岩田紗季氏
株式会社野村総合研究所
コーポレートイノベーションコンサルティング部組織人事・チェンジマネジメントグループ コンサルタント
慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、野村総合研究所入社。国内大手企業の人事制度統合、評価制度改革、デジタル人材の処遇検討などのプロジェクトに従事。専門領域は人事・人材戦略、人事制度設計、運用支援。主な著書に、『デジタル時代の人材マネジメント』(東洋経済新報社、2020年)などがある。
野村総合研究所(NRI)が2020年5月に国内大企業のCIO(最高情報責任者)を対象に実施した調査では、「IT・デジタルを活用したビジネスモデルの見直し、新規事業の検討の必要性」についての質問に対し、全体の実に88.4%の企業で「コロナ禍によってその必要性が高まった」と回答していた。
「それまで好調だった企業がコロナ禍で一気に存亡の危機に直面するような事態となり、『既存のビジネスモデルのままでは、自社もいずれ行き詰まるのではないか』という危機感を多くの人々が共有しています。そのことがDXを推し進める強力な原動力になっているのだと思います」
NRIコーポレートイノベーションコンサルティング部コンサルタントの岩田紗季氏はこのように語る。
その一方で、DXを推進するうえでの課題も明らかになっているという。
「最も大きい課題としてはデジタル人財をはじめとするリソース不足が挙げられます。単にデジタル領域に長けた人財がいないというだけでなく、自社が目指すDXにおいてどのような人財が必要なのか、人財像が不明確であることも課題になっています」
岩田氏によれば、デジタル人財は「ビジネス系デジタル人財」と「IT系デジタル人財」の2つに分けることができる。
前者は、デジタルテクノロジーを活用してどのようなビジネスを設計するのか、業務プロセスをどう変えていくのかといったビジネスのデザイン・設計を担う人財だ。具体的にはデータサイエンティストやビジネスデザイナーなどがこれに当たる。後者は、具体的なプロダクト・サービスの設計開発やシステムの構築、運用などを担う人財であり、アプリケーションエンジニアやセキュリティエンジニアなどを指す。
もちろん、これらのデジタル人財が揃いさえすればDXが成功するというわけではない。通常、企業における人財の大半は、デジタルテクノロジーの専門家ではないものの、自社のビジネスや顧客については豊富な知見とノウハウを持つ「ビジネス人財」である。
「DXとは、デジタル技術を通じて顧客に対し新たな付加価値を生み出していく営み。それは、デジタル人財とビジネス人財の"共創"によって生み出されるものです」と岩田氏は強調する。
以上を踏まえたうえで、デジタル人財とビジネス人財、それぞれの強みを発揮させ、共創を促していくための留意点やポイントを岩田氏に聞いた。
まず理解しておきたいのは、デジタル人財とビジネス人財では、ビジネスに対するモチベーションや志向性に違いが見られるということだ。
特に興味深いのは、デジタル人財はその企業の「経営理念やビジョン等への共感」をより強く重視するという点である(図1参照)。
デジタル人財のワークモチベーションポジション別特性
■経営理念・ビジョン等に関する共感 ■組織風土・マネジメントスタイル等 ■給与等の労働条件 ■職場の労働環境 ■やりたい仕事(スキルアップ・成長)
(出所)NRI「ワークモチベーション調査」2020年
「日本国内のデジタル人財の絶対数は限られ、なかでもビジネス系デジタル人財は獲得競争が激化しているので、高い報酬が重要だと考えられがちですが、必ずしもそれだけではありません。私たちの調査によれば、管理職層や経営層に近づくほど、経営理念などへの共感を重視する傾向は強まることがわかっています。まさにデジタル人財ならではの志向性なのかもしれません。
つまり、優れたデジタル人財に自社で活躍してもらうためには、経営層が経営理念やビジョン、さらにはデジタルビジョン・デジタル戦略などを明確にして、それを魅力的に発信していかなければならないということです」
DXの推進にはビジネス人財の活躍が欠かせないが、デジタル技術によって既存事業が大きく変わっていくことに対する抵抗感は強く、それを払拭していくことも重要だと岩田氏は言う。
「研修等を通じて、全社員的なデジタルリテラシーの向上を図るとともに、自社のビジネスとデジタルの融合によりどんな成功事例が生まれつつあるのか、情報共有していくことも大切です。デジタルに対する広い意味での知識を増やしていくことが、変化への抵抗感や警戒心を軽減することにつながるのではないでしょうか」
上述のようにビジネス人財とデジタル人財に志向性の違いが見られるため、双方の能力を発揮させ共創を促すのは簡単ではない。そこで独自のマネジメントスキルを備えた「ブリッジパーソン」が重要になると岩田氏は強調する。具体的には、ミドルマネジメント層の管理職で、一般的なリーダーシップに加えて、「デジタル人財とビジネス人財をマネジメントできるスキル」と「デジタルビジネス特有のスピード感を持って意思決定できるスキル」を備えた人財像を指す。
「デジタルビジネスにおいては、時間をかけて緻密な計画を立て、市場性や収益性を検証してから投資を始めるというようなやり方では太刀打ちできません。リーンスタートアップで、まずは市場に投入して、フィードバックをもらいながら改良していくような、アジャイル型のスピード感が求められます」
実際には、こうしたスキルを既存の事業環境で身につけるのは難しい。そこでDX領域に強みや実績を持つスタートアップに社員を出向などの形で派遣し、デジタルビジネスの実践の場で学んでもらう方法が近道だと岩田氏は話す。このほか、デザインシンキングの概念やメソッドを学ぶ研修を取り入れる方法も有効だという(図2参照)。
デザインの役割
(出所)佐宗邦威『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』クロスメディア・パブリッシング(インプレス)2015年より作成
「デザインシンキングでは、アジャイル型のスピード感に加え、デジタル人財とビジネス人財にとっての共通のビジョンを作り出すことができます」
外部から優秀なビジネス系デジタル人財を登用したり、スタートアップでの経験を経てブリッジパーソンが育成できたりしたとしても、変革に対して柔軟な企業風土がなければ、こうした人財が活躍していくのは難しい。DX推進に取り組むことを契機に、全社的な風土改革にも前向きに取り組んでいくことが大切だ。
「デジタルリテラシー向上も風土改革の一部ですが、ほかにも、デザインシンキングの研修を取り入れることはここでも有効です。デザインシンキングの根底にあるのは、自社のリソースから積み上げてビジネスを考えるのではなく、顧客価値にフォーカスして、そこから自社が生み出すビジネスを着想していくという姿勢です。これはDXにも欠かせない要素で、社員全体がこれを共有できるようになるだけでも、企業風土を変える大きな原動力になると思います」
岩田紗季氏
株式会社野村総合研究所
コーポレートイノベーションコンサルティング部組織人事・チェンジマネジメントグループ コンサルタント
慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、野村総合研究所入社。国内大手企業の人事制度統合、評価制度改革、デジタル人材の処遇検討などのプロジェクトに従事。専門領域は人事・人材戦略、人事制度設計、運用支援。主な著書に、『デジタル時代の人材マネジメント』(東洋経済新報社、2020年)などがある。