片桐豪志氏
デロイト トーマツ グループ パートナー
総合シンクタンクなどを経て現職。科学技術イノベーションの社会実装を支援するDeloitte Tohmatsu Science and Technologyを推進。電力、海外インフラ輸出、ESG投資・SDGs、地方創生・産業振興などの幅広い分野で大規模プロジェクトの企画立案、戦略策定、実行支援といったコンサルティングサービスを提供。著書に「事業プロデューサーという呼び水」(共著、静岡新聞社)など。
新たな変異ウイルス「オミクロン型」の感染が急増するなど、コロナ禍の先行きはまだ予断を許さないものの、2022年の世界経済は本格的な回復軌道に向かうと見られる。
デジタル化とグローバル化に加え、カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現に向けた世界的な潮流が産業構造を大きく変えつつあり、企業には引き続きビジネスモデルの転換やイノベーション創出が求められていく。
DX(デジタル・トランスフォーメーション)やGX(グリーン・トランスフォーメーション)を支えるような人財の獲得・育成もますます重要になるだろう。
テレワークをはじめ、コロナ禍での働き方の変化を、生産性向上につなげる発想も欠かせない。個人にとっては、ビジネス環境が大きく変わるなかで、ライフキャリアを自律的に形成していく姿勢がますます求められる。
こうした状況を踏まえ、企業と個人が2022年を生き抜くうえでヒントになるような雇用・労働のキーワードについて、専門家に語っていただいた。
「脱炭素」の機運が世界的に高まるなか、日本政府は2020年10月、2050年に温室効果ガス排出を実質ゼロ(カーボンニュートラル)とする目標を発表した。これを受け、環境負荷の低減や社会課題の解決を主軸とした事業変革を目指す企業が日本でも増えているが、「2050年カーボンニュートラル」を達成するためのハードルは極めて高い。社会・経済システムを抜本的に見直し、産業活動や消費行動、生活様式などあらゆる側面で環境負荷の低減を図り、なおかつ経済成長を目指していく必要があるからだ。
企業が取り組む上でのヒントとなりそうなキーワードが、GX(グリーン・トランスフォーメーション)だ。これまでのような、企業が社会貢献活動の一環として環境課題に取り組むのではなく、脱炭素を軸に企業経営の刷新を目指すことを意味している。最近では日本企業の間でも専門の推進組織を立ち上げるなど、GX推進に取り組む例が増えている。
GX推進を提唱するデロイト トーマツ グループのパートナー 片桐豪志氏は次のように語る。「デロイト トーマツ グループでは、GXを『カーボンニュートラルと経済成長、その手段としての資源循環を同時達成し、環境負荷を最小化した世界に変えていくこと』と定義しています。以前から環境ビジネスを手がける企業は数多くありましたが、今求められているのは、一企業の取り組みを超えて、製造・輸送・販売・利用・廃棄といったサプライチェーンのあらゆる段階で起こる外部不経済を明らかにして、それに対応していくことです。より包括的な取り組みであり、今まで以上に企業の本気度が問われることになります」
経済が成熟化するなか、企業がイノベーション創出を目指すうえでもGXは有効だと片桐氏は付け加える。
「コロナ禍以降、成長の契機としてDX(デジタル・トランスフォーメーション)がこれまで以上に注目されていますが、実際にはデジタル技術を活用したビジネスプロセスの効率化だけにとどまり、新たな価値創造にはなかなか結びついていないのが現状です。そんななか、『20世紀型の大量生産・大量消費社会から脱却し、地球規模の社会課題を解決するためにはどんなトランスフォーメーション(変革)が必要か?』という視点に立つことは、イノベーションを考えるうえでのヒントになります。脱炭素という社会課題を解決しながらイノベーションを生み出すようなトランスフォーメーション、それが『GX』だと私は考えています」
GXの一例として挙げられるのが、「ダイレクト・エア・キャプチャー(DAC)」を社会実装する試みだ。DACとは、二酸化炭素(CO2)を吸収しやすい化合物や、CO2だけを通す高分子薄膜などを活用し、大気中からCO2を直接回収する技術である。これが実現すれば、既存の経済活動を制約することなく温室効果ガスの濃度だけを減らすことが可能になる。回収後の濃縮CO2の用途や販路を開拓する必要もあり、実用化までのハードルは高いが、すでに各国の企業などが取り組んでおり、期待が集まっている。
DXにおいてデジタル人財が欠かせないのと同様、ここでもカギとなるのは人財であると片桐氏は話す。
「脱炭素は産業界が避けて通れないグローバルな課題ですが、GXのプロジェクトはさまざまなステークホルダーが協力し合わなければ成功しません。業種にかかわらず、今後はあらゆる企業でGXの知見やリテラシーを備えた人財が求められていくでしょう」
では、GX人財とはどんな人財像なのだろうか。まず求められる基本的な資質として、「グリーン・スキル」がある。カーボンニュートラルにつながる科学原理に対する知見や、それを実用の形にして課題解決につなげるテクノロジーのリテラシーといった、脱炭素社会を実現・維持するために必要な知識や技術などのことだ。
さらに、それ以上に重要なのはリーダーシップやコミュニケーション能力といった、プロジェクトマネジメントの資質だと片桐氏は話す。
「タテ割り組織でバラバラにデジタル化を進めてもDXにならないのと同様に、GX推進でも部門横断的な連携が欠かせません。製造・開発などの部門はもちろん、経理・総務・法務といった間接部門も巻き込み、既存のビジネスを社会的・環境的価値を軸に再構築することが求められます。そのためには異なる専門性を持った人や組織を結びつけ、一つのプロジェクトとして機能させる人材が絶対的に必要です」
社内だけでなく、外部との連携も重要だ。前述のDACの例のように、実用化するには、濃縮CO2の販路を確立するためのマーケティングを行う企業や、資金調達を担う機関投資家や金融機関、さらに地域住民などの協力が欠かせないからだ(図1)。
出典:デロイト トーマツ グループの資料を基に作成
GXはDXと違い、かなり長期にわたる時間軸で取り組むことが求められるのが特徴だ。DXの場合なら最小限の機能を備えた製品・サービスをまず提供し、市場の反応を見ながら柔軟に仕様変更していくアジャイル型の開発手法が有効だといわれる。これに対しGXの場合は、多様な技術情報を収集分析し、カーボンニュートラルに資するかどうか研究や実証を重ねて、実用化までのロードマップを描いていく。自治体や地域住民などの協力を得て社会に実装していくプロセスも必要であり、プロジェクト実現には長期間での粘り強い取り組みが求められる。
GX人財とは、サイエンスとテクノロジーに精通したうえで、多数のステークホルダーが関わる長期プロジェクトを遂行できるビジネス能力を持った「ハイブリッド人財」を指すのだと片桐氏は話す(図2)。
「ハイブリッド人財というと言葉の響きは良いですが、実際は社内外のステークホルダーとの極めて地道な交渉・説得が業務の大半を占めます。大変な役割ですが、日本では多くの企業がタテ割り組織なので、部門間の難しい調整役を務めている人財は必ずいるはずです。今まではあまり注目されにくい資質・スキルだったかもしれませんが、今後はそういう方々がGX人財として活躍していくのかもしれません」
もう1つ、GX人財に欠かせないのが「環境意識の高さ」だ。
「脱炭素が大切だと頭ではわかっていても、複雑な利害調整を経てGXを成功に導くのは大変な作業です。会社のため、報酬のためといった動機づけを超えて、環境に対する明確な意識や高い志が原動力になります。GX人財を育成する過程では、社内で深く対話し、自分の環境意識について明確化するような機会も重要になると思います」
片桐豪志氏
デロイト トーマツ グループ パートナー
総合シンクタンクなどを経て現職。科学技術イノベーションの社会実装を支援するDeloitte Tohmatsu Science and Technologyを推進。電力、海外インフラ輸出、ESG投資・SDGs、地方創生・産業振興などの幅広い分野で大規模プロジェクトの企画立案、戦略策定、実行支援といったコンサルティングサービスを提供。著書に「事業プロデューサーという呼び水」(共著、静岡新聞社)など。