部でジョブ型雇用の導入を進めているNTTはその代表例だ。このほか、新卒・既卒の若年層を対象に部署別にジョブ型採用を始めた企業や、デジタル人財のような専門人財の獲得のためにジョブ型雇用を取り入れている企業も出ている。
2022年以降も増えていくだろう。
一方で、濱口桂一郎氏は「ジョブ型雇用に対し、安易な期待は注意が必要だ」と指摘する。ジョブ型雇用・メンバーシップ型雇用という名称は、もともと同氏が提示したものだ。
「ジョブ型雇用が一種の流行語のようになってしまい、その主旨が誤解されているケースが見受けられます。例えば、ジョブ型雇用を『成果主義』と同一視する例が散見されます。しかしジョブ型雇用とは、職務定義書(ジョブディスクリプション)で職務内容や責任範囲、必要な能力などを細かく定め、その職務や能力に対して報酬が払われるというものです。つまりジョブ型雇用自体は、成果に応じて報酬が上がる仕組みなわけではない。正しく理解した上で、議論する必要があります」
日本企業がジョブ型雇用を取り入れる場合、具体的にどのようなケースが想定できるのだろうか。濱口氏によれば、大きく3つに整理できる。
1つ目は、無限定正社員の課題に対応するため、「限定正社員」の制度を取り入れるという方法だ。無限定正社員とは、会社に求められればどんな職種にも就き、就業規則の範囲内で何時まででも働き、転居を伴う配置転換(転勤)も受け入れる正社員のこと。日本の正社員の大半がこれに当てはまる。会社から求められる条件が厳しいので、育児や介護などをしながら無限定正社員として働くのは容易ではない。そこで働き方の選択肢を増やすため、職務や勤務地などを限定した「限定正社員」を導入する方法が考えられる。
「ジョブ型雇用は職務内容を限定した働き方なので、限定正社員の一種ともいえます。限定正社員は、働き方の多様性を生み出す手法だと捉えるべきです」
2つ目は、AI人財・DX人財など専門性の高い人財を獲得するため、職務をあらかじめ明確化し、さらに評価や報酬もほかの正社員とは別の枠組みにして雇用する方法だ。
「メンバーシップ型を維持しながら、ジョブ型雇用を一国二制度のような形で部分的に導入する方法は、多様な専門人財を獲得していく手段として、ありだと思います」
3つ目は、従来型の出世コース以外に、特定の職務に限定したキャリアを歩めるようにする方法だ。年功序列制が定着してきた日本では、昇給を重ねることで中高年社員の賃金が肥大化してしまうことが以前から問題視されてきた。
「日本のメンバーシップ型雇用は、新卒一括採用した若手社員たちを社内で教育していくと、やがてみんな一騎当千の活躍をするような社員に育ってくれるだろうという前提に立っていたわけです。しかし実際は、全員がそのような社員になるとは限らないし、管理職に不向きな人や、管理職を望まない人もいます。そこで、誰もが同じように出世コースを目指すのではなく、中堅社員になったら特定の専門職として働くことを選べるような制度を導入する方法が考えられます」
このように年功序列ではなく、職務に対して給与を支払う仕組みを導入しておけば、定年再雇用したシニア社員に対しても、それまでと同じ賃金水準を維持できる。年功序列制の打開策であるとともに、企業がシニア世代の就労を拡大していくうえでも有効な仕組みといえるだろう。
「いずれにせよ、現在のジョブ型雇用の議論は、こうした複数の要素が混同されてしまっている面があります。雇用に関する課題にどう対処していくのか、あくまで本質的な議論が重要なのです」
濱口桂一郎氏
独立行政法人労働政策研究・研修機構労働政策研究所長
東京大学法学部卒業。労働省(現厚生労働省)入省。
東京大学大学院法学政治学研究科附属比較法政国際センター客員教授、政策研究大学院大学教授などを経て現職。専門は労働法政策。近著に『働き方改革の世界史』(筑摩書房)。