山田久氏
日本総合研究所 副理事長
京都大学経済学部卒業後、1987年に住友銀行(現・三井住友銀行)入行。経済調査部、日本経済研究センター出向を経て、1993年に日本総合研究所調査部出向。調査部長兼チーフエコノミストなどを経て2019年より現職。2015年、京都大学博士(経済学)。著書に『賃上げ立国論』(日本経済新聞出版)など多数。
新たな変異ウイルス「オミクロン型」の感染が急増するなど、コロナ禍の先行きはまだ予断を許さないものの、2022年の世界経済は本格的な回復軌道に向かうと見られる。
デジタル化とグローバル化に加え、カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現に向けた世界的な潮流が産業構造を大きく変えつつあり、企業には引き続きビジネスモデルの転換やイノベーション創出が求められていく。
DX(デジタル・トランスフォーメーション)やGX(グリーン・トランスフォーメーション)を支えるような人財の獲得・育成もますます重要になるだろう。
テレワークをはじめ、コロナ禍での働き方の変化を、生産性向上につなげる発想も欠かせない。個人にとっては、ビジネス環境が大きく変わるなかで、ライフキャリアを自律的に形成していく姿勢がますます求められる。
こうした状況を踏まえ、企業と個人が2022年を生き抜くうえでヒントになるような雇用・労働のキーワードについて、専門家に語っていただいた。
コロナ禍を機に多くの日本企業がテレワーク導入に踏み切り、すでに当たり前の働き方として定着しつつある。今後はテレワークを起点に、働き方の質をどれだけ高められるかが重要になると日本総合研究所の副理事長、山田久氏は指摘する。
「社内のコミュニケーション機会が減るなど課題も見えてきましたが、仮に感染が収束しても、従業員全員のオフィス出勤を前提とした働き方に戻るとは考えにくい。今後はテレワークの課題に対処しながら、どれだけ生産的で快適な働き方を構築できるかを考えるべき段階に入っていくと思います。特に日本の場合、人口減少に伴い労働力が減っていくのは確実で、女性活躍の推進はもちろんのこと、シニア層なども含めてあらゆる人々にそれぞれ最も適した働き方で活躍してもらうことが不可欠ですから」
テレワークの普及は、われわれにとって働く場所や時間の柔軟性を大幅に高めることとなった。
2021年にAdecco Group が世界25ヵ国14,800人を対象に実施した働き方に関するグローバル調査では、コロナ禍の1年間で、約50%が「ワークライフバランスが向上した」という働き方に対して前向きな意見もある。さらに、働き手の大多数(76%)は、時間が柔軟なこの働き方を続けたいと回答(図1参照)。特に育児や介護を担う人にとっての利点は大きい。これは大きな変化だが、今後テレワークを本当の意味で社会に浸透させ、個人の活躍を引き出すには、働く時間や生活時間に対する考え方を見直すことが欠かせないと山田氏は指摘する。
出典:Adecco Grpup 25カ国調査
「“日常”の再定義 新たな時代の働き方とは(2021年版)」より
「以前から『ワークライフバランス』という言葉がありますが、日本では単に労働時間を短縮して、余暇時間を増やすという発想にとどまりがちでした。最近では男女ともに自宅で家事・育児をしながら仕事をするといった人が増え、ワークのなかにもライフがあり、ライフのなかにもワークがあるという状態になっています。今後はライフとワーク、両者を切り分けるのではなく、自分なりに最適に組み合わせることによって、それぞれを充実させていく発想が重要になります」
このようにワークライフバランスをより深化させていくためのキーワードとして山田氏が挙げるのが「ライフパズル」だ。男女平等や社会福祉の考え方が深く浸透している北欧・スウェーデンで提唱された概念である。仕事や家事・育児、余暇、趣味、地域貢献など、あらゆる要素を自分の人生を形成するパズルのピースだと捉え、人生のステージに合わせて最適に組み合わせていくという考え方だ。もともとスウェーデンは人口規模が小さく、戦後には人口減少に見舞われるリスクがあった。経済成長を維持するために、あらゆる国民が生産性の高い働き方を実践していく必要があったのだという。
「単なるスローガンではなく、例えば育児休暇を取得しない男性は税制優遇をフルで受けられないようにするなど、『ライフパズル』の実践につながるような政策を政府が積極的に導入しています。この結果、今では働く男女がともに、仕事と家事・育児などの時間を等しく大切にする文化が根づいています」
これまでの日本では、生活の時間よりも働く時間を優先させ、キャリアのあり方も企業任せにしてしまう傾向が強かった。しかし当然ながら、自分のライフキャリアについて、主体性を持って考えていくことは重要だ。
「ライフパズルにおいて、どのピースが大切なのかは、人それぞれ違うはず。大切なのは、自分の人生における時間の使い方や配分を、個人が主体的・意識的に考えること。働く時間や生活時間の主導権を、『企業』から『個人』に回帰させることこそが、テレワークの本質だと私は考えています。働く個人は今後、自分の人生の時間についての意識をぜひ高めていただきたいです。また企業側も、従業員のライフパズルの実践を応援するような人事制度やキャリア支援の枠組みを構築していってほしいと思います」
山田久氏
日本総合研究所 副理事長
京都大学経済学部卒業後、1987年に住友銀行(現・三井住友銀行)入行。経済調査部、日本経済研究センター出向を経て、1993年に日本総合研究所調査部出向。調査部長兼チーフエコノミストなどを経て2019年より現職。2015年、京都大学博士(経済学)。著書に『賃上げ立国論』(日本経済新聞出版)など多数。